ユニコーン聖女は祈らない

下城米雪

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ユニコーン聖女は交渉する

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 城の地下にある祭壇。
 真っ暗な世界にある神々しい光を放つ場所。

 聖女はこの広間で孤独に祈る。清らかな心を持ち、ひたすらに国の安寧を想い……と、信じられている。

 実際には多大な魔力と少量の願いを注ぎ込むだけである。
 祭壇から出てきたお師匠様はいつも私に愚痴を聞かせた。

「しんっどい! 無理! おいノエルっ、はよ代われ!」

 愉快で少し理不尽なお師匠様。
 とても好きだった。本当に大好きだった。

 祭壇が近くなるほど思い出す。
 その度クソ王子に対する憎悪が増す。けれども密着したシャロの甘い香りでどうにか冷静さを保つ。

 お師匠様と似た雰囲気を持つ赤髪の少女。
 これからの私が最優先すべきは彼女である。

 ……集中しましょう。

 騎士達は橋から来る平民に集中しているようで、裏口からの侵入は容易だった。空から来る平民など想定していないのだろう。

「決して声を出さないでください」

 侵入する直前、再度シャロに警告する。
 それから二人で城内に入り、真っ直ぐ地下へ向かった。

 城内には不気味な静寂があった。
 私は違和感を覚えながらも先へ進む。

 そして、あっさりと地下に辿り着いた。
 そのまま一本道を歩き最も見たくなかった姿を見付けた。

 ……最悪だ。

 騎士団長アルス・アンドレイク。
 またの名を不死身のアルス。戦えば勝利は難しい。

 ……しかし、好機でもあります。

 どうせ彼を避けることは不可能だ。
 無事に遺物を起動できたとしても、逃亡する途中で必ず捕まる。

 だから私は堂々と姿を現すことにした。

 一応は足音を殺して祭壇に足を踏み入れる。
 その瞬間、彼が私に剣先を向けながら振り向いた。

「ちょうど、話がしたいと思っていた」

 黒い髪、黒い鎧。私より頭ひとつ以上も高い背丈。そして殺気の込められた低い声が、私の背筋を震えさせる。

「奇遇ですね。私も同じ気持ちでした」

 恐怖と緊張を押し殺し、私の姿だけを見せる。
 それからシャロを隠すため、周囲に高出力の結界を展開した。

 これはおとり。
 彼はきっと私の魔力を感知している。
 つまりシャロの存在は発覚していないはず。
 そういう予測に基づいた行動である。

「そう警戒するな。斬るつもりならば、既にお前の首と胴は繋がっていない」
「あら恐ろしい。八つ当たりですか?」
「なに?」
「お師匠様を護れなかった無能が、妹分に憂さ晴らしを考えているのかと」

 背に汗が滲むのを感じながら、いつも通りの軽口を言う。

「……やはりダメだな。お前に主導権を握らせたら、きっと言い包められる」
「言い包めるとは失礼ですね。私はいつも誠実ですよ」

 彼は軽く手を振り、何かを投擲した。
 その刹那、前方に展開していた結界が砕け、私の頬に傷を付けた。

 息が止まる。
 頬に鋭い熱が生まれ、心臓が騒ぎ始める。

「……何を?」
「髪の毛だ」
「……バカな。ただの髪で聖女の結界を砕く者がどこに」
「ここに」

 彼は当然という態度で言った。

 ……やはり、彼との戦闘は避けたい。

 攻撃が見えなかった。しかし何をされたのかは分かる。
 彼は一本だけ髪を抜き、魔法で強化して投擲した。純粋で強力な攻撃。だからこそ私は反応することもできなかった。

「酷いですね。女性の顔に傷をつけるなんて」
「お前なら直ぐに治せるだろう……ああ、いや、黙れ。無駄な発言は許さない」

 彼は私を睨む。まだ走っても数秒はかかる距離があるのに、私は胸倉を摑まれたような威圧感を覚えた。

「俺は頭が悪い。だから単刀直入に聞く。シャルロッテ様を殺したのは、お前か?」
「ありえない。お師匠様に誓って、私ではない」
「……そうか」

 彼は剣を降ろし、微かに笑みを浮かべた。
 私はまだ緊張を解かない。しかし心には一筋の光が生まれた。

「ノエル、何故この場に現れた」
「この国から脱出するために」
「そうか。それは分かるぞ。遺物の力を使いたいのだな」
「正解です。叶う事なら、私を見なかったことにして頂きたいのですが……」

 私の提案を聞き、彼は嗤う。

「それは無理な相談だ」

 それから剣を捨て、格闘の構えになった。

「俺は王命でここに立っている」
「血迷ったかアルス。クソ王子はお師匠様を魔物に喰わせた。分からないのか?」

 アルスは返事をせず、構えを解かない。

「なぜ味方する!? お師匠様の仇だぞ!?」
「俺が騎士だからだ」
「ふざけるな! お師匠様への恩義を忘れたか!?」
「シャルロッテ様が亡き今、俺が仕える相手は……いや、もういい」

 その言葉と共に彼が魔力を解き放つ。
 それは強力な魔法を使うための予備動作。

「かかってこい」

 彼を中心に漆黒の魔力が渦を作る。
 まるで風が吹いているように音が鳴り、離れた位置にいる私の髪までも弄ぶ。

「……話し合いは、できませんか?」
「不可能だ。この遺物を使いたいならば、俺を殺せ」

 私は大きく息を吸う。
 ……やはり、こうなったか。

「残念です」

 私も魔力を解き放つ。
 まだシャロに一度も見せていない臨戦態勢。

「「…………」」

 互いに動かず、睨み合う。
 永遠にも感じられる数秒が過ぎた後、アルスの姿が消えた。

 それが、戦闘開始の合図だった。
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