日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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第三章 りょーくんのうた

SS:授業参観(後)

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 教室に入った後、結衣は先に着いていた保護者達に軽い会釈をして、一番近い人の隣に並んで立った。
 
 保護者達が並んでいるのは黒板と反対側の位置。後ろには小さなロッカーがあって、児童達の綺麗なランドセルが入っている。色は赤と黒、だけではなく青や黄色、茶色い物まである。さらによく見ると、側面に防犯ブザーや見守りケータイが取り付けられているランドセルもあった。

 結衣が防犯について失念していたことに気が付くと、ちょうどそこに声がかけられた。

「ママ!」

 ゆいだ。
 黒板に向かって左から三列目、前から二番目の席で手を振っていた。結衣が笑顔を浮かべて小さく手を振り返すと、隣に座っていた女の子がゆいに声をかけた。

「うん! あれがママだよ!」

 元気な声を聞いて結衣は苦笑いする。隣の女の子の声は聞こえないのに、ゆいの声だけはハッキリと聞こえてしまった。

 ふと視線を感じてゆいから目を逸らすと、みさきちゃんと目が合った。ゆいにしたのと同じように軽く手を振ると、いつもの表情でコクリと頷いた。あれはきっと彼女なりの挨拶なのだろう。

 とある事情というか、ほとんどその場の勢いでみさきの親権を獲得することを決めた結衣。その流れで半年ほど一緒に過ごしたけれど、未だに彼女のことは良く分からない。

 常に何か考え事をしているようだけれど、声をかければ返事をするし、何か起これば年相応の反応を見せる。しかし無口というか言葉選びが独特なので会話によって内心を引き出すことは難しい。すると色を見て判断するということになるのだが、どうにも判断に困る事が多い。そういうわけで、結衣は最後までみさきの性格を掴めなかった。

 ……あの義理の親子は、なんなんですか、ほんと。

「はーい、みんな、授業を始めますよー」

 騒がしい教室に響いた一際大きな声にハッとして、結衣は軽く頭を振って雑念を振り払う。
 再び前に目を戻すと、いつのまに現れたのか、黒板の間に教師が立っていた。

 ……よかった、綺麗な色をした人です。

 結衣は心の中でほっと息を吐いた。気付けば、最初の頃に感じていた緊張もいくらか薄れている。これなら、落ち着いた気分で授業を受けるゆいの姿を見られそうだ。

「ちょっと待ってね~」

 よいしょと声を出しながら、岡本は用意した大きな「ひらがな表」を黒板に貼る。
 これから行われるのは国語の授業だ。一年生の春では、まだ字を読めない児童もいるから、なによりも先ず文字を覚えるところから始まる。
 
 岡本が作業をしている間、児童達は静かに椅子に座って待っていた。教室内は一年生の授業とは思えない程に静かで、岡本としては非常にやりやすい。

「おまたせー。では、この文字が読める人!?」

 まさしく小学校の教師らしく、岡本は児童に挙手を促した。日本人なら一回は聞いたことのあるセリフだろうが、実はこれ、現代では良くない方法のひとつである。精神年齢の低い低学年であれば「はい!」の大合唱で授業が止まるし、せっかく挙手したのに指名されなかった児童に良くない影響を与えるかもしれない。

 ~ばっかりズル~い!
 先生は私のこと嫌いなのかな?

 そんなわけで、挙手が多数ある場合は出席番号順に指名するという方法を取ることが多い。

「それじゃ今日は……あ、ちょうど最初からだね。天霧隼人くん、これを読んでください」
「はい!」

 おー、しっかりとした返事ねー。

「それは『ぬ』とよみます」

 おー、しっかりとした子ねー。
 あれ家の子ですよ、家の子。

「はい、ありがとう。では次は、伊藤静流さん」
「はい!」

 おー、元気な返事ねー。
 そうねー。

「それは、おねえさんの『ね』です!」
「はい、正解です」

 キャー! しずちゃんいいよー!
 あら、オタクのお子さん?

「……ええと、じゃあ次は」

 お母さん達、静かにしてください。そう思いながら、岡本は授業を続けた。



 そんなこんなで授業が終わると、保護者面談が始まる。地域によっては「個人面談」などとも呼ばれるが、基本的には学校での子供の様子が気になって仕方ない親がアレコレ質問する時間だ。

 授業とは時間が少しズレるから、保護者は子供を家に送り届けた後でもう一度学校に来るか、子供を運動場か何処かで遊ばせておくという形になる。四月の間は一年生の授業は午前中で終わるから、昼休憩を挟んで面談が始まり、一時から六時くらいまでが面談の時間となる。

 予定では二時四十分から面談が始まる結衣は、子供達と図書室で待つ事にした。昨年までは仕事ばかりだった結衣だが、人形劇件以来は娘を優先するようになった。その分かなり無茶なスケジュールをこなしているのだが、それはまた別の話。



 そして時は流れ、面談が始まる。

「お待たせしました。ええと、戸崎さんで間違いありませんか?」
「はい、戸崎です」

 教室に入った結衣は岡本が待っている机まで歩いて、その正面に座った。
 子供用の机は大人には小さいから、教室には黒板の前に高学年が使う机が二つ用意されている。

「それでは……ゆいちゃんと、みさきちゃんですね。とても良い子達で私からは特に言うことがありませんが、お母さんはどうですか?」
「はい。ゆいは、普段誰と一緒にいますか?」
「そうですね。みさきちゃんと、それから瑠海ちゃんと三人でいることが多いですね」

 るみちゃん。ゆいの話に出てくる子で、アイドルだっただろうか?

「ゆいの隣に座っていた、二つ結びの女の子ですか?」
「はい、とっても仲良しですよ」
「そうですか……安心しました」

 授業が始まる前にチラっと見ただけだが、ゆいが隣の席に座る女の子と話している姿は、結衣の目で見ても安心できる様子だった。保育園の頃とは違って、本当に友達が出来たようで何よりだ。なんて、いつも学校の事を嬉しそうに話す姿を見ている結衣としては、確認程度の意味しか無かったのだが。

「それでは私からもひとつ。お家では、どんな様子ですか?」
「いつも学校の事を楽しそうに話していて、私まで嬉しい気持ちになります」
「そうですか、それは良かったです。みさきちゃん学校では無口ですけど、お家ではお喋りなんですか?」

 その質問に、結衣は少しだけ言葉につまった。それは返事が思い付かないからではなく、ある事を思い出したからだ。

 お、偶然じゃねぇか。
 ……ふっ、聞いてくれよ。実はみさきがな、いつも楽しそうに学校のこと話すんだよ!
 その姿がもう可愛くてっ、いやぁ、お前にも見せてやりたいよ、ははは。
 ていうかさ、俺とみさきって超仲が良い親子なんじゃねぇの? 絶対そうだって!
 これもうヤバイ、やば、やっばい……くぅぅ、幸せだぁ!

 という話を出会う度にしてくる女みたいな顔をした長身の知人のことを思い出したからだ。あれを友人と称するのは、少し抵抗がある。もう少しまともな人だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

 さておき、結衣は努めて笑顔で言う。

「いえ、みさきは家でも静かな子です」
「そうですか。なんというか、対照的な姉妹ですね」
「ええ、同じように育ったはずなのですが……」

 岡本に合わせて、結衣も柔らかく微笑んだ。
 結衣の言っている事に嘘は無くて、あの二人は本当に似たような境遇にある。

「ええ、では特に問題は無いようですね。あっ、今のは此方の話で……ええっと、その、お子さんには毎日ご両親とお話をするように言っておりまして。人によっては、ちゃんと聞いてあげてくださいねと言うのですが、戸崎さんの場合は心配なさそうだなと思いまして」

 口を滑らせた、バツの悪そうな表情で言う岡本。

「その、せっかくなので話しますね。お子さんにとって、親との会話は非常に重要です。実際、大人になっても言語能力に問題が見られる方の多くは、幼い頃に親との会話が少なかったという研究成果もありまして……一応、お伝えしておきます」
「はい、心に留めておきます」

 とても心当たりのある内容だった。実際、ゆいも最初の一年くらいは無口だった。そう考えると、みさきちゃんも時間が経てば口数が増えるのだろうか、親の影響によって……それは、ちょっと。

「それにしても、仲の良い姉妹ですね。いつも見ていて微笑ましい気持ちになります」
「そうなんですか?」
「はい。そうだ、この前の体育の授業なんですが――」

 それから、ほんの数分だけ雑談をして面談が終わった。
 
 ゆいの学校での姿を知ることが出来て、結衣はスッカリ満足した。そのまま良い気分で図書室へ向かうと、そこには机に突っ伏して寝ているゆいと、隣で本を読んでいるみさきちゃんの姿が有った。

「ゆいは寝てしまいましたか」
「……ん」

 みさきは本から顔を上げて、いつものように頷いた。
 その顔を見て、結衣は直前の面談を思い出す。

「どんな本を読んでいましたか?」
「どんな?」
「どんなお話でしたか?」
「れんあい?」

 まさかの回答に結衣は目を丸くする。気になって覗き込むと、なんてことはない女児向けの月刊誌だった。図書室にはこういう本も置いてあるのかと思いつつ、結衣は言う。

「面白かったですか?」
「……んー?」
「あはは、そうですか」

 むーっと口を一の字にして目を閉じたみさき。あまり面白くなかったらしい。

「さて、ゆいは起きそうにありませんね」
「ん、ずっと」

 図書室についてからゆいが眠るまで、なんと十分もかからなかった。それもそのはず、保育園には昼寝の時間が有るから、まだその習慣が抜けていないのだ。

「起こすのも悪いですし……仕方ありませんね、だっこして帰りましょう」
「だっこ?」
「こうです」

 ゆいを起こさないよう、そっと持ち上げる結衣。

「みさきちゃん、こんなお姉ちゃんですが、仲良くしてあげてくださいね」
「……ん」

 それから、むにゃむにゃという寝言を聞きながら、結衣はみさきの小さな歩幅に合わせて歩いた。アパートまで送り届けると、みさきちゃんはペコリと一礼して部屋に向かった。その背中を見送りながら、結衣は思う。

 ゆいとみさきちゃんは似たような境遇にある。
 だけど、とても子供らしいゆいに比べて、みさきちゃんの精神年齢は一回りも二回りも上だ。その違いは、新しい親と出会うまでの時間だろうか……そう考えると、あの男と出会うまでの生活が気になってしまう。いくらか予想は出来るのだが、予想は、あくまで既知の情報を組み合わせた推理でしかない。あの人形劇で、結衣はそれを痛感した。

「……あれ? どこ?」
「おはようございます」
「……ママ? なんで?」

 眠そうな声のゆい。
 結衣は微笑んで、直ぐに気持ちを切り替えた。

「ゆいが寝ていたので、だっこして歩きました」
「……そうですか」
「自分で歩きますか?」
「ママがいー」

 結衣に頭を押し付けるゆい。

「まったく、仕方ないですね」

 言うと、ゆいは顔を上げてふふんと鼻を鳴らした。それから、手足にギュッと力を込めて結衣に密着する。結衣はやれやれと息を吐いて、家に向かって歩き出した。

「今日のご飯は何が食べたいですか?」
「すいかー」
「スイカはご飯じゃありません」
「すい、すい、スイカのめいさんちー♪」
「なんの歌ですか?」
「……すぴー」

 思わず足を止める結衣。
 なんとなく手を動かして、ゆいの頬を突く。

「……寝てますね」

 この状況で寝られる子供ってすごい。そう思う結衣であった。
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