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幼馴染にラブコメを求めるのは間違っているだろうか
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* 太一 *
彼女は白柳楓さん。
ひとつ年上の先輩だった。
「ここ! ここが問題のシーンです!」
文科系の部活が集まる北校舎の三階。
アニメ研究部に案内された俺は、大人しく座っています。
部室はとても狭いです。
壁には本棚やショーケスがあり、それらしいグッズなどが飾られています。
中央には机が四つ並べられています。色々な小物で散らかったその上には一台のディスプレイがあり、アニメが流れています。
ファンタジー系のアニメでした。
囚われのお姫様を救う王道の展開です。
俺は満足していたのですが、先輩は不満があるようです。
「原作の文章を読んでください!」
俺は一冊の文庫本を渡されました。
彼女がとても興奮した様子なので、黙って読みます。こういうテンションの女性には逆らわない方が良いと知っているからです。
「ほらここ!」
彼女は俺が読むよりも早く、とある一文を指で示します。
「お姫様が処刑されかけてる絶体絶命の場面! 周囲には超強いボスと主人公の宿敵、それからモブが大勢! 仲間が命懸けで一瞬の隙を作り、主人公が雷鳴の如く駆け抜け、宿敵でさえ目で追うのがやっと。ボスだけが反応して立ちはだかる! そういう描写がありますよねぇ!?」
「……そうですね」
「でもアニメ! 見てアニメ! 仲間が自爆した後、主人公がトコトコ走ってる! 宿敵なんか『おまえら止めろぉ!』って指示を出しちゃってる! こんなのって無いよ! あんまりだよ!」
先輩は一息で言った後、ぜぇはぁと肩を揺らしました。俺は何を言えば良いのか分からず、その姿をポカンと見ます。すると先輩はハッとして、照れ笑いをしました。
「……ごめん。キモかったよね」
「いえ、素敵です」
「んぁ!?」
「本当に好きな気持ちが伝わって来ました。それをストレートに伝えられるのは、素敵なことだと思います」
「…………」
顔を逸らされてしまいました。
自覚は無いですが、何か失礼なことを言ってしまったのでしょうか?
「後輩くんは、なんで泣いてたの?」
唐突な逆質問。
俺は忘れかけていた失敗を思い出して、また胸が痛みました。
しかし、顔を上げます。
「失恋しました」
我ながら恥ずかしい言葉です。
だけどアニメについて語る先輩の姿を見たせいか、迷いはありませんでした。
「……ごめん」
「謝らないでください。先輩のおかげで、少し元気が出ましたので」
「……そっか」
強がってみたものの、やはり辛い。
その気持ちが雰囲気を悪くしています。
どうにか明るい話題に変えよう。
俺が考えていると、先輩が口を開きました。
「……どんな感じだったの?」
「え?」
「もちろん嫌なら言わなくて良いんだけど! なんて言えば良いのかな……そういうこと、少し興味があるから」
「……先輩はデリカシーが無いですね」
「うっ、ごめん、よく言われる……」
「でも分かりました。ちょうど、誰かに聞いてほしかったところです」
俺は軽く笑った後、話を始めました。
幼馴染と勝負を続けていること。負け続けていること。そして、いつか勝って告白しようと思っていること。何もかも包み隠さずに話しました。
会ったばかりの相手だからでしょうか。
先輩は、とっても話しやすい人でした。
「ごめん、大きい声を出しても良い?」
「……ど、どうぞ?」
戸惑いながらも許可をする。
先輩は大きく息を吸って、ゆっくり吐く。フェイントでした。
それからまた大きく息を吸って、叫ぶ。
「ラブコメじゃん!!」
遠くから吹奏楽の音と運動部の声が聞こえる放課後の部室。
先輩の少しハスキーな大声が、狭い部屋の中で微かに反響しました。
「らぶ、こめ?」
俺は首を傾けます。
先輩は少し興奮した様子で言いました。
「どこからどう聞いてもラブコメじゃん! 絶対それ両想いじゃん!」
「……いや、違いますよ」
「違わないよぉ!?」
「……あいつは、俺なんかのこと、全然好きじゃないですよ」
「大好きじゃん! 好きじゃない男の子の乳首を弄る女の子は存在しません!」
「……そう、でしょうか?」
「そうだよ!」
先輩は力強く言いました。
俺を慰める噓かもしれませんが、それでも少し心が軽くなります。
「……ありがとうございます」
だから、感謝を伝えました。
「ねぇねぇ、その子のどんなところが好きなの?」
「……どんな、ですか?」
「うんうん。教えてよ。お姉さんと恋バナしよ」
俺の隣に座っていた先輩は、少しだけ身を寄せて言いました。小さな動きだけれど、ふわりと揺れた髪から甘い香りが漂って、鼻先をくすぐります。
思わずドキリとしました。
俺は邪な感情を振り払い、芽衣について語ります。
「パッと思い浮かぶ良いところが35個あります」
「多いよ! 大好きか!」
「大好きです」
「ひゅ~!」
先輩はテンションが高かった。
「──あれは小学校二年生の時です」
「いいね! 幼馴染エピソード!」
そのテンションに釣られて、俺も楽しくなった。
だって、芽衣のことを誰かに語るのは初めてだったからです。
俺は初めて知りました。
好きな人の話を楽しく聞いて貰えることは、とても嬉しいことだったようです。
「……ぁ、下校のチャイム鳴っちゃったね」
「そうですね。ごめんなさい。語り過ぎました」
「いいよいいよ気にしないで。すっごく楽しかったよ。また聞かせて」
「はい。機会があれば」
そんな軽い別れの挨拶をして、互いに荷物をまとめる。
もっとも、俺の持ち物は鞄だけなので一瞬で終わりました。
「ねぇ、後輩くん」
「なんですか?」
帰り際、先輩に呼び止められます。
「私、いつもここに居るからね」
「そうですか。ところで、他の部員は?」
「私だけ。去年まで先輩が居たんだけど、卒業しちゃった」
「……そうですか」
「うん。だから、たまに遊びに来てね。入部してくれても良いんだぞ」
先輩は俺に一歩近寄ると、こつんと肩を叩いた。
「考えてみます」
「うん。よろしくね」
その後、俺は帰宅しました。
芽衣に敗北した事実は消えない。
だけど、久々に晴れ晴れとした気分でした。
彼女は白柳楓さん。
ひとつ年上の先輩だった。
「ここ! ここが問題のシーンです!」
文科系の部活が集まる北校舎の三階。
アニメ研究部に案内された俺は、大人しく座っています。
部室はとても狭いです。
壁には本棚やショーケスがあり、それらしいグッズなどが飾られています。
中央には机が四つ並べられています。色々な小物で散らかったその上には一台のディスプレイがあり、アニメが流れています。
ファンタジー系のアニメでした。
囚われのお姫様を救う王道の展開です。
俺は満足していたのですが、先輩は不満があるようです。
「原作の文章を読んでください!」
俺は一冊の文庫本を渡されました。
彼女がとても興奮した様子なので、黙って読みます。こういうテンションの女性には逆らわない方が良いと知っているからです。
「ほらここ!」
彼女は俺が読むよりも早く、とある一文を指で示します。
「お姫様が処刑されかけてる絶体絶命の場面! 周囲には超強いボスと主人公の宿敵、それからモブが大勢! 仲間が命懸けで一瞬の隙を作り、主人公が雷鳴の如く駆け抜け、宿敵でさえ目で追うのがやっと。ボスだけが反応して立ちはだかる! そういう描写がありますよねぇ!?」
「……そうですね」
「でもアニメ! 見てアニメ! 仲間が自爆した後、主人公がトコトコ走ってる! 宿敵なんか『おまえら止めろぉ!』って指示を出しちゃってる! こんなのって無いよ! あんまりだよ!」
先輩は一息で言った後、ぜぇはぁと肩を揺らしました。俺は何を言えば良いのか分からず、その姿をポカンと見ます。すると先輩はハッとして、照れ笑いをしました。
「……ごめん。キモかったよね」
「いえ、素敵です」
「んぁ!?」
「本当に好きな気持ちが伝わって来ました。それをストレートに伝えられるのは、素敵なことだと思います」
「…………」
顔を逸らされてしまいました。
自覚は無いですが、何か失礼なことを言ってしまったのでしょうか?
「後輩くんは、なんで泣いてたの?」
唐突な逆質問。
俺は忘れかけていた失敗を思い出して、また胸が痛みました。
しかし、顔を上げます。
「失恋しました」
我ながら恥ずかしい言葉です。
だけどアニメについて語る先輩の姿を見たせいか、迷いはありませんでした。
「……ごめん」
「謝らないでください。先輩のおかげで、少し元気が出ましたので」
「……そっか」
強がってみたものの、やはり辛い。
その気持ちが雰囲気を悪くしています。
どうにか明るい話題に変えよう。
俺が考えていると、先輩が口を開きました。
「……どんな感じだったの?」
「え?」
「もちろん嫌なら言わなくて良いんだけど! なんて言えば良いのかな……そういうこと、少し興味があるから」
「……先輩はデリカシーが無いですね」
「うっ、ごめん、よく言われる……」
「でも分かりました。ちょうど、誰かに聞いてほしかったところです」
俺は軽く笑った後、話を始めました。
幼馴染と勝負を続けていること。負け続けていること。そして、いつか勝って告白しようと思っていること。何もかも包み隠さずに話しました。
会ったばかりの相手だからでしょうか。
先輩は、とっても話しやすい人でした。
「ごめん、大きい声を出しても良い?」
「……ど、どうぞ?」
戸惑いながらも許可をする。
先輩は大きく息を吸って、ゆっくり吐く。フェイントでした。
それからまた大きく息を吸って、叫ぶ。
「ラブコメじゃん!!」
遠くから吹奏楽の音と運動部の声が聞こえる放課後の部室。
先輩の少しハスキーな大声が、狭い部屋の中で微かに反響しました。
「らぶ、こめ?」
俺は首を傾けます。
先輩は少し興奮した様子で言いました。
「どこからどう聞いてもラブコメじゃん! 絶対それ両想いじゃん!」
「……いや、違いますよ」
「違わないよぉ!?」
「……あいつは、俺なんかのこと、全然好きじゃないですよ」
「大好きじゃん! 好きじゃない男の子の乳首を弄る女の子は存在しません!」
「……そう、でしょうか?」
「そうだよ!」
先輩は力強く言いました。
俺を慰める噓かもしれませんが、それでも少し心が軽くなります。
「……ありがとうございます」
だから、感謝を伝えました。
「ねぇねぇ、その子のどんなところが好きなの?」
「……どんな、ですか?」
「うんうん。教えてよ。お姉さんと恋バナしよ」
俺の隣に座っていた先輩は、少しだけ身を寄せて言いました。小さな動きだけれど、ふわりと揺れた髪から甘い香りが漂って、鼻先をくすぐります。
思わずドキリとしました。
俺は邪な感情を振り払い、芽衣について語ります。
「パッと思い浮かぶ良いところが35個あります」
「多いよ! 大好きか!」
「大好きです」
「ひゅ~!」
先輩はテンションが高かった。
「──あれは小学校二年生の時です」
「いいね! 幼馴染エピソード!」
そのテンションに釣られて、俺も楽しくなった。
だって、芽衣のことを誰かに語るのは初めてだったからです。
俺は初めて知りました。
好きな人の話を楽しく聞いて貰えることは、とても嬉しいことだったようです。
「……ぁ、下校のチャイム鳴っちゃったね」
「そうですね。ごめんなさい。語り過ぎました」
「いいよいいよ気にしないで。すっごく楽しかったよ。また聞かせて」
「はい。機会があれば」
そんな軽い別れの挨拶をして、互いに荷物をまとめる。
もっとも、俺の持ち物は鞄だけなので一瞬で終わりました。
「ねぇ、後輩くん」
「なんですか?」
帰り際、先輩に呼び止められます。
「私、いつもここに居るからね」
「そうですか。ところで、他の部員は?」
「私だけ。去年まで先輩が居たんだけど、卒業しちゃった」
「……そうですか」
「うん。だから、たまに遊びに来てね。入部してくれても良いんだぞ」
先輩は俺に一歩近寄ると、こつんと肩を叩いた。
「考えてみます」
「うん。よろしくね」
その後、俺は帰宅しました。
芽衣に敗北した事実は消えない。
だけど、久々に晴れ晴れとした気分でした。
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