日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

文字の大きさ
上 下
209 / 221
Ex:ゆいはみさきに勝ちたい!

03:しょうぶ!

しおりを挟む

 九月。
 残暑が大人を苦しめ、夏休みロスが子供を苦しめる時期。

 ゆいとみさきの戦争が始まった。

「……ふんっ」
「……べーっ」

 そっぽを向くみさきと、舌を出すゆい。先日爆発した二人の感情は、睡眠を経ても鎮火しなかった。

 ざわ、ざわざわ。
 二人の様子を見て周囲がざわつく。

 微妙な空気感の中、真っ先に立ち上がったのは、いつもゆいにチョッカイをかけている男子だった。

「おい、さっさと謝っとけ」

 ゆいは唇を噛んで顔を上げた。
 無言で睨まれた彼は、いつもと違う反応にゾッとする。しかし彼は、その違和感に気を配れるほど大人ではなかった。

「どうせみさきには勝てねぇんだから、長引かせるだけ無駄だって」
「うるさい!!」

 ゆいはバンと机を叩いて立ち上がった。
 目に涙を浮かべて、小さな拳を震えるほど握り締めて、彼を睨み付ける。

「……な、なんだよ」
「どーん☆」

 緊迫した空気。
 皆が固唾を呑んで見守る中、二人の間に飛び込んだのは瑠璃だった。

「一流のレディは、ぷっつんしーなーいーぞ☆」

 こつん、ゆいの額をつついた瑠璃。
 ゆいはギュッと口を一の字にして、腰を下ろした。

 そっぽを向いたゆい。瑠璃はひとまず安堵した表情を見せ、件の男子に目を向けた。

「……悪かったよ」

 目も合わせない小声の謝罪。もちろんゆいは返事をせず、残ったのは険悪な空気だけだった。

 いつも賑やかな教室が静まり返る。
 二人の喧嘩は、それくらい衝撃的なことだった。

「ゆーいーちゃんっ」

 声を出したのは、自称みんなのお姉さん静流しずる。彼女は長い髪を揺らしながらゆいの背に立って、そっと腕を回した。

「何があったのかな? お姉さんに話してごらん」

 ゆいは何も言わない。

「ほらほら、ほっぺたクルクルしちゃうぞ」

 人差し指でゆいの頬に渦を描く静流。
 ゆいは――


 ゆいは、みさきに勝ったことがない。


 初めての友達。
 五年前、ゆいはひとりぼっちだった。

 結衣と出会って、結衣に憧れた。
 一生懸命に勉強した。ゆいは同年代よりも少しだけ精神年齢が高くなって、上手く馴染めなかった。

 いつもひとりだった。あの頃は結衣も仕事で忙しくて、家でもほとんど話が出来なかった。

 そんなとき、みさきが現れた。
 小さくて、無口で、一人では何もしない女の子。

 ゆいは張り切った。
 妹が出来たような気分だった。

 みさきだけは変な目で見なかった。
 ゆいは、孤独ではなくなった。

 一番の親友。
 ゆいは間違いなくみさきの名前を答える。

 それは今でも変わらない。
 だけど、小学校に入ってからは、少しずつ別の感情が芽生えた。

 勉強。
 学校のテストはいつも百点だ。英才教育を受けたゆいとみさきにとって公立の授業はレベルが低過ぎる。

 だから、家では別の勉強をする。みさきは、いつもゆいより難しいことを学んでいる。ゆいはひとつ覚えるまでに、十個は覚えている。

 運動。
 ゆいは運動が苦手だ。体育の授業がある度に龍誠を頼っている。負けず嫌いで、必死に努力して、みさきが一度で出来ることが出来るようになる。

 だけど、ピアノだけは違った。
 結衣が買い与えてくれた大切なもの。音を鳴らすのが好きで、その音を好きだと言う結衣の顔を見るのが好きで、時間さえあれば演奏していた。

 あるとき、コンクールで賞を取った。
 結衣は絶賛した。龍誠は興奮して、ゆいを持ち上げた。勢い余って天井に頭をぶつけた。みんな笑っていた。ゆいは、もっとピアノが好きになった。

 ピアノだけは特別だった。
 ピアノだけは、ゆいは一番だった。

 でも、心の奥底で考えていたことがある。
 もしもみさきがピアノに興味を持ったら――

 ゆいは心の奥底で怯えていた。
 他のことなら構わない。だけどピアノだけは、結衣が初めてくれたピアノだけは、絶対に譲れない。

 最近、結衣と話す機会が減っている。
 結衣は子育てに忙しくて、お手伝いをしても、ほとんどみさきと話をしている。

 もちろん結衣は差別などしていない。例えばナイフを触らせないのは、ゆいの指を大事に思っているからだ。しかしゆいの視点では違った。みさきの方が上手に出来るから、みさきばかり頼るのだと思っていた。

 ゆいは、怖くなった。
 みさきは一番の友人で、いつも一緒にいる。だからこそ、みさきの異常な能力を知り尽くしている。

 学校のみんなも知っている。みんなが、ゆいよりもみさきの方がすごいと思っている。

 もしもみさきがピアノに興味を持ったら。
 ゆいは――あたしは、きっと勝てない。

 そしたら、なにも残らない。
 だからピアノだけは譲れない。

 これが、昨夜爆発したもの。
 ゆいの中にあった火種の正体。

 大丈夫、みさきはりょーくんにしか興味がない。
 りょーくんに頼めばコンクールには出ない。みさきのことは分かってる。誰よりも分かっている。

 だから、

 ゆいは勝ちたい。
 ピアノだけは、負けられない。

「みさきは、」

 ゆいは、長い沈黙の後に返事をした。

「みさきはライバル」
「ライバル?」

 静流はきょとんとした反応を示す。
 ゆいはみさきを指差して、

「みさきは次のコンクールに出ます! だから終わるまではライバルです! 獅子身中!」

 級友達が揃って耳を傾けるなか、ゆいは高らかに宣言した。

「ゆいちゃん、その表現だと負けそうだよ?」
「一人前のレディは災いを乗り越えます!」

 その宣言を聞いて、瑠璃は大袈裟に拍手した。

「えーすごい! 二人ともコンクールに出るの?」

 目を向けられたみさきは返事をしない。
 代わりに、ゆいが「そうです!」と叫んだ。

「よーし! みんなで応援に行こう!」

 静流が手を上げて、大きな声で言った。

「あ、でもどっちを応援すればいいのかな。お姉さんは皆のお姉さんだから、贔屓できないよ」
「俺は、」

 一番に声を出したのは、ゆいの地雷を踏み抜いた男子――蒼真だった。中二病を卒業した彼は、捻くれた態度で言う。

「俺は戸崎姉を応援する」

 わーお。
 思わず声を出した静流。

「負けそうな方を応援した方が楽しいだろ!」
「なんだと!?」

 照れ隠しと、怒るゆい。
 瞬間、堰を切ったように騒がしくなる教室。

 なんだよ、喧嘩じゃないのか。
 みさきちゃんピアノ弾くの!? 楽しみ!
 乙女どもの真剣勝負。尊いなり。
 おまえどうする? 俺みさきに御縁チョコ十個。

 各々が好き勝手に騒ぎ続ける。
 その声はどれも楽しそうだった。

 その中で、ゆいだけは恐怖に震えていた。
 みさきは多くの質問に返事をしながら、ゆいの意図を考えて、わからなくて、困惑していた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

元平民の義妹は私の婚約者を狙っている

カレイ
恋愛
 伯爵令嬢エミーヌは父親の再婚によって義母とその娘、つまり義妹であるヴィヴィと暮らすこととなった。  最初のうちは仲良く暮らしていたはずなのに、気づけばエミーヌの居場所はなくなっていた。その理由は単純。 「エミーヌお嬢様は平民がお嫌い」だから。  そんな噂が広まったのは、おそらく義母が陰で「あの子が私を母親だと認めてくれないの!やっぱり平民の私じゃ……」とか、義妹が「時々エミーヌに睨まれてる気がするの。私は仲良くしたいのに……」とか言っているからだろう。  そして学園に入学すると義妹はエミーヌの婚約者ロバートへと近づいていくのだった……。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...