日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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間章 春前

SS:俺とピアノと不審者さん

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 昨日のことである。
 いつものようにみさきを迎えに行った俺は、いつものように並んで歩いていた。そして、これまたいつものように「今日はどうだった?」と声をかけたら、みさきはいつものように一言……ではなく!

 ここ重要!
 いつものように一言、ではなく!
 一言ではなく!

 なんと、楽しそうに話を始めたのである!

 俺の中で日に日に評価が上がっているみさきの友人「ゆいちゃん」は、なんとピアノを弾けるらしい。それを見て感動したみさきが、自分も弾いてみたいと言い出したのだ。

 その姿が可愛くてかわいくて……こりゃもう買ってやるしかねぇよな!?

 よって俺は今、絶望している。

 理由? おいおい、わざわざ言わなきゃならないのか?
 まったく、簡単だよ。
 ピアノたけぇぇぇぇぇ!!

 6桁だよ6桁! 下手したら100万だよ!
 ふざけんなっ、買えるわけねぇだろこんなもん!

 そりゃ、電子ピアノであれば現実的な値段の物もある。
 だが我がボロアパートに電気は通っていないっ!

 くっ、真剣に引越しを検討すべきか。だが仮に家賃が5万だとして、1年あったら今の家賃との差額でピアノが買えちまう。いや待てよ、探せば家賃3万くらいの所もあるんじゃねぇか? それなら現実的で、しかも今より良い生活が出来るし、安い電子ピアノを買うことも出来る。

 だが、住む場所が変われば良くも悪くも環境が変わる。みさきの保育園のこともあるし、あまり遠くには……ちくしょうどうすりゃいいんだ!?

 よし、こういう時は隣の小日向さんに……そういやあいつパソコン使ってたよな? 電気とかどうしてるんだ? ……こりゃ、光明が見えちまったんじゃねぇの!?

「まさか、こんなところで会うとは思いませんでした」

 ダッシュで帰宅だ!

「待ちなさい!」

 聞こえない!
 俺には何も聞こえない!

「待ちなさいってば!」
「おいおい暴行罪は何処に行ったんだよ、服掴むなコラ」
「ふっ、よく聞きなさい。私が掴んでるのは貴方の服。貴方を止めているのは貴方の服。私はただ布に触れているだけ! まったく問題ないわ!」
「あるだろ!? そんなこと言ったら服着てるヤツなら殴ってもセーフになっちまうじゃねぇか!?」
「何を言っているの? 服にも隙間があるのだから、それがこう、いい感じに肌と接触してアウトに決まっているでしょう?」

 いい加減だな!?

「たく、分かったから離せ。貴重な服がダメになっちまう」
「き、器物破損で脅すつもりですか?」
「脅さねぇよ。とにかく用があるなら手短に言ってくれ、こっちは暇じゃないんだ」

 嘘は言ってねぇ。
 これから小日向さんに相談するという仕事がある。

「ふっ、語るに落ちるとはこのことですね。暇じゃない人が平日の昼間からこんな所にいるはずがありません」
「あんたはどうなんだよ」
「私は有給を取りました。娘に誕生日プレゼントを買うためです」
「奇遇だな、俺も似たようなもんだ」

 嘘は言ってねぇ。
 娘にプレゼントを買うってことだけは合ってる。

「娘が居る身で喧嘩? やはり最低のクズですね。この前は落ち込んでいたようですが、この数日で元気を取り戻したようで何よりです」

 なんでこいつ貶しながら心配してんの?
 さておき誕生日か。
 みさきの誕生日は2月14日だっけ? 少し前、保育園関係の書類を書く時に聞いた覚えがある……そういや、あの書類ガバガバっていうか、わりと雑だったけど、今のところ問題になってねぇな。これ後で問題になったりしねぇよな……?

「なんですか、どうして急に青い顔をするのですか貴方は。情緒不安定ですか」

 呆れたように溜息を吐く不審者さん。

「いいですか、二度と喧嘩なんてしてはいけません。娘さんを悲しませる事になりますよ。プレゼントを買うくらい大切にしているのなら、尚更です」

 言ってることは分かるが鬱陶しいなこいつ。ほっとけよ。
 スゲェ無視したいけど、それだと出会う度に同じことの繰り返しだよな……だけど、言ったところで聞いてくれっかな? 見るからに話を聞いてくれなそうなタイプだ。

 ……まぁいい、言うだけ言ってみよう。

「あれだ、あの日のアレは喧嘩じゃない」
「いきなり言い訳ですか?」
「いいから聞け。俺は路地を通っただけで、絡んで来たのはあいつらだ。むしろ被害者は俺なんだよ」
「路地を通っただけ? あそこは行き止まりだったはずです」
「壁の向こうに裏道があるんだよ。よく使ってる」
「……いいでしょう。貴方の言い分を聞き入れます」

 マジか!?

「ですが、貴方が暴行を働いたのは事実です。罪には罰を。肯定する事は出来ません」
「あの時はアレが最善だったんだよ」
「暴力が最善ですって……?」
「そうだよ。俺は一秒でも早く場を離れるつもりだったのに、あんたが絡んでくるから……」
「よりにもよって私のせいですって?」
「あのまま逃げたらあんたがバカ二人に絡まれたかもしれねぇだろうが」
「なっ!?」

 なんだその芸人みたいなオーバーリアクション。

 大きく仰け反った不審者さんは、上半身を大きく動かしながら息を整えている。やがてキリっと表情を引き締めると、妙に偉そうな態度で腰に手を当て、胸を張った。

「余計なお世話です! 私は、あんなチンピラにどうこうできるような女ではありません!」

 解釈の仕方に幅のある発言だな。あんな雑魚に負けねぇよタコって解釈でいいのか? ……ほんと敬語って面倒だよな。タメ口でナマ言って来るバカも腹立つけど、こういう返事に困る相手は別のベクトルで腹が立つというか、やりにくい。

「一応確認するが、どういう意味だ?」
「愚問ね! 私は負けないということです!」

 なんか、急に子供っぽくなったなこの人。

 ……帰りたい。

「じゃあな、もう二度と会わないことを願うよ」
「待ちなさい! まだ話は終わっていません!」
「これ以上なにを話すつもりなんだよ、もう事情は説明したじゃねぇか」

 問い返すと、不審者さんは俺の方を掴んだまま俯いた。
 それから彼方此方に目を泳がせ、ぽつりと言う。

「……その、ピアノのこと、お詳しいのですか?」

 まさかの相談かよ。

「まったく分からん、じゃあな」
「あ、ちょ、ちょっと」
「店員に聞けよっ」
「だって、恥ずかしいじゃないですか」
「はぁ?」
「ぷぷぷ、平日の昼間から一人でショッピングかよ、みたいな目が辛いんです」
「被害妄想だ。てか俺はいいのかよ」
「平日の昼間から喧嘩するようなクズに罵られても気になりません。負け犬の遠吠えです」

 ……こいつ。

「分かった、分かったよ」

 こうなったら適当なこと言って一番高いピアノを買わせてやる。
 覚悟しろよ不審者!
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