幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~

下城米雪

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Case5. 全肯定ゲーム ~決着~

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 放課後の空き教室。
 目に映るのは大好きな彼の姿だけ。

 真っ直ぐな視線が胸部に突き刺さる。
 他の人なら鳥肌が立つかもしれない。でも彼を前にした私は胸が昂まるばかり。

 お父さん。お母さん。
 今日まで育ててくれてありがとう。

 私、今日ついに彼と結ばれます。

「……良いよ。来て」

 私は万感の思いで待ちの姿勢になる。
 表情や声色を制御してそれっぽい雰囲気を演出してるけど、内心では「さっさと来やがれオラァ!」という気分だ。

(……太一のクセに焦らすじゃない)

 息を吐けば届くような距離。
 彼は私の目を真っ直ぐに見つめている。

(……目を閉じたらキスされそう)

 閉じるか?
 いや、今はまだその時じゃない。まずは胸だ。
 
(……待てよ。同時というパターンも?)

 やっべドキドキしてきた。
 どうしよう。大丈夫かな。
 今の状態で触らせたら、私の方が我慢できなかったりしないかな?

「……っ」

 瞬間、唇を強く嚙んだ。
 彼が私の両肩を摑んだからだ。

「……そこ、肩なんだけど?」

 何だよ黙るなよ。何か言えよ。
 やめろ。目を見るな。胸を見ろ。

「なぁに? 今さらビビっちゃったのかな?」

 照れ隠しに彼を煽る。
 だって私の方が大丈夫じゃない。
 正面から見つめられるの、すごい。

「よわよわ太一。どうせ触れない。今日も負けて泣いちゃうだけ」

 おかしい。いつもならこれで何かリアクションがあるのに。

「芽衣、これはゲームとは無関係に言います。俺は本気です」

「……はいはい。どうせ口だけ」


 ──ではない。


 彼が先輩から借りた本。
 それは普通のライトノベルだった。

 主人公が不思議な少女と出会って仲良くなり、最後は結ばれる。そんな王道の展開なのだが……太一は全く違う目線で読書をしていた。

 主人公には幼馴染が居た。
 彼女は毎日のように主人公の家に通い、共に登下校としていた。

 明らかに好意を持っている。
 その姿が自分と重なり、いつの間にか太一は幼馴染を全力で応援していた。

 しかし、彼女は負けヒロインだった。
 突然現れた謎の少女に主人公を奪われ、涙ながらに「幸せになりなさいよ」と助言をするシーンでは、悔しくて歯を食いしばった。その後に彼女のモノローグが始まり「もっと早く気持ちを伝えていたら、何か変わったのかな」と語るシーンでは、涙を堪えることができなかった。

 恋はスピード勝負。
 読書によって「危機感」を得た太一は、不退転の決意をした。

 故に──触れた。
 芽衣の豊かな胸部に、そっと手を当てた。

 感触など無い。体中が熱くて何も分からない。
 限界を超越した行動によって、太一は頭が真っ白だった。

「……さあ、ゲームを続けましょう」

「……ふ、ふーん? 私の命令、そんなに嫌だった?」

「はい、嫌です。だから今日は絶対に負けません」

「何その顔。勝ったつもり? こんなの、女子の間では挨拶なんだから」

 と、平静を装う芽衣。
 内心は「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!??!!?!?!!?!?!?」「キタァぁぁぁぁぁああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」「うぉらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!っしゃぁあああああああああああああああああああああああああい!!!!!」とお祭り騒ぎである。

 長かった。と芽衣は思う。
 しかし、ここからだ。ここから挑発を繰り返して既成事実に繋げるのだ。

 正直ちょっと順序が違わない? という気持ちはある。
 だけど問題は無い。太一は誠実だから付き合ってしまえば勝ちなのだ。

 あらためて思う。
 長かった。本当に長かった。

 小学生の時に「嫌われてるかも?」と危機感を覚えた。
 好きになって貰うための努力を始めた。オシャレをして、食事制限をして、勉強も運動も頑張って、誰もが羨むような完璧美少女になった。

 その努力が今日、報われる。
 ──瞬間、気を緩めてしまった。

「……芽衣?」

 彼女の瞳から涙が零れ落ちた。
 それは太一に雷で打たれたような衝撃を与え、薄氷の上にあった覚悟を砕いた。

(……俺は、何をやっている?)

 自虐する。

(……芽衣は負けず嫌いだ。知っているのに、後に引けない状況に追い込んだ。当たり前だ。好きでもない相手に胸を触られて、嫌じゃないわけがない)

 自虐する。

(……何がスピード勝負だ! 何が危機感だ! 彼女を傷付けるくらいならば、他の誰かに奪われる方が百倍増しだ!)

 自虐する。

(……俺は、最低だ)

 そして彼は、芽衣から手を離した。

「俺の負けです」

 そのまま地面に額を付け、全力で謝罪する。

「…………」

 芽衣は彼を見下ろす。

(……は? え? は?)

 混乱する。

(……いやいや。何してんのこいつ)

 混乱する。

(……ここで!? ここで逃げんの!?)

 混乱する。

(……この頭、踏みつぶしてやろうかな)

 そして激怒した。

「言い訳はしません」

 太一が言う。
 芽衣は「しろよ」と内心で思った。

「芽衣を泣かせた。こんな形で。俺は、最低だ」

「……」

 芽衣は察した。
 そして「やらかした~!」と思った。

 無論、あれは嬉し涙である。
 しかし彼が勘違いする気持ちも分かる。

(……どうする?)

 1.誤解を正して、この先へ進む。
 2.今日はここまで。当初の計画を遂行する。

(……捨てがたい)

「さぁ! 早く俺に罰を与えてください!」

(……なんか腹立つなこいつ)

 芽衣は彼の頭を踏みつけようと足を上げる。
 しかし数秒後、溜息と共に足を床におろした。

「映画」

 そして2番を選んだ。

「面白そうな映画が公開されたから、日曜日、奢りなさい」

「……それだけで良いのか?」

「じゃあ日曜日は私の言いなりってことで」

「……分かった」

 芽衣は溜息を吐いて、教室を出た。
 太一にはそれが極めて不機嫌そうな態度に見えたが、もちろん違う。

 デートの約束。
 当初の目的を達成できた芽衣は、とても上機嫌なのだった。
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