日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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第五章 未来のこと

SS:帰り道

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 必死に堪えていたものが零れ落ちたのは、振り向いた直後だった。

 もう一言だって話せない。
 顔を見せることも出来ない。
 それをした瞬間に全部台無しになる。

 後ろから声をかけられないか、追いかけてこないか。
 それを考えると今直ぐ走りだしてしまいたかった。

 だけどそうしなかったのは、龍誠に悩んでほしくないから。それと……少しだけ、期待していたから。

 そんな可能性は皆無だと、はっきり理解している。
 それでも簡単には気持ちを捨てることが出来ない。

 あの曲がり角まで、あと何歩だろうか。
 暗いせいか前が見えなくて、距離感が掴めない。

 だけど、あそこまでは頑張ろう。
 あの角を曲がるまでは、堪えよう。


 あの日、龍誠の姿を見ていたら直ぐに分かった。
 龍誠が誰を一番に想っているか、それは一目瞭然だった。

 本当は最初から分かっていた。
 だけど龍誠が遠くに行ってしまうような気がして、焦って、どうしようもなかった。

 でも今は違う。
 少しだけ余裕がある。

 きっと昔みたいにベタベタすることは出来なくなるだろうけれど、龍誠は昔のまま……あの頃よりも、もっと優しい人になっていることが分かった。

 だからきっと、大丈夫だ。
 大丈夫、大丈夫……。

 遊ぶ時は呼んでもらえるはずだ。
 また子供の誕生日になったら、声をかけてくれるはずだ。

 そうなった時、きっと彼の周りの人間関係は変わっていて、それを見るのは辛いに違いない。

 だけど大丈夫。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫……。

 何度も自分に言い聞かせる。
 それなのに、いつまでも涙が止まらないのはどうしてだろう。

 どうしてって、そんなのわかってる。
 平気なわけない。

 本当に好きだった。
 龍誠の一番になりたいって思ってた。

 でも、無理じゃん。
 あんなの、どうしようもないじゃん。

 結局は龍誠を困らせただけだった。
 その挙句これからも友達でなんて……滅茶苦茶だ。

 もしも今回のことで嫌われていたらどうしよう。
 今迄通りの関係でいることが出来なくなったらどうしよう。

 不安だ。
 不安が止まらない。

 あんなこと言わなければよかった。
 無かったことにしたい。取り消したい。
 だけどそれと同じくらい、後悔したくない。

 滅茶苦茶だ。
 ぐちゃぐちゃだ。

 自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、全く分からない。そして分からない何かが、次々と涙になって目から零れ落ちていく。

 
 いつの間にか曲がり角を過ぎていた。
 慌てて涙を拭い後ろを見る。
 もちろん龍誠の姿は無い。


「……なにしてんだろ」


 自嘲気味に呟いて、空を仰ぐ。
 もちろん星なんて見えないし、ただ暗いばかりだった。

 不意にポケットに入れてあるスマホが震えた。
 きっと工場の誰かから冷やかしの言葉が送られて来たのだろう。

 だけど今は、それに付き合う余裕は無い。
 ……でも、一応内容くらいは確認しておこう。


 ちよこ、ありがとう


 それは、普段使っていないMMSからの通知だった。
 誰から送られてきたのかは確認するまでもない。

「……ちよこってなに、ひよこかよ」

 その不慣れなメッセージを見て、思わず脱力した。

「……メール、初めてだな」

 もしかして泣いてるのバレてたかな?

「……返事、どうしよ」

 そう呟いた時には、もう涙が止まっていた。
 どうしようもなくあいつらしいメールを見て、不思議なくらい心が落ち着いた。

 きっとこれからも、こんな風にやりとりが出来るのだろうと思えた。笑ってしまうくらい単純だけれど、まるで真っ暗な部屋に、突然明かりが灯ったような感覚だった。

「……これまで通り」

 呟いて、スマホに触れる。


 来月はよろしく。


 ほんの少しのイタズラ心と共に、返事を送った。
 すると直ぐに返信が来る。


 らいげつ?


「……あいつ、本当に知らなそう」

 自然と頬が緩む。
 こんな何でもないやりとりが、楽しくて仕方ない。

 振られたばかりだというのに、むしろ振られる前より気が楽だ。

「……そうだ」

 内心でくすくす笑いながら、少し意地悪な文章を打ち込む。きっとこれからも、こんなやりとりが続けられるようにと希いながら――
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