158 / 221
第五章 未来のこと
SS:夢に向かって
しおりを挟む生まれて初めて恋をしました。出会いは少しばかり印象的だったけれど、漫画みたいに劇的ではなく、どこか運命的なものでもありませんでした。
彼の名前は天童龍誠さん。
中性を通り越して女性的な顔立ちで、とても背の高い人。
最初は怖い人だな、ヤの付く人なのかなと思った。
でも話をするようになって、直ぐに普通の人だと分かった。
きっと何処にでもいるような、ちょっとだけ世間に疎い人。ただ他の人と少し違うのは、とても一生懸命なところ。
いつだって真剣で、全力で物事に取り組んでいた。
その姿が私には眩しくて、温かかった。
まるで空みたいな人だなと思った。
いつも晴れ晴れとしていて、だけど雲のかかった部分もあって、たまに雨が降る。
それは決まって傘なんかじゃ防げない豪雨だけれど、止まなかったことはない。そして雨上がりの空には、うっとりするような虹が架かる。
ああすごいな、かっこいいな。
私も、もっと頑張らないとな。
天童さんを見ていると、そう思えた。
だから負けないくらい必死になって、ついに憧れだった漫画雑誌での連載が決まった。
ずっと前から思っていたことがある。
連載が決まったら、告白しよう。
私は天童さんのことが好き。
どうしてなのかは上手く説明出来ない。
天童さんの良いところなら、いくらでも話せる。
だけどヘタレな私は一ヶ月経っても何も言えなかった。
とても簡単な一言が、どうしても言葉にならなかった。まさかの同棲に浮かれて、満足してしまっていたのかもしれない。
そんな私の前に、彼を良く想っている女性達が現れた。
漫画みたいな展開だと思った。
これが漫画なら奥手な私に勝ち目は無いのだろう。
だから勇気をだして、精一杯の告白をしてみた。
その言葉は確かに届いていたと思う。
ちゃんと伝わっていたと思う。
一緒にアニメを見ている間、とても冷静ではいられなかった。
深夜、好意を伝えた相手と二人きり。
際どいシーンのあるアニメ。
いつエロ同人みたいな展開になっても大丈夫な準備は出来ていた。だけど天童さんの横顔を見る度、私の目に映るのは、いつもの真剣な表情だった。
その顔を見て私は思った。
ああそうか、きっとこういう人だから好きになったんだ。
天童さんは最近結婚について考えていた。
正直、私も良く分からないから、上手くアドバイスすることは出来なかった。
でも、いつかは私も誰かと結婚するのかなとは思う。
そう考えた時、なら、相手は天童さんがいいなと思った。天童さんがいいなと思っている。
だから私は、もう一度だけ勇気を振り絞った。
「あの時の返事、聞かせてもらってもいいですか?」
*
「……応援、ですか?」
「なんていうか、小日向さんには助けられてばかりだったから」
「いえいえ、そんなこと」
「謙遜しないでくれ。本当に感謝してる」
「だから、いつも思ってた。何か小日向さんの為になることが出来ないかって」
「……そんなこと、考えていてくれたんですね」
「ああ。ずっと考えていた」
「なんだかんだで二年も一緒にいるから、何をすれば喜ぶとか、嬉しい時どんな表情をするとか、それなりに知ってるつもりだ。それで……小日向さんは、アニメとか漫画の話をしている時が一番楽しそうだって思った」
「そう、かもしれないですね」
「もちろん小日向さんの全部を知ってるわけじゃないけどな。でも、楽しそうに話してる小日向さんを見てると俺まで楽しくなるし、なんつうか……とても魅力的だと思った」
「魅力……」
「目がキラキラしてて、声も何だかキラキラしてて……とにかくキラキラしてる」
「……キラキラ」
「上手く言えなくて申し訳ないが、まあ、そんな感じだ」
「そう、ですか。ふひひ、自分じゃ良く分からないですけど、そう言ってもらえて嬉しいです」
「それで、俺は……小日向さんには、ずっとキラキラしていて欲しいと思った」
「だから、応援したい」
「それは、えっと、その……どういうことですか?」
「小日向さんは漫画を描くべきだ。俺なんかが間に入ることは出来ねぇよ」
「その為に東京に行くのが一番なら、そうするべきだ。俺は、それを応援したい」
「……そう、ですか」
「あの、漫画を描くことなら、今ならどこでも出来るんですよ?」
「ありがとう。だけど、みさきの世話までしてもらって……」
「みさきちゃんのことは負担になんて思っていません。むしろ、良い息抜きになるというか、私も一緒にいると嬉しいといいますかっ」
「……」
「天童さん?」
「小日向さんなら、世界一の漫画家になれるよ」
「……私とは、一緒にいられませんか?」
「……俺とは、一緒にいないほうがいい」
「頼むよ、小日向さん」
「…………プレッシャー、ですね」
「わかり、ました。私、がんばり、ます」
「……ああ」
「応援、していて、くださいねっ」
「……もちろんだ」
「……えっと、部屋のこと、どうしましょうか?」
「部屋のこと?」
「家賃、とか、いろいろ」
「大丈夫だ、気にしないでくれ」
「でもっ」
「大丈夫」
「……そう、ですか」
「……そろそろ寝ましょうか」
「……そうだな」
「……」
「……」
「小日向さん」
「……はい」
「漫画、全部読むよ」
「……ふひひ、なんだか緊張しますね」
「アニメになるの、楽しみにしてる」
「……はい、頑張ります」
「それから……いや、なんでもない。おやすみ、小日向さん」
「……はい、おやすみなさい」
*
檀が部屋を出たのは、二週間後だった。
新居については、彼女の担当編集が持っているコネを頼りにして、引越しというより親戚の家に居候するような感じで決まった。
みさきには漫画を描く為にお引越しすると伝え、たった一言ずつ会話をして別れた。
がんばって
うん、ありがとう
龍誠とは当たり障りの無い会話しかしなかった。
この二週間、二人は何事も無かったかのようにしていたが、それはかえって不自然で、どこか他人行儀で、檀は辛かった。
だけど、だからこそ、別れの時は精一杯の笑顔を作って、明るい話をした。
それから駅まで歩いて、電車に乗って大きな駅へ向かい、また少し歩いて新幹線に乗った。
車内にはぽつりぽつりと人がいるだけで、話し声は聞こえてこない。微かに感じる揺れと音はノイズにも似ていて、まるで無音のヘッドホンをつけているみたいだ。
窓の外を見ても目に映るのは真っ暗な夜の風景だけ。あと何分かすれば眠らない街の明かりが見えるのだろうが、その前に、檀はそっと目を閉じた。
瞬間、あの夜の会話が思い出される。
ただただ優しくて悲しい表情で、誰かに言い聞かせるようにして話す姿が、目を閉じる度に浮かび上がる。ほんの数分の会話が何度も何度も繰り返される。
あの時もしも嫌だと言えたら、もっと我がままになれたら、何か変わったのだろうか。
もっと踏み込んだ話が出来れば、せめて本音を聞くことが出来たのだろうか。
あの時もしも……そんな経験したことのないような後悔が、檀の中でグルグルと暴れている。
「……言えるわけ、ないじゃないですか」
そんな呟きと共に開かれた檀の目尻からは、搾りかすのような涙が零れた。
彼は檀のことをそれなりに知っていると言った。
同じように、彼女も龍誠のことを知っている。
嬉しい時の声や辛い時の表情。
何かに迷った時、どれだけ真剣に考えられるのかということ。
それを彼女は知っている。
だからこそ、彼の出した結論を強く否定することは出来なかった。
正直なところ、檀はこの結果を予測していた。
彼を想う女性が集まった時、龍誠の姿を見て、その時からなんとなく感じ取っていた。
まるで長年連れ添った気の置けない夫婦のような関係だった。
自分と話している時は、いつも遠慮した様子なのに、彼女達と話している時は、そうじゃなかった。
もしかしたら自分が特別なのかもしれない。
そう思ったけれど、やっぱり違ったらしい。
そういう意味で、心の準備は出来ていた。
そのうえで、二週間が時間が経っている。
だけど、いつまでも心にポッカリと穴が開いたような感覚が消えてくれない。
ふと、ネットでよく見る言葉を思い出した。
男は名前を付けて保存。
女は上書き保存。
これが事実ならば、何か他の記憶で上書き出来るのならば、どれだけ楽になれるだろうか。
むしろ簡単に代用品が見つかる程度ならば、そもそもこんな気持ちは知らずに済んだのだろう。
「……だめ」
檀は少し上を向いて、自分の頬を強く叩いた。
いつまでもくよくよしている場合じゃない。
思いだせ。
自分は何の為に東京へ行く?
他でもない、漫画を描く為だ。
大好きな漫画を描いて一番になる為だ。
一番高いところでキラキラする為だ。
キラキラ。
彼が言ってくれた言葉。
キラキラしている姿が魅力的だと言ってくれた。
応援してくれると言ってくれた。
だったら全力で頑張ろう。
彼に負けないくらい、一生懸命になろう。
「……よしっ」
震える声で檀は自分を奮い立たせた。
ちょうどその時、窓の外から眩い光が飛び込んできた。
少しだけ目を細めた後、どこか幻想的な世界をしっかりと見る。
キラキラと輝く夜の都会を見ながら、檀は強く唇を噛んだ。
彼女が言った通り、今なら東京へ行かずとも漫画は描ける。
ビデオ通話などの技術を駆使すれば、離れていても実際に会っているかのようなやりとりが可能だ。
それでも東京へ行くのは、覚悟を決めたからだ。
だから泣くのは今日で最後にしよう。
だって、応援してくれる人がいるのだから。
誰よりも大好きな人が応援してくれているのだから。
絶対アニメ化して、彼に届けよう。
その時は……私ではない人が彼の隣に居るのだろうけれど、きっと笑顔で伝えよう。
だから……だから今だけは。
今だけは――
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
元平民の義妹は私の婚約者を狙っている
カレイ
恋愛
伯爵令嬢エミーヌは父親の再婚によって義母とその娘、つまり義妹であるヴィヴィと暮らすこととなった。
最初のうちは仲良く暮らしていたはずなのに、気づけばエミーヌの居場所はなくなっていた。その理由は単純。
「エミーヌお嬢様は平民がお嫌い」だから。
そんな噂が広まったのは、おそらく義母が陰で「あの子が私を母親だと認めてくれないの!やっぱり平民の私じゃ……」とか、義妹が「時々エミーヌに睨まれてる気がするの。私は仲良くしたいのに……」とか言っているからだろう。
そして学園に入学すると義妹はエミーヌの婚約者ロバートへと近づいていくのだった……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる