ユニコーン聖女は祈らない

下城米雪

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ユニコーン聖女は後悔する

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 アルスの姿が消えた。
 その直後、周囲に展開していた結界を砕かれる感触があった。

 ……跳べっ!

 咄嗟の判断で足元に結界を出す。 
 それを一気に拡大して自らの身体を上部に押し出した。

 瞬間、ガラスの割れるような音がした。
 目を下に向けると、ほんの数秒前まで離れた位置に居たはずのアルスが、そこで私を睨み付けていた。

 ……止まるなっ!

 心の中で叫び、上方向への脱出を試みる。
 アルスに飛翔する手段は無い。そう思っての判断だった。

「逃がさん」

 その声を聞いた瞬間、全身に悪寒が走る。
 私は右に左に結界を展開して、滅茶苦茶な軌道で宙を移動した。

 全力の回避行動。
 私の軌跡を貫くようにして黒い線が駆け抜ける。

 黒い線の正体は魔力の塊。
 それは瞬く前に天井へ届き、祭壇全体を揺らした。

「生き埋めになるつもりか!?」
「安心しろ。この祭壇、そこまで脆くはない!」

 文字通りの意味で眼にも止まらぬ攻撃が続く。
 私は魔力の流れを読むことで回避を続けるが、徐々に反応が遅れ始めていることを自覚していた。

 ……避け切れない!

 悲観的な予測を肯定するように、一本の線が肌を掠めた。
 
 ……あの野郎っ、本気で私を!

 息を止め、こちらも攻撃を始める。
 
 ……悪く、思うなよ!

 結界魔法の使い方は色々とある。
 そのひとつが伸縮。結界の範囲を広げたり狭めたりすること。
 
 この速度は結界の規模に比例する。
 規模が小さければ人を吹き飛ばす程の速度が出るため、慣れれば空中を高速で移動するような使い方もできる。

 もちろん痛い。骨も内蔵もズタボロになるから、回復魔法が使えなければとっくに死んでいる。要するに──結界魔法は攻撃手段にもなる!

「相も変わらず器用な奴だな!」
「お褒めに預かり光栄です。ご褒美に見逃してはくれませんか?」
「断る!」

 私は彼を取り囲むようにして結界を出し、四方八方から攻撃する。
 不可視の一撃が黒い鎧を叩く度、私の耳にまで届く鈍い音がするけれど、彼はその場で仰け反ることすらない。

「どうしたノエル!? こんなものか!?」

 彼は高密度の魔力による攻撃をやめない。
 その速度と数は増え続け、回避できる場所も減り続ける。

「あなたこそ! 剣はどうした!?」
「剣を使えば死体が残らん! それでは困る!」

 まだ致命的な被弾はしていない。
 しかし徐々に掠める回数が増え、せっかくシャロとお揃いにした服が肌と一緒に引き裂かれていく。

 ……やるしかないか。

 私は攻撃の方法を変える。
 より小さく、より高密度な結界で彼の足首を囲み、一気に拡大した。

「……ハハハッ!」

 彼の身体が初めて歪む。
 そして地に張り付いた足を置き去りに倒れ、初めて床に手を付いた。

「やるなノエル!」

 彼は笑みを浮かべ、足首に魔力を集めた。
 ほんの一瞬の出来事。それだけで、失われたはずの足首から先が回復する。

「本気で行くぞ!」
「化け物め!」

 不死身のアルス。
 圧倒的な攻撃力を評価されることが多いけれど、その本質は防御にある。

 彼が扱うのは回復魔法。
 端的に言えば、即死意外で彼を止める手段は無い。

「なっ、バカなっ!?」

 回避と攻撃を続けながら、私は思わず声を発した。
 何度も身体を切断されているはずの彼は、しかし止まらない。どれだけ致命傷と思える傷を負わせても一瞬で回復して、そのうち空を登り始めた。

「なぜ飛べる!? 回復魔法しか使えないはず!」
「空気を回復しているのさ!」
「なに!?」
「我々は空気を押しのける。つまり空気に傷を作っている。俺に治せぬ傷は無い!」
「ふざけるな! そんな理屈ありえるか!?」
「お前にだけは言われたくないものだな!」

 信じられないことだが、彼は回復魔法で空気を固定して足場にしているらしい。

 ……最悪だ!

 距離が詰まる度、彼の攻撃が精度を増す。
 掠める程度だった一撃が皮膚を抉り始め、私の血が雨のように祭壇を濡らす。

 手足を、頬を、脇腹を。
 私は高温の鉄で焼かれるような激痛に耐えながら、頭を働かせる。

 ……何かっ、何か打開策は!?

 しかしまともな案など出るわけがない。ただでさえ回避と回復、そして攻撃で頭が痛いのに、他のことを考える余裕などあるわけがない。

 ……こいつっ、どうやったら止まる!?

 最初は足首を狙った。殺したくなかった。
 しかし温情を捨て首を切断しても、すぐさま回復する。
 ならばと動きを止めるため全身を結界で覆っても一瞬で砕かれる。

「動きが鈍ったぞノエル!」
「……っ!?」

 しくじった。

「終わりだ!」

 腹部を貫く一撃。
 身体に穴が空いた衝撃で動きが止まり、すかさず追撃を受けた。

 結界は砕かれ、四肢と胴が別々の場所に向かって落下を始める。

 ……かい、ふくを。

「ノエル!!」

 ……ああ、シャロ、ダメです。出てこないで。

 軽くなった身体が落下する途中、攻撃が止まったことに気が付いた。
 その僅かな時間で止血と回復を試みながら、思考する。

 ……後悔は後だ。今は、シャロを。

 戦うべきではなかった。
 もっと別の手段を考えるべきだった。
 彼を見つけた瞬間に撤退するべきだった。
 色々な雑念を振り払い、シャロを生かす方法を考える。

 ……私が、生きなければ。

 私が死ねばシャロを隠蔽している結界魔法は消える。
 それはシャロの死を意味する。私の名を呼ぶ彼女を、彼が見逃すはずがない。

 ……ああ、ああ、最悪だ。

 何も思い浮かばない。
 それどころか、どんどん頭の動きが鈍くなる。

「…………どうか、生きて」

 最後に絞り出せたのは、そんな一言だけだった。
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