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兄ちゃんマジ受ける

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 私は尾崎愛心あこ
 ふたつ年上の兄が居る。

 普通、兄妹が仲良しなのは小学校の低学年くらいまで。友達の話を聞いても、兄貴マジうざいとか、キモいとか、そういう否定的な話が多い。

 言うなれば、同じ家に住む他人である。
 それは酷く居心地の悪い関係なのだろう。

 故に私は勝ち組である。
 兄ちゃんと今でも仲良しだからだ。

 分かるだろうか?
 これは、すごいことである。

 人間も所詮は動物だ。
 性格も外見も遺伝子に組み込まれた情報によって決まり、最近では頭に電気を流すだけで感情をコントロールできることが分かっている。

 ここで私の仮説を説明する。
 兄妹の仲が悪い理由は遺伝子にある。
 
 いわゆる近親相姦。
 近親者の間に生まれた子供は病気になりやすい。

 理由を知っているだろうか?
 一説によると、子供はそれぞれの親から「因子」を受け取るらしい。因子とは髪の色とか目の色とか、人間を構築する情報のことである。そして「二つの因子」を受け継いだ時、それが子供の個性として現れる。この因子には「病気」も含まれる。仮に健康な人間であっても、遺伝子の中には「手が三本になる因子」とか「知能に障害が出る因子」とか、危険なモノを有していることがある。しかし、ひとつでは個性として現れない。あくまで、ふたつ揃った時に現れるのだ。

 結論。

 近親者は同じ因子を持っている可能性が高い。
 つまり病気の因子が個性として現れやすくなるのだ。

 これは種の保存を考えた時、とても危険である。
 このため私は、多くの女性に「パパ臭い」という機能が搭載されている理由について近親者を避けるためであると考えている。

 要するに。
 妹は兄とパパを嫌う遺伝子を持って生まれるのだ。

 だからこそ。
 妹が兄に向ける愛こそ、真実の愛と呼べるのではないだろうか?


「家族会議を始めます」


 その夜、家族四人が食卓を囲んでいた。
 私の隣にはママ。正面にはパパと兄ちゃんが並んでいる。

「罪状を読み上げます」

 ママが手元の紙を手に持った。

「被告人、尾崎太一は、妹である尾崎愛心に『はぁ、はぁ、愛心ちゃんが身に着けてるブラジャーが欲しいよぉ』と発言した」

「異議あり」

 兄ちゃんが必死な様子で机を叩いて言った。
 その衝撃が物体の中を伝播する瞬間、私は机の脚に太腿を当てた。

 ……ちっ、流石に届かないか。

 議題。触れるとは何か。
 完全な球体は浮くという話は有名だが、もしも完全な球体が床に置かれているとして、それを「浮いている」と表現するのはマニアックな物理学者だけであろう。普通の人間は「置いてある」と表現する。言葉の意味を深く追求するのは文字の世界だけであり、日常生活において「厳密な定義」は何ら意味をなさない。さて、触れるの定義に戻ろう。物体同士が接触する場合、その間には僅かながら空気の層が存在する可能性が高い。つまり物理学的には触れていない場合でも、実質的には触れていると表現できるのだ。これを拡大解釈した時、何か物理的な影響を与えることを「触れる」と定義できるはずだ。一見して論理の飛躍だが、例えば電車の中で鞄を女性の臀部に押し当てた時、痴漢になるか否かを考えよう。もちろん痴漢である。要するに、触れるという言葉の定義に「直接的な接触」は含まれていないのだ。もうお分かり頂けるだろう。さっき兄ちゃんが机を叩いた。その衝撃が私の太腿を揺らした時、それは兄ちゃんが私の太腿を揺らしたということである。それはもはや兄妹の垣根を超えた愛情表現と言っても過言ではない。だから私は、その愛を受け取るために足を動かしたのだ。しかしどうやら今回は上手く行かなかったようだ。非常に残念である。

「愛心、発言を」

 おっと、ママに発言を求められた。
 どうしよう。兄ちゃんが何か言い訳してた気がするけど、全然聞いてなかったよ。

 でも大丈夫。
 私には、こういう時のための必殺技がある。

「兄ちゃんマジ受ける」

「被告人の異議を却下します」

「そんなバカなっ!?」

 焦ってる兄ちゃんも素敵。
 はぁぁぁ、早く遺伝子の謎を解明したい。兄妹で安全に子供を作れる世界を創って二人で幸せな家庭を築きあげたいよう。

「弁護人、被告人の弁護を始めてください」

「うむ」

 パパが紙を持って立ち上がる。
 私は先程の失敗を繰り返さないため、集中して話を聞くことにした。

「被告人、尾崎太一は、本日午後十六時頃、高等学校の空き教室にて幼馴染の穂村芽衣と共に脱衣チェスを行った」

 は?

「その際、机に置かれた穂村芽衣のブラジャーに気を取られてしまった。このため次は決して負けないように、ブラジャーに対する耐性を付けようとした」

「待った」

 ママがパパの言葉を遮る。

「ブラジャーの色は何でしたか?」

 今それどうでも良くない?

「被告人、答えさない」

 兄ちゃん答えなくていいからね?

「黒でした」

「あら~」

 あら~じゃねぇわっ!
 芽衣さん召喚するぞコラ!?

「コホン。弁護人、続けてください」

「分かりました。えー、このため太一は──」

 あの泥棒猫、まだ兄ちゃんと勝負なんてしてるのかよ。
 クソが。さっさとその辺の男子に乗り換えなさいよ。許せない。

 てか兄ちゃんも兄ちゃんだよ。
 なーにが耐性を付けたいだよ。

 女の子が目の前でブラを脱ぐ場面とか、ある?
 ねぇよ! 密室に入ったカップルか兄ちゃんの前の私くらいだわバーカ!

 クソが、クソが、クソが!
 スポーツとか勉強とかガキみたいなことばっかりしてるから見逃してやったけど、ついに「女」をアピールしやがったかあの泥棒猫が。

「──しかし目の前でブラジャーを脱いでくれる知人など存在しない。そこで目を付けたのが妹であり、」

「待った」

「なんですか」

「たーくん。どうしてママを頼らなかったの?」

 家族全員の視線が兄ちゃんに向かう。

「母親のブラジャーで興奮する息子は存在しません」

「待った!」

 この時、私は反射的に立ち上がっていた。

「それはつまり、妹のブラジャーでは興奮するということですか?」

 私はゴクリとつばを呑む。
 兄ちゃんはギュッと唇を結んだ後、とても悔しそうな様子で呟いた。

「……黙秘します」

 それはもう、答えを言ったようなものだ。

「兄ちゃん、マジ受ける♡」



 ──余談。
 この後、愛心は一週間ほど上機嫌だった。
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