日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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第二章 仕事と子育て

SS:ゆいとみさきと美味しい遠足!

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 四月初旬、天気は快晴。
 雲ひとつ無い青空の下、元気な幼児達の声が響き渡っていた。

 二人の保育士に引率された年長組の園児達は、初めて遠足にワクワクが止まらない様子。重たい水筒とお弁当が入ったリュックも気持ちと同じくらい軽く感じてしまう。

 今日、園児達のテンションは先週行われた散歩とは比にならないくらい上がっている。だけど先週と違って彼方此方へとことこしないのは、皆が目的地を共有しているからだろう。

 大人でも息があがるような坂道を、しかし園児達は楽しそうに上っていく。むしろ辛そうなのは引率する保育士の方で、園児達はスキップしながら「はやくはやくー」と大人をせかす。

 総勢八人の園児達は、それはそれは元気だった。
 二人の女の子を除いて。

「……み、はぁ……みさき、つらいなら、はやくママ、じゃなくて、せんせーに、いったほうがいいよ」
「……だいじょうぶ?」
「な、なにが? もしかしてあたし? ぜんっぜんへーきだけど?」

 今にも死にそうな表情を浮かべるゆいを、みさきは心配そうな目で見ていた。その様子を見ていた保育士は、二人が仲直り出来たことに安堵しつつ、ゆいに声をかける。

「ゆいちゃん、ちょっと休む?」
「え!?」

 目を輝かせるゆい。

「マ、せんせーもしかしてつかれたの? まったく、なさけないなー、しょーがないなー、そんなにつかれたなら、ちょっとだけやすんであげてもいいよ」

 と言った時には、既にリュックを椅子にしてちょこんと座っていた。その表情はもう見るからに限界で、どうやら寝不足と運動不足のゆいにとってこの坂は鬼門だったらしい。

「みさきちゃんは大丈夫?」
「……ん」

 普段通りの表情で、息ひとつ乱さずに頷くみさき。だが直後にゆいをチラと一瞥して、首を横に振る。

「……つかれた」
「っっ!?」

 気を遣われた!? と声にならない声で驚くゆい。
 むむむと声を出し、ぴょんと立ち上がった。

「せんせー! いちにんまえのレディーはきゅうけいなんてしないんだよ!」
「そっかー、じゃあもう少し頑張ってみようかな」
「うん! みさき、いくよ!」
「……ん」

 ちょっとしたライバル意識。それを微笑ましく思いながら、保育士は二人の後に続いた。

「……だいじょうぶ?」
「へーき、ぜんっぜんへーき」

 微笑ましいと思いながら、いつ倒れてもおかしくない表情をした女の子にハラハラしていることは、きっと言うまでもない。



 わーい!
 さくらだー!
 きれー!
 わーいわーい!

 辿り着いたのは、保育園から一キロほど離れた場所にある公園だった。小高い丘の上にあるその場所は、四方を桃色に彩られている。毎年春になると近辺にある民家や学校から沢山の人が集まる場所で、東方に設置された展望台には街を一望できる望遠鏡が設置されている。その展望台は解放的な場所である為、安全性を考慮して今回の遠足とは無縁というか、そういう理由で園児達は西側の入り口から公園に入った。

 そこには桜はもちろん、普通の公園と同じように滑り台やブランコといった遊具がある。それを見て一目散に駆け出した園児に保育士が手を焼く中、ゆいは達成感に浸っていた。

「……またいっぽ、いちにんまえのレディーに、ちかづい、た、よ……ふぁはぁ」

 水筒から口を離したゆいを見て、ふとみさきは仕事終わりにジュースを飲む龍誠を思い出した。
 少しワクワクしながら、昨日買ってもらったばかりの水筒を取り出して口を付ける。

「……にがい」

 中身はスーパーで買った緑茶。
 べーっと舌を出すみさきを見て、ゆいは得意気な表情で言う。

「まったく、みさきはおちゃものめないの?」
「……のめる、けど、にがい」

 じーっとゆいの水筒を見て、

「……にがい?」
「ぜんっぜんにがくないよ。ちょっとこうかんしてみる?」
「……ん」

 互いの水筒を交換して、ほぼ同時に口を付けた。

 ……あ、お砂糖だ。と思うみさき。
 べーっと舌を出すゆい。

「に、にがくないから、へーきだから……」

 舌を出したまま言うゆいを見て、みさきはクスっと笑った。笑われたゆいは恥ずかしそうな表情で「むむむ……」と言って、やがてはぁと息を吐いた。

「みさき、さくらすき?」
「きらい」
「そうだよねー、きれいだも、ん? きらい?」
「きらい」
「えー!? なんでー!?」

 ぷくっと膨らんでそっぽを向くみさき。
 みさきは桜が嫌いだ。だって、あのとき龍誠が気付いてくれなかったのは桜のせいなのだから。

「……ゆいちゃん、さくら、すき?」
「うん! だいすきだよ!」
「……へんなの」
「えー!? へんじゃないよー!」

 ベンチにちょこんと座ってわいわい話す二人。その姿は、とても遊具の周りで飛び回る子供達と同じ年齢には思えないほど落ち着いているけれど、負けないくらい楽しそうだった。

 会話が途切れ、ふと二人は遊具で遊ぶ子供達に目を向ける。そこには全力で遊ぶ自分と同じ歳の子供達と、それを母親のような表情で相手にする保育士の姿がある。

「みさき、あそびたいの?」

 前を向いたまま、ゆいは隣に座るみさきに問いかけた。みさきも同じように、前を向いたまま言う。

「ゆいちゃんは?」
「……まえにもいったでしょ、いちにんまえのレディーは、あんなふうにさわいだりしないの」
「……ん」
「でも……みさきが、どうしてもっていうなら……つきあってあげてもいいよ」

 少しだけ弱気な態度で、ゆいはみさきに目を向けた。

「みさきは、あそびたい?」
「……あそびたかった」
「そ、そう。なら……ん? あそびたかった?」
「……ん。いまは、べつに」
「なんで?」

 問われて、みさきは遊具に目を移す。少しだけ寂しそうな表情をしたかと思うと、ふっと笑って空を仰いだ。そこには桃色の花々と、雲ひとつ無い青空が広がっている。

「……りょーくんが、いるから」

 その返事を聞いて、ゆいはドキリとした。だけど今のゆいには、この感情を理解することも、言葉にすることも出来なかった。だから、ゆいは少しだけ開いていた口を閉じて、軽く唇を噛んだ。

「ゆいちゃん、あそびたい?」
「……」
「ゆいちゃん?」

 二度目の問い掛けで、ゆいはハッとして首を振る。

「いい!」

 大きな声は、精一杯の強がり。

「……みさきといっしょがいい」

 小さな声は、精一杯の本音。

「……ん?」

 聞こえていなかった。

「なんでもない!」

 ムッとして頬を膨らませるゆい。みさきは、きょとんとした目で彼女の横顔を見ていた。

「みさきがあそびたいならあそぶ! そうじゃないなら、ここでおはなしする!」

 いっそ開き直った調子で、ゆいは言う。

「どっち!?」
「……どっちでも」
「むむむ……」

 果たして、二人はベンチでまったりすることを選んだ。すると一分もしないうちに、遠足が楽しみで眠れなかったゆいのまぶたが重くなる。

「……ねむい?」
「……ちょっとだけ」

 そんなゆいに、ぽかぽか陽気が追い打ちをかける。
 気が付けば、ゆいはみさきの肩に頭を預けて眠っていた。みさきはゆいの方を見て、じっと見て、ちょっとだけ考えて、自分も寝ることにした。

 やがてお昼ご飯の時間になると、気持ちよさそうに眠る二人を見守っていた保育士が彼女達の体を揺らした。直ぐに起きたみさきとは裏腹に、ヨダレを垂らしたゆいはナカナカ目を覚まさない。

 困ったな、どうしようか。そんな目をする保育士。みさきは少し考えた後、ゆいの耳に口を近付けた。

「……いちにんまえのれでぃ、ねぼうする?」
「しない!」

 飛び起きたゆい。保育士は笑いを堪えながら、二人を他の園児達が待つシートの上へ誘導した。

「それじゃあみんな、手を合わせてください」

 あわせました!

「いただきます」

 いただきます!

 実に和やかな雰囲気で、食事が始まった。

「みさき、おべんとうなに?」
「……さんどいっち?」
「おー! おんなじ!」

 見て見て、同じだよ! とでも言わんばかりに、ゆいは弁当箱を開いた。少し遅れて、みさきも弁当箱を開く。果たして現れたのは、二人の口の大きさに合わせて作られた、可愛らしいサンドイッチだった。

「みさき、ひとつこうかんしよ!」
「……ん」

 ゆいは弁当箱の中から、一際小さくて、少しだけ不恰好なサンドイッチを取り出してみさきに差し出した。それは、ゆいが作ったサンドイッチ。

 みさきは頷いた後、弁当箱の中身をじっと見た。そこには、綺麗なサンドイッチと、不恰好なサンドイッチと、小さなサンドイッチがある。みさきは小さなサンドイッチを取って、ゆいに差し出した。それは、みさきが作ったサンドイッチ。

「……」
「……」

 交換した後、じーっと互いを見る二人。

「はやくたべたら?」
「ゆいちゃん、さき」
「じゃあ、せーのでたべよ」
「……ん」

 ゆいは何度か深呼吸した後、少しだけ緊張した目でみさきを見る。みさきはいつも通りの表情で、ゆいの言葉を待つ。

「いくよ!」
「……ん」

 せーの!




 数時間後、二人はこんな質問をされた。

 今日の遠足、どうだった?

 二人はとびきりの笑顔を浮かべて、こう言った。

 おいしかった!
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