日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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最終章 孤独を越えて

SS:かわのじ

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「ぃひゃぁ!?」

 結衣は素っ頓狂な悲鳴を上げた後、慌てて体を起こした。

「起きているのですか!?」

 大声で龍誠に問い掛ける。

「……寝ていますね」

 しかし微動だにしない姿を見て、結衣は彼が寝ていると判断した。

 ならば、先ほど脇腹に触れたのは誰なのだろう。そう思って首を振り、直ぐに小さな人影を発見した。

「ゆいですか?」

 人影は答えず、結衣の近くまで這い寄った。そして微かに輪郭が見えたことで、結衣は人影の正体に気が付く。

「みさきでしたか。どうしました?」
「……」

 みさきは答えず、龍誠に目を向けた。
 彼は結衣に背中を向けて寝ている。つまりみさきには、龍誠の背中が見える。

 みさきは結衣の横を通って、龍誠の正面にちょこんと座った。それから彼の片腕を持ち上げて、その間にすっぽりと収まる。

「……」

 あまりにも自然な動きに結衣は唖然とした。
 一方で龍誠の眠りは深いらしく、目を覚ます気配は無い。

「……」

 結衣は思う。
 なんて、羨ましいのだろう。

 自分は彼の背に触れるのが精一杯だというのに、みさきは容易く腕の中に収まってしまった。

「……」

 結衣は、そっと彼の腕を持ち上げた。
 それからみさきを抱き上げて、反対側におろす。

「……」
「不機嫌そうな顔をしてもダメです。ゆいと一緒に寝ていたのでは?」
「ゆいちゃん、うるさい」

 奇しくも同じ名前である結衣は、一瞬だけ自分のことを言われたのかと思って震えた。

 もちろん娘のことだと分かったけれど、やはり同じ名前というのは紛らわしい。

 さて、

「ゆいはまだ起きているのですか?」
「ねごと」

 みさきは言う。

「ずっと」

 ぎゅっと口を一の字にして、

「うるさい」

 結衣は頭を抱えた。我が娘は、いったいどこまでガサツなのだろう。これでは明日の朝食もトマトにするしかない。

「……仕方ありませんね」

 もう一度みさきを抱き上げて、今度は龍誠と自分の間に寝かせる。

「みさき、これは川の字というものです」
「かわのじ?」

 龍誠の方を向いていたみさきは、くるりと体を捻る。

「はい、親子が三人で並んで寝ることを言います」
「おやこ?」

 きょとんと首を傾けた。
 その姿が可愛くて、結衣はみさきの頬に手を当てた。みさきは気持ちよさそうに目を細める。

 そのまま頬を撫でて、結衣は少し前までゆいに同じことをしていたのを思い出した。小学校に入学すると同時に部屋を分けたけれど、それまでは本当に甘えん坊だったことを鮮明に記憶している。

 血の繋がりは無いけれど、その関係を親子と呼ぶことを結衣は躊躇わない。

 みさきとの関係はさらに複雑だけれど、それでも結衣は、みさきのことも本当の娘のように思っている。

 手続きの関係で共に過ごした半年間。
 あっという間に過ぎ去った時間。

 その間、結衣の周りは少しだけ賑やかになった。
 保育園に通っていた頃は友達を上手く作れなかったゆいが、同年代の子供と楽しそうに遊んでいる姿を見て、とても嬉しくなったのを覚えている。

 小学校に入学してからは他の友達も出来たようで、るみちゃんという名前がよく出てくる。それでも、やっぱり一番はみさきのことだ。

 ゆいと似たような境遇の女の子。
 あの半年間、みさきはいつも何かに怯えていた。その姿は出会ったばかりのゆいと重なって見えた。

 そして、みさきは恐ろしいくらい龍誠に依存していた。結衣は何度も危ういと感じたものだ。

 だけど最近は違う。
 きっと龍誠くんが頑張ったからだ。

 それはそれとして、みさき自身はどう思っているのだろう。まだ七歳のみさきは、きっと難しいことは考えられない。物事は好きか嫌いかの単純な二つに分けているはずだ。

 もちろん、みさきが何を感じているかは色で分かる。例えば頬を撫でられている今は、とても穏やかな気持ちになっている。

 だから、きっと好かれてはいるのだろう。
 龍誠くん程ではないにしても、素直に甘えてくれるくらいには好かれているのだと思う。

 それは、どういう意味の好きなのだろう。

 お母さんとは思ってくれていないだろう。
 ならば親切な人? それとも龍誠くんのお友達?

 そこまで考えた時、ふとみさきが呼吸のリズムを変えたことに気が付いた。

「眠ってしまいましたか」

 少しは話が出来たらいいなと思ったけれど、これは仕方ない。

 結衣は頬を撫でる手を背中に回して、みさきを少し抱き寄せた。

「……親子」

 ぽつりと結衣は呟いた。
 きっと何かを考えていたような気がする。だけどそれは、目覚める前に見る夢のように曖昧で、細くて、眠りへと向かう意識から徐々に離れ、果たして残らなかった。



 結衣は両親のことが大好きだった。両親も結衣のことが大好きだった。たったひとつの不幸は、お金がなかったことだ。だから結衣は、必死に働いていた。

 龍誠は親の愛を知らない。彼にとって他の大人と実親の違いは、子供に金を与えるか否かだった。だから彼は、違う何かを探して、がむしゃらに努力した。

 結衣と龍誠が衝突したのは必然だったと言えるだろう。なぜなら、独りだったからだ。

 人は集団に身を委ねることで個性を失う。逆に孤独の中に生きることで、強い自我を得る。そして異なる自我は必ず衝突する。

 一方で、自我を持つ前の子供はどうだろうか。

 子供は生まれた時、真っ白だ。
 言葉どころか、きっと自分の存在すらも認識出来ていない。決して独りで生きることは出来ない。だから、親を欲する。承認欲求と呼ばれる感情を携えて、自分の存在を認めてくれる存在に依存する。

 みさきとゆいは、存在を拒絶された。
 結衣の言葉を借りるならば、透明な存在になった。

 だけど二人は、独りの大人と出会った。
 そして、きっと大人達よりも早く愛情を知った。

 その感情は、赤の他人にこそ伝わった。

 龍誠はゆいから
 結衣はみさきから

 こうして独りだった大人と子供は、親子になった。
 孤独ではなくなったのだ。

 ならば、その先には何があるのだろう。
 孤独を越えた先には、果たして何が待っているのだろう。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 とある寝言。


(; >д<)……ママ、トマト、もうやだ。
(; >д<)……んんん、みさき、食べてぇ。
(; >д<)…………
(; >д<)かまぼこ!
(; >д<)………………んんん
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