201 / 221
番外編
SS:ゆいとパンデミック!?
しおりを挟む目を覚ましたゆいは勝利を確信した。
体が軽い。昨日の倦怠感が嘘のように消失している。つまり、風邪が治ったということ。
「かんぜんふっかつ!」
ガバッと身体を起こしたゆい。そこで、誰かに手を握られていると気が付いた。
「…………」
ところで。
ゆいは自分の部屋を与えられて、一人で寝るようになった。それは一人前のレディになるためだ。一人前のレディはママに甘えたりしない。
でも今はノーカウント。
たまたま起きたらママが隣で寝ていただけだからノーカウント。たまたま寝相が悪くてママをギュッとしちゃってもノーカウント。
「しあわせぇ」
ゆいは二度寝を決めた。
だから、この時は気が付かなかった。
結衣の口から漏れる息が、普段とは違う熱を帯びていたことに――
ぴったり一時間後。
ゆいは二度寝から目を覚ました。
ママは未だ寝ている。
よし、三度寝しよう。
ゆいは目を閉じようとして、ふと違和感を覚えた。
いまなんじ?
ゆいは空いてる左手で枕元をペチペチして、キッズケータイを手に取る。
キッズケータイ。電話とメールが可能で子供の居場所が分かる防犯ブザー。地域によっては持っていない児童を探す方が難しい代物である。色は黄色。
ゆいはキッズケータイに表示された時間を確認して、
「にゃばあぁ!?」
いつもなら朝ご飯を食べ終えて、行ってきますまで秒読みになっている時間。
もちろん何も食べていない。それどころかパジャマのまま。隣にはパジャマのママ。くす。
「わらってるばあいじゃない!」
ゆいは結衣の肩をペチペチする。
「おきて! おーきーてー!!」
「(顔を上げて)ん……?」
「みさきみたいなこと言わないで!」
「(ねっとりと)ゆ……い……?」
ぞわり。妙な感覚が背中を駆け抜けた。
ゆいは思わず絶句して、結衣の顔を見る。
なんか違う!
パッと浮かんだ感想を心の中で叫ぶ。
きっと他の人が見れば一目で体調不良に結び付けることが可能だろう。しかしながら、ゆいの中にはママは最強という先入観がある。風邪が移ったのかも! という発想には至らない。
一方で、結衣も似たような状況だった。
高熱。
これまで一度も経験したことのないような高熱が、彼女の思考能力を低下させている。果たして、理性がふわふわした結衣は――
「(手を伸ばし)ゆぅ~いぃ~」
ゆいはサッと飛び退いた。
なんか、なんか怖い!
「たいへーん!」
部屋を飛び出したゆい。
どうする? 考える。
「りょーくん!」
ゆいは握り締めていたキッズケータイを操作して、電話をかけた。
「たいへんです!」
まだ反応は無い。でも、ゆいは電話が繋がっているものと信じて語り掛ける。
「ちゃんときいて!」
ゆいは普段、結衣としか電話しない。
結衣は常にワンコールで電話に出る。なんならノーコールで出ることもある。ゆいにとっては、それが当たり前。だから、相手が電話に出るのを待つという概念が無い。
「ぷるるるじゃない!」
理不尽な怒りをぶつけた直後、龍誠は電話に出た。
「むきぃー!」
『(ねっとりと)……どうした?』
ぞわり。耳元で囁かれ、ゆいの背筋が震えた。
これは――ママと同じ!
「……みさきは?」
『今日はお休みです』
「なんで!?」
『お熱が出たので、安静にさせます』
「おねつ……?」
そこで、ゆいは初めて考える
うつった? あたしの風邪、みんなに移った!?
「(泣きながら)ゆいぃ~、どこですか~?」
ゆいは振り返る。
そこには誰もいない。
「ゆぅ~いぃ~」
ただ、声だけが聞こえる。
ドクン、ドクンとゆいの心臓が警鐘を鳴らす。
そして――真っ白な腕が、部屋の中から現れた。
「~~っ!」
声にならない悲鳴をあげるゆい。
真っ白な腕はドンと床を叩き、直後に地を這う結衣が現れた。彼女は重々しい動きで顔を上げて、ゆいを見つけた瞬間に破顔した。
「ゆいたんみっけた~」
ゆいは焦った。
ママがおかしい。もしかしたら、風邪を移してしまったのかもしれない。
ゆいは結衣に駆け寄った。
「こっつんこ!」
漫画で得た知識を元に額を合わせる。
「あつぅい!」
直後に叫んだ。
そして確信する。
ママかぜ!
あたしのが感染した!
「ひゃくとーばん!」
『警察? 何があった!?』
穏やかではない言葉に龍誠が大声を出す。
「あ~、りょうせいくんのこえだ~」
結衣は素早くキッズケータイを強奪して、
「もしもーし、あなたの結衣ですよ~」
「かーえーしーてー!」
龍誠は考える。今のはワインの香りにやられた時の結衣とそっくりだ。そして隣には警察を呼ぶほど大慌てのゆいちゃん。ここから導き出せる答えは――分からないけど、なんかヤバそう。
『とりあえず行くから大人しくしてろ』
「はーい、大人しくしてまーす!」
「かーえーしーてー!!」
結衣の手をひっぱるゆい。だけど、全体重を掛けてもビクともしない。
「(抱き締めて)ゆいたん、りょーくんが来るよ~」
「あつい! ママあつい!」
「熱くないですよーだ」
「はーなーしーてー!」
ゆいは抵抗して、抵抗して――あれ、なんか、わるくないぞ?
「ハナセー」
「うへへぇ、ゆいたん喜んでますぅ」
「チガウヨー」
頬を擦り付け合う二人。
ゆいはイヤダーとドラマの子役もビックリな大根役者っぷりを発揮しながら、されるがままだった。
数分後。
結衣と同じような状態になったみさきを背に乗せた龍誠が、冬とは思えないほどの汗を流しながら二人の前に現れた。
そして、ゆい以外の三人は揃って病院へ行ったのだった。
――学校にて。
「そっかー、ゆいちゃんたいへんだったね」
「たいへんでした!」
「るみるみはトップアイドルだから、たいちょうかんりはバッチリ! ゆいちゃんにもでんじゅする?」
「けっこうです!」
「……そっか。ゆいちゃんだけは、げんきだもんね」
「さいきょうです!」
「バカはかぜひかないってホントなんだね」
「せいいあるしゃざいをもとむ!」
ぷんすか怒るゆい。
実はインフルエンザだったゆいによって学級閉鎖が起こるのは、もう少し後の話。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
元平民の義妹は私の婚約者を狙っている
カレイ
恋愛
伯爵令嬢エミーヌは父親の再婚によって義母とその娘、つまり義妹であるヴィヴィと暮らすこととなった。
最初のうちは仲良く暮らしていたはずなのに、気づけばエミーヌの居場所はなくなっていた。その理由は単純。
「エミーヌお嬢様は平民がお嫌い」だから。
そんな噂が広まったのは、おそらく義母が陰で「あの子が私を母親だと認めてくれないの!やっぱり平民の私じゃ……」とか、義妹が「時々エミーヌに睨まれてる気がするの。私は仲良くしたいのに……」とか言っているからだろう。
そして学園に入学すると義妹はエミーヌの婚約者ロバートへと近づいていくのだった……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる