マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

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追憶:過去には戻れないから

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 その少年には妹が居る。
 少年と違って勉強も運動も苦手な妹だ。

 妹は、いつも兄の傍にべったりだった。
 小学生の頃はそれで良かった。中学生の時も、兄はクラスどころか学校の中心人物であったから、周囲は妹に優しかった。

 兄は偏差値の高い学校に進学した。
 妹は勉強が得意ではない。同じ学校には通えなかった。

 妹は思った。
 これからは、お兄ちゃんに頼らなくても大丈夫な人になろう。

 妹はがんばった。
 周囲の空気とか無視して、ひたすら全力で努力した。

 ――それがダメだった。
 妹は、その学校の中心人物に勝ってしまった。

 誰よりも努力した結果、貴重な十年間を失うことになったのだった。

 その間、兄は何をしていたのだろうか。
 ミーコの絶対的な保護者として、視聴者からも信頼を集める彼は――



 俺は、何もしなかったのだ。



 *  *  *


 妹と母の言い争う声で目を覚ます。
 妹の悲鳴と母の怒声を子守唄にして眠る。

 家に居るのが嫌だった。
 これは良くないことだ。分かってる。だけど、何もしなかった。

 自分のことで精一杯だったからだ。

 だって、そうだろ。
 何ができるんだよ。ただの高校生だぞ。

 勉強が得意とか、運動が得意とか。
 そんなものは何の役にも立たない。

 妹の涙を止めることすらできない。
 絶望したよ。多分、人生で初めての挫折だった。

 だから――

「黙ってろ」

 ある日、母に言った。

「美琴の面倒は俺が見る」

 殴り合いに発展した。
 父も巻き込んで、ボロボロになった。

 あの選択が正しかったのか否か、今でも分からない。
 ただ、喉の奥に引っかかった小骨みたいに、今もまだ違和感が拭えない。

 もう一度、やり直せるなら。
 大人になった今の知識と経験を持って、過去に戻れたのなら……。

 何度も思った。
 何度も何度も妄想した。

 強烈な後悔があった。大人になって、やっと妹を引き取ることができて、二人で過ごして……妹の顔を見る度に、胸が締め付けられるような思いだった。

 妹は十代後半から二十代前半という貴重な時間を全て奪われた。

 ここから、どうすんだよ。
 社会復帰なんて無理に決まってる。

 俺だけは、これを言っちゃダメだ。
 だけど、現実主義的な考え方がいつも頭の片隅にあった。

 だから本当に驚いた。
 それは黒が白に変わるような出来事だった。

 妹が、前を向いた。
 楽しそうに笑って、目標を立てて、それを次々とクリアしてみせた。

 なあ、美琴、気が付いてるか?
 一緒に食事してる時、だんだん声が明るくなってたことに。


 ――過去には戻れない。
 

 美琴は、きっと、もう大丈夫だ。
 そんな風に思い始めた矢先の出来事だった。


 ――もしも「次」があるなら、決して間違えない。


「兄ちゃんに任せろ」

 こうして、一人の兄は――
 妹の小さな体を抱き寄せ、宣言した。

「美琴の目に映る世界、全部、笑顔に変えてやる」

 ミーコの挑戦が「弱くてニューゲーム」ならば、これから兄が始めることは「強くてニューゲーム」。

 だけどこれは、決して語られることのない物語。
 ミーコとは全く別のステージで、兄もまた「挑戦」を始めた。

 ――本当にできるの?

 誰かが問いかけた。

 ――当たり前だ。

 兄は直ぐに返事をした。

 ――あの子がミーコを産み出したことに比べたら、たかだか数千人の有象無象を取り除く程度、簡単過ぎて欠伸が出るよ。

 その物語を知るのは、兄と、協力者だけである。
 全ての者が口を閉じ、未来永劫、誰にも詳細を明かさなかった。
 
 妹に見せるのは結論だけで良い。
 その強い意志に全ての協力者が賛同した。
 
 そして――
 妹は、何も知らないまま、目を覚ます。
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