日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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第二章 仕事と子育て

SS:みさきと誕生日

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 みさきという女の子について話をしよう。

 彼女は六年前に生まれ、母親と共に五年間を過ごした。
 気が付いた時には父親が居なくて、気が付いた時には母親と話をしなくなっていた。

 彼女は無口な女の子だが、最初からそうだったわけではない。
 むしろ、おしゃべりな女の子だった。

 甘えん坊で、いつも母親にくっついて「あのねあのね」と話をしていた。
 それが変わったのは、三歳の誕生日がキッカケだ。

 誕生日が近付くにつれて、母親は冷たくなった。いつものようにみさきが甘えると、少し嫌そうな顔をするようになった。

 みさきは幼いながら、母親が忙しそうなのを感じていた。
 みさきの母親は、バレンタインデーの準備で忙しかった。
 彼女は男にだらしない。そのくせ惚れやすくて、一度恋をすると他の事が見えなくなる。

 一生懸命チョコを作る彼女に、みさきと遊んでいる時間は無かった。
 むしろ、甘えてくるみさきが鬱陶しくて仕方なかった。

 みさきは三歳になった。
 母親に甘えることを遠慮するようになっていた。
 だって、甘えたら怒られるから。
 甘えたら、嫌われるから。

 それでも我慢できるわけ無いから、みさきは母親の表情を伺いながら甘えていた。

 そして次の誕生日が近付く。
 その頃、また母親は忙しそうな姿を見せるようになった。

 今は甘えちゃダメだ。
 みさきは我慢した。
 それは正しくて、同時に間違いでもあった。

 もうこの時、みさきの姿は母親には見えていなかった。
 新しい男に夢中になった母親は、完全に育児を放棄した。

 寂しかった。
 お腹が空いた。

 何かが食べたかったみさきは、ふらふらと椅子を伝って机の上に乗った。
 そこには食べ物が置いてあった。みさきはそれを食べた。

 今度は喉が渇いた。
 みさきは蛇口を捻ったら水が出るところを見た事がある。
 だけど蛇口がある洗面台は、みさきの身長ではとても届かなかった。

 みさきは考えた。
 やがて重たい椅子を動かして洗面台にのぼり、水を飲んだ。
 みさきにとって、生きる為には考える事が不可欠だった。

 親子の会話はとっくに失われていた。
 四歳になってから、みさきは一度も声を出していなかった。
 それはつまり、一度も母親に声をかけられていないことを意味している。

 一人で虚空を見ている時、みさきは考えた。
 何がいけなかったのだろう。
 あんなに優しかったお母さんは、どうしてみさきのことを嫌いになったのだろう。

 きっと困らせてしまったからだ。
 甘えてしまったからだ。

 そうか、それがいけなかったのか。
 なら、もしも次にチャンスがあったら、今度は間違えないようにしよう。

 ある日、みさきは楽しそうな声を聞いた。
 子供の声だった。

 てくてく歩いて玄関を開けると、母親と手を繋いで歩く男の子の姿があった。
 みさきは引き寄せられるようにして、二人の後を追いかけた。

 やがて公園に辿り着いた。
 
 男の子がブランコをこぐ。
 母親は男の子を褒めた。

 男の子が滑り台をすべる。
 母親は男の子を褒めた。

 男の子が鉄棒で遊ぶ。
 母親は男の子を褒めた。

 男の子が何かをすると、必ず母親が褒める。

 みさきは、それを羨ましそうに見ていた。
 だけどそのうちたまらなくなって、そこから逃げ出した。

 家に帰ったあと、みさきは思った。あの男の子のように何かが出来れば、お母さんが自分の事を見てくれるようになるかもしれない。

 みさきは考えた。
 みさきに出来るのは、考えることだけだった。

 その日から、みさきは目を合わせてくれない母親のことを見ていた。
 何をすれば喜ぶのか、じーっと観察していた。

 そして、五歳の誕生日が近付く。
 みさきは誕生日が近付くと、母親が忙しくなることを知っていた。
 それは何故だろうと考えた。

 思えば、母親は何かを作っていた。
 なら、もしもみさきがそれを手伝ったら、褒めてもらえるかもしれない。

 みさきは一生懸命に考えた。母親は何を作っていて、それはどうやったら作る事が出来て、どうやったら手伝うことが出来るのか。

 果たして、みさきはチョコレートを作り上げた。
 完成したチョコレートは、とても美味しかった。
 これを渡せば、きっと喜んでくれる。
 きっと、また仲良くしてくれる。

 そして五歳の誕生日――みさきは、龍誠と出会った。

 最初は怖かった。
 部屋に入った時は臭いで倒れそうになった。

 だけど、りょーくんは優しかった。
 みさきの為に一生懸命になってくれた。

 みさきは、あっという間にりょーくんの事が好きになった。お母さんとお別れしたことは悲しいけど、それを忘れさせてくれるくらい、りょーくんとの時間は楽しかった。

 甘えたかった。
 頬をすりすりして、いっぱい撫でて欲しかった。
 歩くときは手をつないで歩きたかった。

 でも、それをしたら嫌われてしまうかもしれない。
 だからみさきは甘えることが出来なかった。
 怖くて仕方なかった。


 そして、六歳の誕生日が近付いた。
 りょーくんは傍にいない。


 みさきは誕生日が嫌いだ。
 誕生日は、いつもみさきから大事な何かを奪っていく。
 何も悪い事はしていないのに。

 ゆいちゃんの家に住むようになった理由は知っている。
 半年経ったら、またりょーくんと一緒に居られるようになることも知っている。

 だけど、みさきはそれが信じられなかった。
 りょーくんはみさきのことが嫌になったんじゃないかと思った。

 なんで?
 みさきが面白い話を出来なかったから?
 りょーくんに助けられてばかりだったから?
 毎朝、いなくなってないか心配でりょーくんの寝顔を見ていたから?

 誕生日なんて嫌いだ。
 大嫌いだ。

 その日の夜、ゆいちゃんと、ゆいちゃんのママと一緒に歩いて家まで帰った。
 すっかり慣れてしまった日常だった。

 今日はみさきの誕生日だ。
 みさきは今日、六歳になる。

 特に何もなかった。
 普通にご飯を食べて、お風呂に入った。

 ただ、今日はゆいちゃんと二人だった。
 いつもはゆいちゃんのママも一緒に入るのに、今日だけはゆいちゃんと二人だった。

 おねえちゃんにまかせて!
 そういって、ゆいちゃんはみさきの世話をしてくれる。
 
 みさきはゆいちゃんのことが好きだ。
 だけど、りょーくんのことはもっと好きだ。

 りょーくんに会いたい。
 会いたい、会いたい、会いたい。



 お風呂から出ると、どうしてか周りは暗くなっていた。
 ゆいちゃんはタッタカ歩いて、暗闇の中を進んでいった。

 みさきは不思議に思いながら、ゆいちゃんの後を追いかけた。
 そして――

 パンッ、という音がした。

「みさきちゃん! 誕生日おめでとう!」

 そこには、ゆいちゃんのママが居た。小さな袋を持っていた。

 そこには、ゆいちゃんが居た。口元にクリームがついていた。

 そこには、まゆみさんが居た。四角い袋を持っていた。

 そこには――りょーくんが居た。大きな袋を持っていた。

 なんで?
 ゆめ?

 パチパチと瞬きを繰り返すみさきに、りょーくんは大きな袋を差し出した。

「みさき、誕生日プレゼントだ」

 みさきよりも大きな袋の中身は、みさきが欲しがっていたピアノ――電子ピアノだった。
 だけど、そんなこと考える余裕は無かった。
 中身なんてどうでもよかった。

「…………」

 みさきは、グッと口を一の字にした。
 我慢しなきゃダメだ。だって、あの日りょーくんと約束したから。

「……みさき、どうかしたか?」

 でも、りょーくんの声を聞いたら我慢なんて出来るわけ無かった。

「あー! みさきのことなかせたー!」
「いや、えっ、俺!?」
「まったく、相変わらずのクズですね」
「だからっ、えっ、俺が悪いの!?」

 ゆいちゃん達の言葉に戸惑うりょーくんを見て、まゆみさんはふひひと笑っていた。

 夢のような時間だった。
 みさきはお風呂で寝てしまって、夢を見ているのだと思った。

「おいみさき、大丈夫か? 俺なにかしたか?」

 困った顔をして、りょーくんがみさきを見ている。
 みさきは思い切って、りょーくんの胸に飛び込んだ。

 そこには、しっかりとした感触があった。
 これが夢ではないと伝えていた。

 みさきは、思い切り泣いた。
 わんわん泣いた。
 りょーくんが戸惑いながら頭を撫でてくれているけれど、それがもっと涙を流させた。

 嬉しいのに涙が止まらなかった。
 初めて、みさきは誕生日が好きになれそうだった。

「みさき、どうしたんだよ」
「…………き」
「なに、なんだって?」
「……すきっ」

 初めて、素直になれた。

「すき! だいすき! だいすき! だいすき! だいすき!」

 りょーくんの服を涙と鼻水で濡らしながら、みさきは大好きと叫んだ。
 りょーくんは、ぎゅっとみさきのことを抱きしめる。

「バカ、俺の方が大好きに決まってるだろ」

 それは、みさきが一番聞きたかった言葉だった。

「みさき、こと、いやじゃない?」
「当たり前だろ」

 それは、ずっと前から知っていたことだった。

「みさき、こと、すき?」
「そう言っただろ」

 それも、ずっと前から知っていたことだった。

 みさきが泣き止むまで、りょーくんはずっとみさきのことを抱き締めていた。
 そしてみさきが泣き止んだ後、みさきにとって初めての、嬉しい誕生日パーティーが始まった。
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