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ユニコーン聖女は絶望する

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 甘い匂いがした。
 鼻をすするような音がした。

 目を開ける。
 誰かが私を見ている。

 不鮮明な視界に映ったのは、赤い髪と赤い瞳。
 この世の者とは思えない程に美しい少女だった。

 ……ああ、ここが死後の世界か。
 ならば彼女は、お迎えでしょうか?

「ノエル! 気が付いたのか!?」

 ……ああ、やはり。
 この声、間違いない。

 悲しいですが、幸運でもあります。
 どうやら二人とも同じ場所に来たようです。

「申し訳ありません。あなたまで死なせてしまった」
「変なこと言うな。ちゃんと生きてるぞ」

 ……生き、ている?
 確かに意識は鮮明です。しかし、あの状況から生還できるとは思えない。されども私のノエルが噓を吐くことなどありえない。……どういうことなのでしょうか。

「おい、いつまで寝ぼけているつもりだ。さっさとシャロ様から離れろ」
「っ!?」

 アルスの声。
 私は咄嗟に結界魔法を発動させ、シャロと共に声から距離を取った。

「シャロっ、少し乱暴に動きます!」
「待てノエル! あいつは、その、多分、大丈夫だ」
「……大丈夫?」

 言葉の意味が分からず聞き返す。
 彼女は混乱した様子で私と別の場所──アルスを交互に見た。

 ……何が起きた?

 あの愚か者は明確な殺意を持っていた。
 現状を推理するならば、アルスの気が変わるような何かが起きたのだろう。

 周囲を見る。
 血肉で汚れた祭壇の他には何も無い。

 ……シャロが説得した? どうやって?

 状況からして他には考えられない。
 しかし私のシャロは残念ながら舌戦が得意なタイプではない。

 ……まさか、お師匠様と見間違えたか?

 極めて低い確率で、有り得る。
 彼女の外見と内側から感じる魔力の質は、お師匠様と似ている。しかし似ているだけで同じではない。だが錯乱した彼ならあるいは──と、そこまで考えた時だった。

「遺言だ」
「……遺言だと?」

 私が離れる前と同じ位置。
 大股で十歩分ほど離れた場所からボソボソと話す彼の声は、しかし静かな祭壇内で良く響いた。

「俺がシャルロッテ様の元を離れる直前、娘を頼むと言われた」
「何を言っている? お師匠様に娘など」
「名前はシャロ。シャルロッテ様から聞いたものだ。名前だけならば偶然の一致も有る。しかし名前だけではない。お前には分かるだろう?」

 ……そんな、バカな。

「それでは、お師匠様は……」
「俺も先日まで知らなかった。知らないのも無理はない」
「……お師匠様は、生娘では、ない?」
「お前は何を言っている?」

 噓だ。ありえない。精神攻撃か?
 わざわざ生かした上で心を壊すということか? おのれ外道が!

「お前、なぜ攻撃を受けた時よりも絶望的な表情を……」
「うるさい! 私は決して信じない!」
「……そ、そうか」

 卑劣な噓。絶対に許さない。
 しかしアルスは殺しても死なない。この屈辱どう晴らせば。

「待て、戦闘中よりも強い殺気を出すな」
「ノエル大丈夫だ。多分だけど、あいつはもう敵じゃない」

 シャロ? なぜあの男の肩を持つのですか?
 
「ほらノエル、目的はあの、浮いてる奴だろ?」
「……そうですね」

 許さない許さない許さない許さない……

「っ、シャロ? 突然なにを?」

 抱き着かれた。
 腕ではなく腰に。強く。深く。温かく。

「生きてる」
「ええ、はい、生きてますとも」
「……良かった」

 好き。

「そろそろ話せるか?」

 嫌い。

「ノエル。ここに何をしに来た」
「……」
「シャロ様が目的はノエルに聞けと仰った」

 気安く私のシャロの名を呼ぶな!
 ……と叫びたいところですが、話が進みません。ここは涙をのみましょう。

「結界の再構築」
「前回の祈りは五日前だ。まだ次には早い」
「まさか、外の状況を知らないのですか?」

 間抜けな表情をしている。
 どうやら本当に知らないらしい。
 
「結界は砕かれた。クソ王子の手によって」
「ありえない。祭壇はまだ生きている」
「クソ王子は魔物を使役していた」
「だからどうした。聖女の力は魔物に対して絶対だ」
「……お師匠様の魔力を感じた」
「ノエル、それはどういう意味だ」

 勘の悪い男だ。
 口にしたくないから遠回りな表現をしているのに。

「つまり──」

 私は途中で言葉を切り、祭壇の出入口に目を向けた。
 
「話は後です!」

 咄嗟にシャロを抱き、全力で結果魔法を行使する。
 世界が白く染まったのは、それとほぼ同時だった。

 轟音が祭壇を支配して、不可視の光が結界を叩き続ける。
 アルスの方も攻撃されているだろうが、あいつはどうせ殺しても死なない。

 ……最悪ですね。

 攻撃の正体は、祭壇へ向かう直前にも見た雷。
 現在これを行使できる存在は、この国に一頭しかいない。

「何やら戻りが遅いと思ったら、こういうことだったか」

 世界が静寂に包まれた後、声が聞こえた。
 それからカン、カン、と床を踏み鳴らす音がする。

「些事は問わぬ。ひとつだけ答えよ」

 現れた影はふたつ。
 一人の男と、一頭の魔物。

「ノエル。貴様は何をしようとしている?」

 私は、著しく状況が悪化したことを理解した。
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