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遺言
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「アルス、あなたに秘密を教えてあげる」
それは数日前のこと。
聖女シャルロッテが一人の護衛──アルスを連れ、城壁の外を歩いていた時の話。
「秘密ですか?」
アルスは彼女の斜め後ろで周囲を警戒しながら返事をした。
「私には隠し子が居ます」
アルスは思わず足を止めた。
それは、とても衝撃的な言葉だった。
「名前はシャロ。生きていればノエルと同じ年齢です」
「……生きていれば?」
シャルロッテも足を止め振り返る。
そして寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「私は、あの国が嫌い。特に貴族と王族が大嫌い」
「……お戯れを」
もしもアルス以外が聞けば大問題になる発言である。しかしシャルロッテはまったく気にかける様子もなく話を続ける。
「初代聖女と初代国王の関係は良好だったらしい。だけど百年も経てば当時の人間は全て死ぬ。途中で毒が混じれば全て腐る。平民差別。貴族主義。それでも王家が聖女を迎え入れるのは、王家の血を持った聖女を生み出すため。だけどこの数百年、王家から生まれた聖女は一人もいない。ざまぁみろ」
繰り返される問題発言。
アルスは適切な言葉が思い浮かばず、やがて諦めたように息を吐いた。
「それでは、あなたの子は、そのシャロ様とルカ王子の二人ということですね」
「いいえ、私の子はシャロだけです」
「……」
ぽかんと口を開けた護衛の姿を見て、シャルロッテは子供のようにケラケラと笑った。
「……俺は何も聞かなかった。そういうことにしましょう」
ルカ王子の母親は誰なのか。シャロの父親は誰なのか。シャルロッテ以外の関係者は、どこまで知っているのか。アルスの頭に様々な疑問が浮かぶけれど、彼は口を閉じることにした。
それを見て、シャルロッテは一層楽しげな様子で言う。
「べつに噂を広めても構わないけど、ノエルにだけは内緒よ」
「理由を伺っても?」
「あの子がユニコーンだからよ。私が経産婦と知られたら、きっと今迄のようには懐いてくれないわ」
「……ルカ王子のことは、なんと?」
「そっちは教えてあるのよ」
アルスは思わず頭を抱えた。
自らの主は自由奔放で常識が通用しないと理解しているものの、その認識すら甘かったと頭痛を覚える。
「シャロという子は、きっとノエルのような子なのでしょうね」
アルスは遠回しに「あなたに似ているのだろう」と言った。シャルロッテはその意図を理解しながらも、あえて惚けることにする。
「分からないわね。産んで直ぐ、平民のお友達に預けてしまったから」
「……そうですか」
「そうなの」
ほんの少しだけ、彼女の表情が暗くなる。
それを見てアルスは、きっとこの話をするために城壁の外へ出たのだと考えた。
彼女は聖女であり王妃でもある。
先程の話から察するに、それは聖女信仰を持つ国民に向けた表向きの立場なのだろう。
彼女は多忙を極める。それは彼女の護衛を務めるアルスが誰よりも知っている。
「俺には、ノエルがあなたの子のように見えます」
「なあに? 気を遣ってるの?」
「本心です。彼女はあなたを心から慕っていますよ」
「……あの子は、いつか私を捨てますよ」
「ありえません」
「ありえます」
シャルロッテはアルスに背を向け、歩行を始めた。彼が黙って背を追いかけると、彼女は頭上に広がる青空を見上げて言った。
「最初は大人しい子でした。あまりに口数が少ないので子どもらしい趣味でも与えようと英雄譚を読み聞かせました。これが大失敗」
大失敗、という言葉がアルスの耳には逆の意味に聞こえる。シャルロッテは彼に背を向けたまま話を続けた。
「特にあれは失敗だった。英雄譚には娼婦が破滅の象徴として描かれます。娼婦とは何かと問われた私は、それはもう正直に答えた」
それが「ユニコーン」と揶揄されるきっかけになったとシャルロッテは笑う。
「それから誤算もあった。あの子はお姫様の方を好きになった。怪物から助け出して感謝されて恋仲になりたいと夢見る少年のようなことを言い始めた。育て方を間違えました」
アルスは肩を揺らす。
茶化した口調で言うシャルロッテの姿は、まさしく娘を自慢する母親そのものだった。
「さて、スッキリしたので帰りましょうか」
彼女は振り返って言う。
アルスは何も言わず首を縦に振った。
国に戻る道中、二人は無言だった。
城壁が見えた頃、彼女は一言だけ言った。
「もしも……」
彼女は珍しく言い淀む。
だからこそ、次の言葉はアルスの胸に深く刻まれた。
「もしも私の娘と会うことがあったら、その時はよろしくね」
──そしてこれが、彼女の遺言となった。
アルスは彼女の傍を離れていた。
国から少し離れた場所に強力な魔物が現れ、その討伐に向かっていた。
訃報を知ったのは討伐が終わり帰還する途中。
彼は自分を呪った。そのまま後を追うことを考える程に後悔した。
ノエルと戦うことを選んだのも半分は八つ当たりだった。
アルスが傍に居られない時は、必ず彼女が一緒だった。なぜ今回は違ったのか。
彼には分からない。
剣と治す魔法に全てを賭した彼には、知略に関することが分からない。
なぜ、なぜ、なぜと、頭が割れる程の疑問に苦しめられた。
そして妹のように思っていたノエルに致命傷を与えた後で、彼は面影を見た。
赤い髪と赤い瞳。
そして内側に感じる魔力の質。
間違える訳が無い。
一目見た瞬間に、彼女こそが「娘」だと理解した。
彼女を守護すること。
それがシャルロットに与えられた最後の言葉。
だから彼は、シャロの前で跪いたのだった。
それは数日前のこと。
聖女シャルロッテが一人の護衛──アルスを連れ、城壁の外を歩いていた時の話。
「秘密ですか?」
アルスは彼女の斜め後ろで周囲を警戒しながら返事をした。
「私には隠し子が居ます」
アルスは思わず足を止めた。
それは、とても衝撃的な言葉だった。
「名前はシャロ。生きていればノエルと同じ年齢です」
「……生きていれば?」
シャルロッテも足を止め振り返る。
そして寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「私は、あの国が嫌い。特に貴族と王族が大嫌い」
「……お戯れを」
もしもアルス以外が聞けば大問題になる発言である。しかしシャルロッテはまったく気にかける様子もなく話を続ける。
「初代聖女と初代国王の関係は良好だったらしい。だけど百年も経てば当時の人間は全て死ぬ。途中で毒が混じれば全て腐る。平民差別。貴族主義。それでも王家が聖女を迎え入れるのは、王家の血を持った聖女を生み出すため。だけどこの数百年、王家から生まれた聖女は一人もいない。ざまぁみろ」
繰り返される問題発言。
アルスは適切な言葉が思い浮かばず、やがて諦めたように息を吐いた。
「それでは、あなたの子は、そのシャロ様とルカ王子の二人ということですね」
「いいえ、私の子はシャロだけです」
「……」
ぽかんと口を開けた護衛の姿を見て、シャルロッテは子供のようにケラケラと笑った。
「……俺は何も聞かなかった。そういうことにしましょう」
ルカ王子の母親は誰なのか。シャロの父親は誰なのか。シャルロッテ以外の関係者は、どこまで知っているのか。アルスの頭に様々な疑問が浮かぶけれど、彼は口を閉じることにした。
それを見て、シャルロッテは一層楽しげな様子で言う。
「べつに噂を広めても構わないけど、ノエルにだけは内緒よ」
「理由を伺っても?」
「あの子がユニコーンだからよ。私が経産婦と知られたら、きっと今迄のようには懐いてくれないわ」
「……ルカ王子のことは、なんと?」
「そっちは教えてあるのよ」
アルスは思わず頭を抱えた。
自らの主は自由奔放で常識が通用しないと理解しているものの、その認識すら甘かったと頭痛を覚える。
「シャロという子は、きっとノエルのような子なのでしょうね」
アルスは遠回しに「あなたに似ているのだろう」と言った。シャルロッテはその意図を理解しながらも、あえて惚けることにする。
「分からないわね。産んで直ぐ、平民のお友達に預けてしまったから」
「……そうですか」
「そうなの」
ほんの少しだけ、彼女の表情が暗くなる。
それを見てアルスは、きっとこの話をするために城壁の外へ出たのだと考えた。
彼女は聖女であり王妃でもある。
先程の話から察するに、それは聖女信仰を持つ国民に向けた表向きの立場なのだろう。
彼女は多忙を極める。それは彼女の護衛を務めるアルスが誰よりも知っている。
「俺には、ノエルがあなたの子のように見えます」
「なあに? 気を遣ってるの?」
「本心です。彼女はあなたを心から慕っていますよ」
「……あの子は、いつか私を捨てますよ」
「ありえません」
「ありえます」
シャルロッテはアルスに背を向け、歩行を始めた。彼が黙って背を追いかけると、彼女は頭上に広がる青空を見上げて言った。
「最初は大人しい子でした。あまりに口数が少ないので子どもらしい趣味でも与えようと英雄譚を読み聞かせました。これが大失敗」
大失敗、という言葉がアルスの耳には逆の意味に聞こえる。シャルロッテは彼に背を向けたまま話を続けた。
「特にあれは失敗だった。英雄譚には娼婦が破滅の象徴として描かれます。娼婦とは何かと問われた私は、それはもう正直に答えた」
それが「ユニコーン」と揶揄されるきっかけになったとシャルロッテは笑う。
「それから誤算もあった。あの子はお姫様の方を好きになった。怪物から助け出して感謝されて恋仲になりたいと夢見る少年のようなことを言い始めた。育て方を間違えました」
アルスは肩を揺らす。
茶化した口調で言うシャルロッテの姿は、まさしく娘を自慢する母親そのものだった。
「さて、スッキリしたので帰りましょうか」
彼女は振り返って言う。
アルスは何も言わず首を縦に振った。
国に戻る道中、二人は無言だった。
城壁が見えた頃、彼女は一言だけ言った。
「もしも……」
彼女は珍しく言い淀む。
だからこそ、次の言葉はアルスの胸に深く刻まれた。
「もしも私の娘と会うことがあったら、その時はよろしくね」
──そしてこれが、彼女の遺言となった。
アルスは彼女の傍を離れていた。
国から少し離れた場所に強力な魔物が現れ、その討伐に向かっていた。
訃報を知ったのは討伐が終わり帰還する途中。
彼は自分を呪った。そのまま後を追うことを考える程に後悔した。
ノエルと戦うことを選んだのも半分は八つ当たりだった。
アルスが傍に居られない時は、必ず彼女が一緒だった。なぜ今回は違ったのか。
彼には分からない。
剣と治す魔法に全てを賭した彼には、知略に関することが分からない。
なぜ、なぜ、なぜと、頭が割れる程の疑問に苦しめられた。
そして妹のように思っていたノエルに致命傷を与えた後で、彼は面影を見た。
赤い髪と赤い瞳。
そして内側に感じる魔力の質。
間違える訳が無い。
一目見た瞬間に、彼女こそが「娘」だと理解した。
彼女を守護すること。
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