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Case2. 脱衣チェス ~決着~

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*  芽衣  *


(やっべ、チェス全然わからん)

 勝負が始まった直後、失策に気が付いた。

(やばいやばい。今回マジで負けるかも)

 穂村芽衣、一生の不覚。私が勝てるという前提条件を考慮していなかった。

 太一のちんこを見ることばかり考えて他に頭が回らなかった。

(ま、なんとかなるっしょ!)

 ならなかった。

(マジやばい。次カッターシャツ脱いだら、おっぱい出ちゃうよ。どの駒だったっけ)

 しまった。しまった。
 このままだと負ける。

 負けたら二度と太一と遊べない。
 やだやだ。もう服を脱ぐのやだ。

(……いや、言うほど嫌じゃないな)

 彼に裸を見せる程度、ウェルカム。
 要するに脱衣は大した問題ではない。私が考えるべきなのは、間接的ではあるにせよ彼に服を脱がされているという現状だ。

 彼を見る。
 すごく興奮した様子だ。

 興奮した好きピに服を脱がされるなんて、これはもう実質的な性行為と評価しても良いのではないだろうか。いわゆる既成事実なのではないだろうか。

 おバカ。集中しなさい。
 私は負けるわけにはいかないんだから。
 
(……あれ、なんかイケそう?)

 途中から彼の手が雑になった。

(……すっごい集中してそうだけど)

 顔は真剣そのもの。
 
(……ま、いっか!)

 私が勝てるなら何も問題は無い。
 だから気軽に、気楽に、彼の服を奪う。

「あれれぇ~? 最初の勢いはどうしたのかなぁ~?」

 気が付けば、彼はパンツ一枚だった。
 残りはキングだけ。まさに裸の王様だ。

「何も言わない。泣きそう。ぷふっ、今日も私に負けちゃいそうだね」

 彼の駒はキングだけ。
 一方で私の駒は、序盤で取られた下着分を除いてほぼ全て残っている。

 うへ、うへへへ。
 あと一枚。あと一枚。

 やっべ興奮してきた。
 太一の上半身、毎日鍛えてるだけあって、すごい。ガッシリしてる。

 目に焼き付けよう。
 素晴らしい。妄想プレイの幅が広がる。

「もう逃げ場が無いよ~?」

 私はテキトーに駒を動かし続ける。
 よく分からないままだけど、このまま続ければそのうち最後の一枚キングを取れるはずだ。

 あー、やっべ興奮する。鼻血出そう。
 カメラ持ってたっけ。スマホで大丈夫?

「はぁ、可哀想だから終わりにしてあげる」

 もう我慢できない。
 私は少し強引にキングを取りに行った。

「……っ!」

 彼はビクリと肩を震わせた。
 あはっ、本当に泣きそう。この顔好き。

 良いんだよ。わんわん泣いても。
 私が優しくナデナデしてあげるからね。

「……ステイル、メイト」

「ん?」

 何か呟いた。
 ステ……なに?

「情けをかけたつもりですか?」

 えっ、なんで睨むの?
 
「……次は負けない!」

「わっ、ちょっ、どこ行くの!?」

 彼は急に立ち上がると、脱いだ服を持って教室から飛び出した。

 あまりに突然で、私は引き止めることも追いかけることもできなかった。

「……どゆこと?」

 私は混乱していた。
 彼はよわよわだけど、逃げたことなんて過去に一度も無い。

「……最後、なんか言ってたよね?」

 私は「ステ」という単語を元に、スマホでチェスのルールを調べる。そして理解した。

「……あちゃー、これ引き分けなのか」

 ポリポリと頭を掻いて、机に突っ伏す。
 
「……失敗したなぁ」

 私らしくないことをした。
 ちんこのせいだ。判断能力を狂わされた。

「……嫌われて、ないよね?」

 途端に不安が募る。
 今日の私は明らかに頭がおかしかった。

 太一のせいだ。
 彼が昨日、私の「好き」であんなにも照れた顔をしたから、だから私は……

「眠い」

 睡眠は重要。寝不足は思考能力を低下させる。私の場合は、その影響が著しい。だから失敗してしまったのだと思う。

 私は昨夜、一睡もできなかったのだ。

「……後で、謝ろう」

 呟いて、目を閉じる。
 そのまま睡魔に身を任せ──

「バカ」

 ハッとして身体を起こす。
 危うく私は、学校の空き教室で下着を脱いで寝る痴女になるところだった。

 慌てて服を回収して鞄に詰め込む。
 それから、とぼとぼ帰路を歩いているであろう幼馴染の背中を探して、少し早足で歩き出したのだった。
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