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デート(日曜日) 前振り
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* 芽衣 *
ついに来たわね。この日が。
本当に長かった。まるで地球の誕生から今日に至るまでを追体験したかのような気分だった。約束から二日しか経っていないのに、不思議なものね。
さて、あいつはどうかしら?
なーんてことを考えるのは野暮よね。
きっと一日中落ち着かなかったのでしょう。
私のことばかり考えて上の空だったのでしょう。
ああ、目に浮かぶわね。
あの忌々しい妹の歯を食いしばる姿が!
あっはっは、愉快!
思い知ったか! 太一の心が誰に向いているのかを!
でも笑ってばかりもいられないわね。
太一は今日、寝不足に違いない。映画を観ている途中に居眠りなんて可能性も……あるわけないわね! だって隣に私が居るのだから! ドキドキで眠気なんて吹き飛ぶに決まってるじゃない! あっはっは!
「あっはっは!」
さあ、出陣よ。
こんなこともあろうかと春休みの段階で用意していた初デート用の服と、中学生になった頃から練習していた得意の清楚系メイクで、今日こそあいつをメロメロにしてやるんだから!
* 太一 *
心地よい目覚めです。
まさか、こんなにも快眠できるとは思いませんでした。
これもすべて、先輩のおかげですね。
本当に素晴らしい人と出会いました。感謝してばかりです。
「……ん?」
重い。身体が起こせません。
何かが上に乗っているような……。
「ああ、愛心でしたか」
妹が布団に入っていることは、月に一度くらいの頻度であります。
怖い映画を観た時とか、夜トイレから戻る途中で部屋を間違えたとか、本人は色々な理由を口にしますが、兄としては、甘えん坊なのだろうな、という印象です。
「愛心、朝ですよ。起きてください」
妹の肩を揺らします。
強引に振り解くことも可能ですが、この幸せそうな寝顔を見たら気が引けます。
「もぉ……日曜日だよぉ……?」
目を覚ましたようです。
寝起きの妹はとても幼い雰囲気があり、なんだか普段よりも可愛らしく見えます。
目が合いました。
もう毎度のことです。妹も事情を察したことでしょう。
今日はどんな言い訳が聞けるのでしょうか。
密かにワクワクする俺に向かって、妹は言いました。
「マーキング!」
おっとこれは予想外です。
「兄ちゃん今日あの女とデートするんでしょ! スケベ!」
「愛心、落ち着いてください」
「ご乱心だよぉ!」
「落ち着いてください」
「敬語やめろオラァ!」
「愛心、ステイ」
「ワンッ!」
愛心は俺の腹部に乗ったまま正座しました。
「降りろ」
「ワンッ!」
基本的にやんちゃな妹ですが、命令口調で言うと素直になることが多いです。特殊な趣味を持っているのではないかと少し心配になります。
まあ、悪い気はしないですけどね。
甘えん坊の愛心は、きっと大人になった後も可愛い妹です。
などと思いながら身体を起こす。
瞬間、体当たりのような勢いで抱きつかれました。
「愛心、怖い夢でも見ましたか?」
抱擁する力が強くなりました。
まったく、まだまだ子供ですね。
「愛心、兄ちゃんは今日予定がありますので、あと五分だけですよ」
「やだ! 行っちゃダメ! 兄ちゃんは愛心と結婚するの!」
ふむ、昔の夢を見たのでしょうか?
妹が小学校の低学年くらいの頃、頻繁に言っていた言葉です。
「愛心、大丈夫です」
背中をそっと撫でました。
妹は芽衣を毛嫌いしています。どうやら俺を取られると考えているようです。
だから俺は、この言葉を伝えるのです。
「何があっても、俺達は家族ですよ」
「……ほんと?」
「はい、もちろんですよ」
「……何が、あっても?」
おっと、なんでしょう。身体が震えました。
今朝は少し冷えるようですね。そろそろ初夏なのに。
「兄ちゃん」
首に両手を添えられました。
ひんやりとした感覚。なぜか背筋が震えます。
「約束、だよ?」
かくして、少し涼しい朝が始まったのでした。
* 家の前 *
行ってきます。挨拶をして家を出ます。
そして最初の角を曲がった先で、芽衣と出会いました。
早いですね。
何してるんですか。
遅くなってすみません。
迎えに来てくれたんですか。
色々な言葉が頭に浮かぶ。
だけど想定外の遭遇によって生まれた緊張感で思考がまとまらない。
「……っ」
突然、芽衣が距離を詰めました。
俺は息を止めて、顔を逸らします。
「…………」
無言です。強い圧を感じます。
言葉を求められていることは分かりますが……何を言えば。
「違う女のにおいがする」
違いました。嗅がれてました。
「愛心ですね。今朝、また布団に潜り込まれまして」
「……は?」
とてつもない威圧感です。
「私と会う前日に他の女と寝たってわけ?」
「妹ですよ。芽衣だって、よく知っているでしょう」
恐る恐る彼女の表情を窺う。
そこにあったのは──イタズラが成功したような無邪気な笑みだった。
「芽衣、心臓に悪いのでやめてください」
「それは無理な相談ね」
彼女は満足した様子で踵を返す。
そして、先程とは違う笑顔を見せて言いました。
「行くわよ」
その様子を見て、安堵する。
だって、まだ怒っているかもしれないと思っていた。
しかし様子を見るに上機嫌です。
そういえば、一夜明けたら嫌なことを忘れるタイプでしたね。
「はい、行きましょうか」
結局のところ本音は分からない。
まだ怒っているかもしれないし、今日の映画を楽しみにしているかもしれない。
どちらにせよ、やることは変わらない。
今日こそ芽衣に認めさせる。
俺は心の中で気合を入れ、彼女の隣を歩いたのでした。
ついに来たわね。この日が。
本当に長かった。まるで地球の誕生から今日に至るまでを追体験したかのような気分だった。約束から二日しか経っていないのに、不思議なものね。
さて、あいつはどうかしら?
なーんてことを考えるのは野暮よね。
きっと一日中落ち着かなかったのでしょう。
私のことばかり考えて上の空だったのでしょう。
ああ、目に浮かぶわね。
あの忌々しい妹の歯を食いしばる姿が!
あっはっは、愉快!
思い知ったか! 太一の心が誰に向いているのかを!
でも笑ってばかりもいられないわね。
太一は今日、寝不足に違いない。映画を観ている途中に居眠りなんて可能性も……あるわけないわね! だって隣に私が居るのだから! ドキドキで眠気なんて吹き飛ぶに決まってるじゃない! あっはっは!
「あっはっは!」
さあ、出陣よ。
こんなこともあろうかと春休みの段階で用意していた初デート用の服と、中学生になった頃から練習していた得意の清楚系メイクで、今日こそあいつをメロメロにしてやるんだから!
* 太一 *
心地よい目覚めです。
まさか、こんなにも快眠できるとは思いませんでした。
これもすべて、先輩のおかげですね。
本当に素晴らしい人と出会いました。感謝してばかりです。
「……ん?」
重い。身体が起こせません。
何かが上に乗っているような……。
「ああ、愛心でしたか」
妹が布団に入っていることは、月に一度くらいの頻度であります。
怖い映画を観た時とか、夜トイレから戻る途中で部屋を間違えたとか、本人は色々な理由を口にしますが、兄としては、甘えん坊なのだろうな、という印象です。
「愛心、朝ですよ。起きてください」
妹の肩を揺らします。
強引に振り解くことも可能ですが、この幸せそうな寝顔を見たら気が引けます。
「もぉ……日曜日だよぉ……?」
目を覚ましたようです。
寝起きの妹はとても幼い雰囲気があり、なんだか普段よりも可愛らしく見えます。
目が合いました。
もう毎度のことです。妹も事情を察したことでしょう。
今日はどんな言い訳が聞けるのでしょうか。
密かにワクワクする俺に向かって、妹は言いました。
「マーキング!」
おっとこれは予想外です。
「兄ちゃん今日あの女とデートするんでしょ! スケベ!」
「愛心、落ち着いてください」
「ご乱心だよぉ!」
「落ち着いてください」
「敬語やめろオラァ!」
「愛心、ステイ」
「ワンッ!」
愛心は俺の腹部に乗ったまま正座しました。
「降りろ」
「ワンッ!」
基本的にやんちゃな妹ですが、命令口調で言うと素直になることが多いです。特殊な趣味を持っているのではないかと少し心配になります。
まあ、悪い気はしないですけどね。
甘えん坊の愛心は、きっと大人になった後も可愛い妹です。
などと思いながら身体を起こす。
瞬間、体当たりのような勢いで抱きつかれました。
「愛心、怖い夢でも見ましたか?」
抱擁する力が強くなりました。
まったく、まだまだ子供ですね。
「愛心、兄ちゃんは今日予定がありますので、あと五分だけですよ」
「やだ! 行っちゃダメ! 兄ちゃんは愛心と結婚するの!」
ふむ、昔の夢を見たのでしょうか?
妹が小学校の低学年くらいの頃、頻繁に言っていた言葉です。
「愛心、大丈夫です」
背中をそっと撫でました。
妹は芽衣を毛嫌いしています。どうやら俺を取られると考えているようです。
だから俺は、この言葉を伝えるのです。
「何があっても、俺達は家族ですよ」
「……ほんと?」
「はい、もちろんですよ」
「……何が、あっても?」
おっと、なんでしょう。身体が震えました。
今朝は少し冷えるようですね。そろそろ初夏なのに。
「兄ちゃん」
首に両手を添えられました。
ひんやりとした感覚。なぜか背筋が震えます。
「約束、だよ?」
かくして、少し涼しい朝が始まったのでした。
* 家の前 *
行ってきます。挨拶をして家を出ます。
そして最初の角を曲がった先で、芽衣と出会いました。
早いですね。
何してるんですか。
遅くなってすみません。
迎えに来てくれたんですか。
色々な言葉が頭に浮かぶ。
だけど想定外の遭遇によって生まれた緊張感で思考がまとまらない。
「……っ」
突然、芽衣が距離を詰めました。
俺は息を止めて、顔を逸らします。
「…………」
無言です。強い圧を感じます。
言葉を求められていることは分かりますが……何を言えば。
「違う女のにおいがする」
違いました。嗅がれてました。
「愛心ですね。今朝、また布団に潜り込まれまして」
「……は?」
とてつもない威圧感です。
「私と会う前日に他の女と寝たってわけ?」
「妹ですよ。芽衣だって、よく知っているでしょう」
恐る恐る彼女の表情を窺う。
そこにあったのは──イタズラが成功したような無邪気な笑みだった。
「芽衣、心臓に悪いのでやめてください」
「それは無理な相談ね」
彼女は満足した様子で踵を返す。
そして、先程とは違う笑顔を見せて言いました。
「行くわよ」
その様子を見て、安堵する。
だって、まだ怒っているかもしれないと思っていた。
しかし様子を見るに上機嫌です。
そういえば、一夜明けたら嫌なことを忘れるタイプでしたね。
「はい、行きましょうか」
結局のところ本音は分からない。
まだ怒っているかもしれないし、今日の映画を楽しみにしているかもしれない。
どちらにせよ、やることは変わらない。
今日こそ芽衣に認めさせる。
俺は心の中で気合を入れ、彼女の隣を歩いたのでした。
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