日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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第五章 未来のこと

お祝いされた日(前)

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 夜。
 俺はみさきを小日向さんに預けて駅へ向かった。

 朱音の持っている荷物によってはタクシーも考えていたが、本人の希望によって徒歩を選んだ。

 せめて荷物は持つと提案したが、軽いからいいと断られた。
 朱音が持っているのは何やら大きな紙袋で、中身は内緒とのことだ。気になる。

 さて、マンションへ向かう道中は主に新しい部屋についての話をした。ついでに朱音が俺の引っ越しについて知っていた理由を聞いた。朱音に話した記憶は無かったので疑問だったのだが、どうやら不動産屋にいた知り合いから聞いたらしい。

「というわけで、朱音さんです」
「……どうも」

 部屋の中まで入って、テレビを見ていた小日向さんに紹介する。
 朱音が会釈すると、小日向さんは少し慌てた様子で立ち上がって頭を下げた。

「こばっ、こんばんは!」

 俺としては気を使うことは無いと思うのだが、やはり初対面だとそうはいかないらしい。

 小日向さんの態度はいつも通りのような気がしないでもないけれど、朱音は借りてきた猫みたいに大人しい。というか警戒心が高過ぎて小日向さんを見る目が少し怖いくらいだ。

「……こんばんは?」

 小日向さんの隣でテレビを見ていたらしいみさきも、ひょっこり顔を出して挨拶した。

 朱音はみさきを一瞥しただけで直ぐにまた小日向さんに目を戻す。小日向さんはビクリとして、ペコペコしていた。

 ……なんか、妙な感じだな。

「とりあえず茶でも用意するよ。適当に座っててくれ」
「あっ、お茶なら私が」
「いや俺がやるよ。今朝のお礼だ」
「……今朝?」
「ああ、小日向さんが朝ご飯を作ってくれたんだ。すげぇ美味かった」
「……へー」

 朱音はもしかして緊張してんのか?
 まあ二人とも悪い人間じゃないし、少し話せば打ち解けるだろう。

 ……ゆっくりお茶を用意しようか。

 というわけで、俺はゆっくり冷蔵庫に向かった。もともと時間をかけて用意するつもりだったが、コップを用意する段階になって素で動きが止まる。

 ……コップが三つしかねぇ。


 * 朱音 *


 もちろん、引っ越し祝いがしたいなんて言葉は建前だ。
 別に龍誠が女を作ろうが自分には関係無いけど、本当に本当に全くこれっぽちも関係無いけど、だけど、もしも結婚とかするのなら、一言も連絡が無いのは水臭いというか、なんかムカつく。

 そんな理由で訪れた龍誠の新居。
 最初の感想はデケェ!

 マンションとは聞いていたけれど、どうせ三階建てくらいのアパートの進化系だろうと予想していた。しかし実際には、まあ、マンションって感じだった。十階以上ありそう。

 エレベータを使って三階まで行き、隅っこまで歩いた所が龍誠の部屋らしい。
 ドアを開けて部屋に入るとヒレェ! マジで広い!

 と、小学生みたいにテンションが上がったのも一瞬のこと。
 果たして、そいつと出会った。
 隣に例のみさきとかいう龍誠に溺愛されてる女の子もいたけど今は無視。

 第一印象は、清楚系って感じの女。
 言葉を選ばなければ地味。でも微妙に化粧してる。服装とか部屋着にしては気合入ってるし、今朝は龍誠に手料理を食べさせたとか……こいつ絶対そういうつもりで同棲してる。

 ……龍誠も、そのつもりなのか?
 いやいやっ、龍誠に限ってそんなことっ。
 それに! この女と龍誠じゃ夫婦ってより親子じゃん! 身長差ありすぎだし!

 つうか、あの女さっきからチラチラ見て何のつもりだ?
 言いたいことあんならハッキリ言えばいいのに……って、それはオレも同じか。

 ……何から話そう。


 * 檀 *


 パツキッ! ぱっぱつ、ぱんぱーす!
 天童さんが女の人を連れて来るとのことでアレコレ考えながら待っていたら、現れたのはデカくて大きいパツキン!

 目が飛び出るかと思うくらいインパクトありました。しかも何だか睨まれてます。

 天童さんとはどういう関係なんだろう。
 まさか元カノ?
 みさきちゃんのお母さんという可能性も微レ存!?

 でも引っ越し祝いに来てくれる元カノや元嫁っていったい……妹さんと考えた方が自然なのでは?
 そう考えると色々納得出来ます。天童さんと同じで大きいのも、何だか互いのことを知り尽くしているかのような関係なのも頷けます。

 なら(チラ)どうしてこんなに睨まれているのでせう?
 妹ということなら、大好きなお兄ちゃんに近付く女は許さないみたいな……うへへなにそれ萌える。なんて現実逃避している場合ではなくっ!

 ……と、とりあえず何か声をかけて(チラ)

 ムウリィィィッ! 時を止めて「こんにちは」って言ったら同じく時を止めて「さようなら」って攻撃されそうな迫力があります!

 ……天童さん早く戻って来てぇぇ!


 * みさき *


 そわそわしている二人の間に、みさきは大人しく座っていた。
 きっと多くの人は今の二人に近付きたくないと思うだろうけれど、そんなの六歳のみさきには分からないし、何より今はテレビに映っているアニメが気になる。

 ゆいちゃんの家でも何度か見たアニメだ。
 みさきには話がどうこうというより、なんか動いてる、ということが面白い。

 テレビの中の登場人物は今スケートの練習をしていて――とんだ!

 見事な二回転ジャンプにみさきは目を輝かせる。
 ねぇ見た? 今の見た?

 隣に座っている檀に同意を求めるけれど、なんだか違う所を見ている。
 気になって同じ所を見ると、前にも会った大きい人がムっとした表情をしていた。

 なんだろう? と思うみさき。
 何だか背中がピリピリするような感覚があるけれど、それより今はアニメの感動を共有したい。

 くい、くい。

 檀の腕を引っ張ってみたけれど反応が無い。
 しょんぼりするみさき。
 
 ちょっと寂しくなって、ぴょんとソファから降りた。
 りょーくんなら返事をしてくれるはずだ。
 あ、でもりょーくんはさっきの見てない。

 ま、いっか。
 みさきは小走りで動き出す。
 ちょうどそこに、コップを持った龍誠が現れた。

「みさき?」
「……」

 さっきの感動を言葉にしようと考えるみさき。

「……んっ」

 グっと手を握って、思い切りジャンプ。

「おー、いいジャンプだな」

 つたわった!
 目を輝かせるみさき。

「てれび?」
「ああ。朱音が食べ物を持ってきてくれたらしいから、それを食べながら見ようか」
「んっ」

 たべもの!
 聞き慣れた単語に目を煌めかせるみさき。

 食べ物を持ってきてくれる朱音さんは良い人だ。
 みさきは弾む足取りでソファまで戻って、朱音の膝をぽんぽん叩く。

「なに?」
「……んっ」

 ありがとうという意味を込めて頷いたみさき。
 しかし伝わるはずもなく、朱音は少し困ったような顔をした。

「食べ物を持ってきてくれてありがとうってことだ。ほい、お茶」
「ありがと」

 素直に言って、一本の青い線が入ったコップを受け取った朱音。
 それを見て檀の表情が少し変わったことに、みさきだけが気が付いた。

「ほれ、みさきも」
「……ん」

 動物が描かれた小さなプラスチック製のコップを両手で受け取ったみさき。

「どうぞ、小日向さん」
「……はい、どうもです」

 最後に桃色の線が入ったコップを受け取った檀。

「小日向さん、どうかしたのか?」
「へっ?」
「なんかいつもと違う感じがして……」
「ああいえっ、コップを三つしか買わなかったので、余分に用意しておけばよかったなと」
「むしろ小日向さんが買ってくれなかったらお茶も用意出来なかったよ。ありがとう」
「……いえ、お礼なんて、そんな」

 いつも通りの会話を見ながらお茶を飲むみさき。
 ふと、この中で一番低い位置にあるみさきの耳が「トン」という音をとらえた。
 見ると、朱音さんが足で床をトン、トンとしている。

 あっ、目が合った。

「なあ龍誠。みさきって子がスゲェ見てくるんだけど」
「ああ悪い、多分まだ晩飯を食ってないからだと思う」
「そうなのか?」

 初めて朱音の笑顔を見て、みさきはちょっと不思議に思う。
 だけど食べ物が最優先。みさきは素直に頷いた。

「んじゃ、早速食べよっか」

 ソファの横から大きな袋を持ち上げた朱音。
 みさきは袋の中身に期待を膨らませながら、朱音が自分のことを見ていない事に気が付く。

 顔はみさきの方を向いているけれど、目は何だか横を見ているような気がする。
 気になって同じ方を見ると、そこには檀がいた。

 んー?
 首を傾けるみさき。

「歩いたからちょっと崩れちゃってるかもしんないけど、これ、結構美味いって評判のケーキ」

 けーき!?
 ちょっと前にあった不思議なことなんて全部忘れて袋に目を奪われたみさき。

 ……あ、でも昨日も食べたなケーキ。

 思い出したみさきは、少しだけ興味を失った。
 かくして、どこか不思議な引っ越し祝いが始まったのだった。
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