幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~

下城米雪

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Case2. 脱衣チェス ~本番~

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*  太一  *


 チェスの経験は少ないほうです。
 正直、ルールを知っている程度。
 芽衣の方も似たようなレベルだと思います。

 つまりこれは純粋な知恵比べ。
 より深く相手の思考を読み取り、御した方が勝ちます。

 まずは俺の初手。
 無難にポーンを前進させました。

 現在、俺が着ている服は八つです。
 左右の靴下、ズボン、ベルト、パンツとシャツ、カッターシャツとブレザー。

 ちょうどポーンを除いた駒の数と一致します。
 このため価値の低いポーンには白紙を付与しました。

 恐らく、芽衣も似たような状況でしょう。

 さて今回の勝負で重要なのは、ある程度の脱衣をしたら終わるということです。
 俺は最後の砦、パンツをキングに付与しました。多分芽衣も似たような采配です。

 この勝負の終わりはチェックメイトではありません。
 もしも最後の一枚を剥ぎ取られるようなシチュエーションに陥った場合、事実上の敗北を意味することになります。

 その点、俺は有利です。最悪の場合はパンツ一枚まで粘ることが可能だからです。
 一方で芽衣は、上か下、どちらか一方でも裸になる前に負けを認める必要があります。

 これはフェアじゃない。
 俺も上か下が裸になる前に降参することにしましょう。

 それにしても、このゲームは奥が深い。
 通常のチェスは究極的にはキングさえ守れば良いが、脱衣チェスは生命ふくを守る必要がある。攻める時も同様です。このため先の展開を見据えて、どの駒にどの服を付与するかという選択が重要になります。

 ……流石は芽衣です。

 これほど高尚なボードゲームを考案できるのは、長い人類の歴史を見ても彼女の他には数える程しか存在しないでしょう。

「……む?」

 芽衣の初手を見て、俺は思わず彼女の顔を見ました。

「何かしら?」

 余裕を感じられる笑顔。ミスではない。
 俺は顎に手を当て、その意図を考える。

 ……どう見ても無料ただですね。

 チェスは失った駒を取り戻すことができない。
 当然だが、駒が減るほど選択肢が減って不利になる。

 ……ハンデのつもりでしょうか?

 屈辱的ではある。
 しかし、逃す理由はありません。

「まずひとつ、ですね」

 俺は遠慮なく彼女のポーンを倒します。
 
「ええ、まずひとつね」

 彼女は倒れたポーンを回収して、裏に貼っていた紙をチェス盤に置いた。

 ……どうせ、白紙でしょうね。 
 そんな俺の予測は、大きく裏切られる。

「なっ!?」

 ブラジャーと記されていた。

「なんっ」

 何のつもりかと言いかけて、絶句した。
 彼女が、服の中に手を突っ込んでいた。

「あーあ、早速一枚脱がされちゃった」

 そして手に持った黒い布をチェス盤の横に置いた。

「うーん、次はどうしよっかなぁ」

 ……は?
 …………いや、は?

 なぜ、そんなにも平然としている?
 おかしい。何が、何が起きた? 俺は一体、何をされた?

 机に、あるはずの無い物体が置かれている。
 ブラジャーだ。ほんの数秒前まで彼女が着用していたものだ。

 ……でっか。

 俺は家事を手伝っている。
 その際、親の下着などを嫌でも目にする。 

 違う。まるで違う。
 ブラジャーとは、もっと平坦な布であったはずだ。

 しかし目の前にある物はどうだろう。
 幼い子供がふざけて帽子にできそうな程の豊かな丸み。いや、流石に頭を覆うことは不可能だろうが、イメージ、インパクトとしてはそれくらいのサイズ感がある。

 そんなことより、なんだ、これは。
 この背徳的な感覚は、なんなのだ。

 ……いや、理解しているはずです。
 俺の感情を昂らせている要因は、ただひとつ。

 眼前で行われた脱衣。
 この一点に他ならない。

 芽衣を見る。
 楽し気な表情をしている。
 
 もちろん服は着ている。普段と変わらない。
 ふとすれば、白昼夢でも見たのかという気分になる。

 しかし、その布は実在している。
 チェス盤の横で圧倒的な存在を放っている。

「ほら、太一の番だよ」

「……ええ」

 俺は目を閉じ、一度、鼻で長く息を吸う。
 ……あ、あ、あ、なんだこの甘い香りは。フェロモンか。長らく芽衣の皮膚に触れていたモノが外部に放出されたことで、そこに付着していた細胞が空気を伝って俺の鼻に届いたということでしょうか。

 待てっ、戻れっ、生きろ俺の意識!
 ぐぅぅぅ、なんて強烈な精神攻撃だ。
 これでは、冷静な思考など…………。

 いや、そうか、そういうことか。
 ……ふふ、なるほど、理解しました。

 精神攻撃です。
 あえて序盤に脱衣することで、俺の集中力を削ぐ作戦なのでしょう。

 その手には乗りません。
 致命傷ですが、まだ大丈夫です。

「どうぞ、芽衣の番ですよ」

「ほい」

 その後、テンポ良く手が進んだ。
 最初みたいに駒を捨てるような手は無い。
 やはり集中力を乱す作戦だったのでしょう。

 ふぅ、危ないところでした。
 作戦だと分かれば、恐れることはありません。

 ふふ、失策でしたね。
 明らかに俺が優勢ですよ。

 俺は心の中でほくそ笑みながら、ナイトを倒した。

「あちゃー、またやられちゃったかー」

 ……なんだ? どこか棒読みっぽい?

「うーん、どうやって脱ごうかな」

 彼女はナイトの裏に貼っていた紙をチェス盤に置いた。
 そこに記されていた文字は──シャツ(下着)。

「なっ!?」

 驚愕する俺の前で彼女は奇妙な動きをした。
 まずは服の中に手を入れた。外からではない。袖から出ている手を引っ込めるような形だ。そして下から出した手を襟元に入れ、シャツ(下着)を引っ張り出した。

「また脱がされちゃった」

 ふらりと白い布が舞う。
 それは先程の黒い布の隣に、そっと落ちた。

「カッターシャツ」

 囁くような声。
 俺はダメだと分かりながらも、彼女に目を向ける。

 目が合った。
 彼女は意味深な様子で微笑んだ。

 俺は理解してしまった。
 この勝負は、途中で終わったりしない。

「……正気、ですか?」

 震える声で問いかける。
 彼女は何も言わず、微笑を浮かべた。

 いや、いや、冷静になりましょう。
 本当に脱ぐわけがない。きっと最後の一枚は、キングだ。

(……だけど、もしも違ったら?)

「ほーら、太一の番だよ」

 ダメだ。全く頭が回らない。
 次の駒を倒した時、芽衣の上半身が晒されるかと思うと何も考えられない。

(……俺は、また負けるのですか?)

 心が折れかかっている。
 もはや相手の駒を倒すことなどできない。
 そのような縛りを付けて、勝てるわけがない。

(……まだです!)

 歯を食いしばり、思考する。
 もはや勝利は無い。しかし敗北を避けることはできる。

 ステイルメイト。
 引き分けに持ち込めば、敗北を避けた上で、芽衣を脱がさず勝負を終えられる!

(……芽衣、流石ですね)

 ようやく、理解しました。
 彼女の狙いは最初からこれだったのです。

 この脱衣チェスには様々な勝利条件がある。
 しかし彼女ほどの賢人が不確定要素を残すわけがない。

 俺は、勝負を受けた瞬間に負けていたようです。
 彼女は始めから今の展開を予測していたのでしょう。

 尾崎太一は、穂村芽衣の肌を晒すことを躊躇する。
 その前提条件を考慮した上で作戦を立てたに違いない。

 悔しい。思考の深さが違う。
 俺は、またしても彼女に勝てない。

(……いや、まだです!)

 最後の砦パンツはキング。
 男の俺ならば、パンツ一枚になったとしても水着のようなものです。

 要するに、この勝負は次のような言葉に置き換えられます。

 彼女が俺のパンツを奪うか。
 それとも、俺が引き分けを掴み取るか。

(負けるわけにはいかない!)

 全力で集中する。
 もはや白と黒の布などには惑わされない。

 俺は芽衣の目を見る。
 そして心の中で宣言した。

(……勝負です!)
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