日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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第二章 仕事と子育て

また父母の会に参加した日

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 みさきとの新鮮な日々が続き、あっという間に七月になった。俺は今日、再び父母の会に参加する。

 これで公民館に来るのは四度目で、会議室の場所も把握できているから部屋に入って座るまでは大変スムーズだった。

 部屋の中には二人が並んで座れる長机とパイプ椅子がいくつか積んであって、父母の会では早く着いた人が人数分の椅子と机を並べるという暗黙のルールがある。

 前回同様、少し早い時間に着いた俺は、同じく早く来ていたてっちゃんと一緒に椅子と机を用意した。それから冷房を起動して「夏ですねー」なんて話をしながら他の人を待った。

 開始の十分前になると若い女性が二人、黒川さんと風見さんが現れて、残すは佐藤達とゆいちゃんのママだけになった。

「……今日も来ないのか」
「いやはや、こればっかりは私達にはどうしようもないですね」
「でもリーダーなんだから時間くらいは守って欲しいです」

 ほとんど無意識で呟いた言葉に、てっちゃんとピアスの人が反応した。俺は少し考えてから、軽く手を振って言う。

「あぁいや佐藤達じゃなくて、ゆいちゃんのお母さんのことで」
「あぁ、戸崎さんですか」

 のんびりした口調で言うてっちゃん。ゆいちゃんの名字って戸崎だったのか、知らなかった。

「なんというか、一度も会ったこと無いんで」
「そうですね。私も会ったことはありません」

 と、てっちゃん。若いママさん達に目を向けると、彼女達は困ったような表情で首を振った。

「誰も会ったこと無いのか……」
「佐藤さんなら、一度くらいは話してるんじゃないですか?」

 と、ピアスの人。確かにリーダーなら一度くらいは話をしたことがありそうだが……。

「あら、私に何か御用でございますか?」

 うお佐藤!? いきなり現れんなビックリするだろっ、しかも話聞こえてたのかよ!

「すみません遅くなりましたー」
「いやーもー、暑いですねー」

 オバさん達の登場で、室内の温度が四度くらい上がったような気がする。

「それで、私に何か用でしたぁ?」

 佐藤がどかんと腰を落としたパイプ椅子がキィィと悲鳴をあげる。俺はパイプ椅子が可哀想だと思いつつ、佐藤に問いかけた。

「戸崎さんと会ったこととかあるんすか?」
「えぇ当然ありますとも。彼女は、思ったよりも若くて、なんだか硬い方という印象だったかしら」

 硬い……厳しいってことか? それにしてはゆいちゃんから好かれてるようだったが……。

「それよりも早く会議を始めましょう。季節は夏、夏はプールです。今年もプールにしましょう。はい終わり、暑いから早く帰りましょう。それでは」

 唖然とする俺達を置いて年配組はさっさと会議室を後にした。やっぱこの会議やる意味無いんじゃね?

 全員が同じことを思ったのか、残された四人は顔をあわせると揃って苦笑いした。

「戸崎さんのお子さんって、あやとりの時に天童さんと一緒に居た子ですよね? 私、てっきり親同士で交流があると思ってました」
「いや、娘同士が友達ってだけで、親の方とは面識ないっす」

 突然ピアスをしてない方の人に声を掛けられ、少しつっかえながら返事をした。すると彼女は「あー」と何度か大袈裟に頷いて、ふっと笑った。

「それにしても、あの日も見てましたけど、女の子は大人しくていいですよね。うちの息子は、ほんと、この前もケータイ買いに行ったんですけど、床を転がり回るし勝手にどっか行っちゃうし……はぁ、もう、嫌になります」
「あー気持ちは分かります。うちも一人で家に置いとくと不安で買い物とか一緒に連れてくんですが、もーヤンチャでヤンチャで」

 突如として始まったママさんトークに、俺はついていけなかった。
 男の子と女の子の間に大きな違いがあるのだろうか。それは俺には理解出来ない部分だが、とにかく気持ちの良い内容では無かった。

「しかしながら、今が一番可愛いとも言うじゃないですか」
「あー、名倉さんは大きい子が居るんでしたっけ? やっぱり反抗期とか大変でしたか?」
「いやはや、大変というか……その、そうですね」
「そうですか……やー、甘えてくれるのは可愛いって思うんですけどね。ずっとだと、ちょっと」
「ですよねー。TPOを考えてほしいっていうか、空気読んで欲しいっていうか」

 いつの間にか二人の会話に巻き込まれていたてっちゃんは、いつもの存在感の薄い顔に困ったような、というより空虚な笑みを張り付けていた。

 三人の会話はどんどん盛り上がっていく。
 それと反比例して、俺の気分は沈んでいった。

「そうだ。天童さんのお子さん、みさきちゃんでしたっけ?」
「……え、ああ、はい」

 びびった。いきなり話が回って来たが……やべ、どういう流れだ?

「みさきちゃん小っちゃくてかわいいですよね! 大人しいし、うちにも女の子が生まれて来たら、みさきちゃんみたいな子がいいです!」
「あー分かります分かります。実は私、下にもう一人男の子が居るんですけど、この子もヤンチャで……はぁ、女の子が欲しいです」

 ……こいつら、なに言ってんだ?

「天童さん、みさきちゃん家だとどんな感じなんですか?」
「……家でも外でも同じ、です」

 欲しいとか、そんな言い方ないだろ。
 まるで今の子供はいらないみたいじゃねぇかよ。

「天童さん? どうかしました?」

 というピアスの人の声に続いて、残った二人も俺の方を見た。

「……いや、その、急にみさきのことが気になって」
「あ、もしかして一人でお留守番してます?」
「まぁ、そんなとこっす」
「ごめんなさい。それなら早く帰った方がいいですよね」
「はい。すんません、失礼します」

 この場から少しでも早く離れたかった。
 部屋から出る直前、てっちゃんと目が合う。
 彼は何故か取り繕うような表情をしていた。

 ……おかしいだろ。

 帰路。ゆっくりと歩きながら、頭の中で先程の会話が繰り返される。

 子供が甘えるのって、悪いことなのかよ。俺が普通じゃないから分からないだけなのか? 確かに俺は甘えた記憶なんて無いし、みさきもベタベタ甘えるようなタイプじゃない。

 だけど、それは決して甘えたくないワケじゃないはずだ。
 みさきのことは分からないが、俺はあやとりをした日、全力で親に甘える子供を見て少なからず思う所があった。なにより、その時のゆいちゃんの表情が頭から離れない。甘えたくても甘えられない子供が居るんだ。

 違う、俺が考えてるのはこんなことじゃない。
 もっと、もっと簡単でいい。

 ……子供には親しかいないんだ。特に幼い子供には。

 そりゃ、時と場合によってはベタベタしてくるのは鬱陶しいかもしれない。
 だけど、それが親の役目なんじゃねぇのかよ。
 子供にとって、親に全力で甘えられるのは今だけなんだ。
 今を失ったら、その機会は二度と訪れないんだ。
 だからこそ、たった一度の機会を最高の思い出にする。
 それこそが親の役目だと俺は思うのだが……違うのだろうか。

 ……立派な親、か。

 立ち止まって、なんとなく空を仰いだ。途端に目を襲う日光に眉をしかめて、すっきりとした夏空を見る。それは晴れ渡っているようで、だけどそこかしこに雲が浮かんでいた。小さい雲、大きい雲、どれも違った形をしていて、しかし同じ方向へ流れていく。果たして、行き着く先も同じなのだろうか。

 父母の会に参加して、いろんな親と触れ合えば、ぼんやりとしたイメージが明瞭なものになると思っていた。だけど実際は、より薄くなっただけだった。

 俺と彼女達は、きっと何もかもが違う。
 俺は望んで親になったわけじゃない。みさきを無理矢理押し付けられただけだ。今となっては、それが悪いことだったなんて少しも思わないけどな。

 だけど彼女達は、少なくとも自分の意思で子供を産んだはずだ。それなりに愛し合ったヤツと結ばれて、喜んで子供を産んだはずだ。なのに、さっきの話を聞いていると、まるで後悔しているかのようだった。

 もしかしたら普段のちょっとした不満を大袈裟に口に出しただけかもしれない。周りの話に合わせただけかもしれない。本心では子供を命よりも大切に思っていて、あれは自虐風の自慢だったのかもしれない。どうしても違和感や不快感が拭えないのは、きっとまだ俺が子供だからだ。

 目を閉じて、短く息を吐く。

 早く帰ろう。みさきが待ってる。






 みさきは、今日も漫画を読んでいた。
 もう何度も読んでボロボロになったページ。
 一人で留守番をしている女の子が、最後には帰宅した父親に思い切り抱き着く。

 それはみさきにとって、眩しい絵だった。
 自分も同じことをしたい。
 だけど、怖い。

 今日も、りょーくんが帰って来た。
 りょーくんは優しい。
 きっと抱き着いたら、あやとりの時みたいになでなでしてくれる。
 だけど、どうしても怖かった。

「おかえり」
「おう、ただいま」

 だからみさきには、これが精一杯だ。

「みさき、その本好きだな」
「……ん」
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