日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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第三章 りょーくんのうた

第五話:みさきと体育

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 春の陽射しが暑いと感じるようになったのは、いつだっただろう。運動場で横一列に並んだ子供達を見て、岡本はふと思った。子供の頃は大人基準で繰り返される「あったかくしなさい」「暑いから外に出るのは止めなさい」という言葉を鬱陶しく思ったことを覚えているが、大人になると立場が逆転する。

 三時間目、体育。
 なぜ最も暑い時間に外に出なければならないのか、それはね、私が小学校の教師だからだよ。

「みんな、手を伸ばして、隣の人とぶつからないくらい離れてねー!」

 \はーい!/

 太陽の熱にやられて欝々とした気分になるアラサー、もとい岡本とは違って子供達は元気いっぱい。
 最初こそ心配になるくらい大人しかった一年生だが、校内探検や六年生による歓迎会、週に一度の全校集会や遠足。イベントが目白押しの一週間を過ごした子供達は、すっかり緊張が解けたのか子供らしい反応を見せるようになった。

 今、子供達は男女混合の身長順で並んでいる。この年齢なら男女における身体的な違いは殆ど存在しないから、分ける意味は無いのである。だが、あえて分ける基準を設けるとすれば、それは誕生日だ。子供の成長は著しいから、例えば四月生まれの子供と三月生まれの子供では、同学年であっても大きな差が生まれてしまう。

 それを体現するかのように、列の右端には二月生まれの戸崎みさきちゃんが立っていた。彼女は早生まれであること以上に低身長だが、やはり誕生日も理由のひとつなのであろう。反対に、列の左端には四月生まれの戸崎ゆいちゃんが立っていた。姉妹でここまで差が出るのも珍しいというか、本当に姉妹なのだろうか? あまり似ていないような気が……

「じゃあ準備体操を始めるよ! みんな、先生のマネをしてねー!」

 邪念を振り払うようにして大声を出す。
 最近の教師は何かと肩身が狭いから、深入りするのは危険だ。

「では背伸びの運動です! うーんと体を伸ばしましょう!」

 いーち、にーい、と元気な声で数える岡本。
 直前までは暑くて嫌だという気分だったが、やはり声を出すのは気持ちが良い。

 さあ! 元気よく行ってみよう!

「せんせー!」

 と、そこに児童の声。

「どうしたのー? ――って、大丈夫ゆいちゃん!?」

 声のした方に目を向けると、そこには地面に倒れてピクピク震えているゆいの姿が有った。岡本は急いで駆け寄って、努めて落ち着いた態度で声をかける。ここで大人が動揺しては、子供が不安になってしまうかもしれないからだ。

 \どしたのー?/
 \だいじょぶー?/
 
 他の児童も次々とゆいの周りに集まり始める。
 果たしてクラスメイト全員に見守られながら、ゆいは力なく口を開いた。

「……せ、せのび、してたら……あしが、ビリビリ、って……」

 攣《つ》っちゃったのかー、と岡本は苦笑いする。準備体操で筋肉さんがこむら返ってしまった児童を見るのは初めてだが、大きな怪我でなくて良かった。

 \えー!?/
 \ビリビリー!?/

 しかしながら子供達の反応は岡本とは正反対だった。それもそのはず、まだ六歳か七歳の子供なのだから、攣るという現象が理解出来ないのも無理はない。

「まさか、機関の陰謀か!?」

 \いんぼー?/
 \なにそれー?/

 ややこしくしないで蒼真くん!
 岡本の祈りも虚しく、こうなった子供達は中々おさまらない。

「み、みんなー、大丈夫だから落ち着いてー」

 \ゆいちゃんだいじょうぶー!?/
 \いんぼーだー!/
 \わーわーわー!!/

 ……これは困った、どうしたものか。
 頭を抱えそうになる岡本。

 ふと、誰かがゆいちゃんの足元に座った。
 誰かって、みさきちゃんだ。

「……おぉぅ?」
「……ん」

 姉妹で謎のやり取りをすると、みさきは小さな手でゆいの脚を引っ張って真っ直ぐにした。

「いたっ、すとっ、すとっぷ、ストップみさき」
「ここ?」

 ゆいが手でおさえている部分に手を当てて問いかけると、ゆいは涙目になりながら頷いた。

 \どしたのー?/
 \なにしてるのー?/

 子供達には分からなかったが、岡本にはみさきが応急処置を試みていることが分かった。岡本は少し迷った末に、静かに見守ることにした。

 みさきはゆいの脚の上にのると、ゆいの膝と足首の辺りに手を添えた。そして、グっと体を前に倒す。

「おぉぅぁっ、ぎ、ギブッ、ギブみさきギブミー!」
 
 相当痛いのか意味不明なことを口走っているゆいを見て、岡本は我慢できずに失笑した。それと同時に、的確な処置を知っているみさきに関心した。それもそのはず、みさきは龍誠と毎日のように運動していて、三日に一度くらいのペースで仮病、ゲフン、筋肉さんを解してもらっているのである。

「キシャー!」

 やがて我慢できなくなったゆいは、みさきから脚を引っこ抜いて跳び上がった。

「なにするー!?」

 顔を真っ赤にして全身で怒りを表現するゆい。対して、みさきは満足そうに頷いた。

 \たってるー!/

「へ?」

 誰かの声を聞いて、ゆいはパチパチと瞬きをする。
 次にゆっくり顔を下に向けて、痛がっていた方の脚を上げると、軽く前後に振った。

 数秒の間。

「たってるー!」

 \ほんとだー!/
 \すごーい!/
 \ゆいちゃんがたったぁ!/
 \たってるー!/


 \どあげだー!/


 \どあげー?/
 \なにそれー?/
 \もちあげるんだよ!/
 \おもしろそー!/

「え、なに? やめて、くすぐった、わっ、わっ、わっ、あああああぁぁぁ――――!」

 \わーっしょい!/
 \わーっしょい!/
 \わーっしょい!/

 悲鳴をあげる児童が笑顔の仲間達に胴上げされている。
 それをぽかんとした表情で見ていた岡本は、暫く頭が真っ白だった。

 ……あっ、止めなきゃ。

「ほーら、みんな、危ないよー」

 児童が脚を攣ったと思ったら、妹に応急処置されて、気が付いたら脚を攣った方の児童が胴上げされていた。この一連の流れが全く理解出来ないのは、年を取ったからでは無いと信じたい。

 \わーっしょい!/

「いやぁぁぁあぁぁあぁ――――!」

 \わーっしょい!/

「ああぁぁ――! あぁ……あれ?」

 \わーっしょい!/

「あっ、あはは、わーっしょい! たのしー!」

 このまま続けさせるのはもちろん危険だが、無理に止めるのはもっと危ない。もはや表情を引き攣らせて見守るしかない岡本は、大きな溜息を吐いた。と、そこで一人の児童と目が合う。

 唯一胴上げに参加していなかったみさきは、岡本の目をじーっと見た後、コクリと頷いた。岡本は彼女が何を伝えたかったのか分からなかったけれど、とりあえず手を振ってみた。

 みさきは岡本のマネをして手を振った後、胴上げしている児童達に目を移す。

 \わーっしょい!/
 \わーっしょい!/
 \わーっしょい!/

 初めての体育。
 みさきは先生の隣に立って、わっしょいわっしょいされている姉の姿をじーっと見ていた。
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