ユニコーン聖女は祈らない

下城米雪

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ユニコーン聖女は微熱に悶える

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 完璧な不意打ちだった。
 私に許されたのは、驚くことだけだった。

 時間が経過する度、腹部に受けた感触が大きくなる。
 それが明確な熱を帯びた頃、どうにか声を出すことができた。

「……シャ、シャロ? 何を?」

 彼女は俯き、口を閉ざしたまま。
 その静寂を埋めるように私の心臓が大きく脈を打つ。

「……殺せなかった」

 小さな声で呟かれた後、彼女は液体に濡れた顔を上げた。

 それを見て私は息を止める。
 ああ、なんという甘美な表情でしょう。
 あの傲慢な貴族の代わりに、私を殺すつもりなのでしょうか。

「……マーリカ姉さんが、居たんだ」

 私が辛抱たまらず荒い息を繰り返す傍ら、彼女は独白を続ける。

「なんで、あんな酷いことができるんだ? 人を家具みたいに、服も着せないで……意味もなく蹴り飛ばして……こんなに憎いのに……殺せなかった!」

 シャロは私の服を皺ができるくらいに強く握り、声を荒げて言った。
 私は一度、深く呼吸をする。それから彼女の頬に両手で触れて、涙で濡れた目元を指先で拭った。

「カリオペ殿は助からない。私達が殺したも同然です」
「それでも! オレの手でやりたかった! やるべきだった!」

 ああ、もう、真面目な場面なのに興奮してしまいます。
 まさかシャロが私の胸に飛び込んで泣くなんて、そんな、この思い出だけで十回は果ててしまいそうです。

 しかし、ここは情欲を捨てる場面です。
 お師匠様も仰っておりました。相手が弱音を吐いた時こそが、絶好の機であると。

「……お前との約束なんて、守るつもりなかった」
「あら、それは、どういう意味でしょうか?」
「……用が終わったら、お前も殺してオレも死ぬつもりだった」
「それは酷い。そんなことをされたら、流石の私も大号泣でした」

 私は少しだけ膝を折り、シャロと目線の高さを合わせる。

「あなたは、お師匠様と似ている」
「……お師匠様?」
「先代の、あるいは現在の聖女様です。平民差別の蔓延る貴族社会において、あの方だけが私を対等な存在として扱った。最後は恩を仇で返す形になりましたが、とても尊敬しています」

 シャロの赤い髪と瞳はお師匠様と同じ。
 高い背丈と豊かな胸、それから顔の雰囲気も、どこか似ているような気がする。

 あと二十年、お師匠様が若ければ、このような外見だったかもしれない。

「白状すると、私がシャロを気に掛ける理由です。初めて見た時、シャロは泣き喚く子供のようでした。お師匠様と似た顔で泣かれたら、捨ておくことなどできません」
「……あのときは、べつに泣いてなかったぞ」
「あら、そうでしたか?」

 ほんの少し、シャロの表情が和らいだ。
 それを嬉しく思いながら言葉を続ける。

「私はラノウルを目指します」
「……ラノウル?」
「はい。魔物と争う人類の最前線。英雄の国。色々な別名を持ちますが、私が最も惹かれた言葉は、この世の全てが集まる場所。そして何よりも!」

 咄嗟に口を閉じる。
 危ないところだった。

「……何よりも?」
「内緒です」

 目を逸らし、唇に指を当てて言う。
 
「……なんだそれ」

 そんな私を見て、シャロが初めて笑みを浮かべた。
 ただごまかしただけですが、結果良し。流石は私です。

「聞いても良いか?」
「ええ、もちろん」

 シャロは鼻を啜った後、私を見る。

「お前の所有物になると、どうなるんだ?」
「必ず幸せにします」

 私は即座に返事をした。
 こればかりは嘘偽りの無い真実だ。

「……それが本当なら、悪くないかもな」

 その後、私達はベッドに入った。
 そのまま致してしまいたいところだったが、断腸の想いで情欲を殺し、シャロに背を向ける。しばらくして、シャロが私に背中を合わせた。ドキリとして変な声を出すところだったが、どこか寂しそうな熱を感じ取って、我慢した。

 ……今日は、ここまでにしましょう。

 時間はたっぷりある。
 これから冒険を続ける中で親密になればいい。
 だから今は、この背に感じる熱で満足しよう。


 *  *  *


 朝、何やら騒がしい声を聞いて目を覚ました。
 シャロを起こさぬよう静かに立ち上がり、窓から外を見る。

「……あれは?」

 多くの人々が、同じ方向に向かって移動していた。

「あの方角は、城の方か?」

 どういうことだろうか?
 疑問に思って、シャロが寝ていることを確認した後で部屋を出る。

「王子が演説を行うらしいよ」

 受付に立っていた女店主に話を聞いたところ、その返事が得られた。

「演説? なんの?」
「あたしに聞かれても知らないさね。気になるなら、あんたも行けばいい」

 ふむ、と考える。
 カリオペ殿の一件と考えるには動きが速過ぎる。

 時期からして、私のことだろうか?
 聖女との婚約を破棄し、さらに国外へ追放したのだ。この国には「聖女信仰」を掲げる厄介な輩もおり、私が姿を消した事実は必ず発覚する。

(……もう私には関係の無いことですが、一応、聞いてみましょうか)

 それから私はシャロを起こし、念のため顔が隠れるローブを着用した。
 このローブは先日の買い物でいくつか買った服のひとつ。こんなこともあろうかと用意していた私を褒めたい。決してシャロを着せ替え人形にして遊びたかったわけではない。

「それでは、行きましょう」

 そして私達は城へ向かった。

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