マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

文字の大きさ
上 下
67 / 68

追憶:過去には戻れないから

しおりを挟む
 その少年には妹が居る。
 少年と違って勉強も運動も苦手な妹だ。

 妹は、いつも兄の傍にべったりだった。
 小学生の頃はそれで良かった。中学生の時も、兄はクラスどころか学校の中心人物であったから、周囲は妹に優しかった。

 兄は偏差値の高い学校に進学した。
 妹は勉強が得意ではない。同じ学校には通えなかった。

 妹は思った。
 これからは、お兄ちゃんに頼らなくても大丈夫な人になろう。

 妹はがんばった。
 周囲の空気とか無視して、ひたすら全力で努力した。

 ――それがダメだった。
 妹は、その学校の中心人物に勝ってしまった。

 誰よりも努力した結果、貴重な十年間を失うことになったのだった。

 その間、兄は何をしていたのだろうか。
 ミーコの絶対的な保護者として、視聴者からも信頼を集める彼は――



 俺は、何もしなかったのだ。



 *  *  *


 妹と母の言い争う声で目を覚ます。
 妹の悲鳴と母の怒声を子守唄にして眠る。

 家に居るのが嫌だった。
 これは良くないことだ。分かってる。だけど、何もしなかった。

 自分のことで精一杯だったからだ。

 だって、そうだろ。
 何ができるんだよ。ただの高校生だぞ。

 勉強が得意とか、運動が得意とか。
 そんなものは何の役にも立たない。

 妹の涙を止めることすらできない。
 絶望したよ。多分、人生で初めての挫折だった。

 だから――

「黙ってろ」

 ある日、母に言った。

「美琴の面倒は俺が見る」

 殴り合いに発展した。
 父も巻き込んで、ボロボロになった。

 あの選択が正しかったのか否か、今でも分からない。
 ただ、喉の奥に引っかかった小骨みたいに、今もまだ違和感が拭えない。

 もう一度、やり直せるなら。
 大人になった今の知識と経験を持って、過去に戻れたのなら……。

 何度も思った。
 何度も何度も妄想した。

 強烈な後悔があった。大人になって、やっと妹を引き取ることができて、二人で過ごして……妹の顔を見る度に、胸が締め付けられるような思いだった。

 妹は十代後半から二十代前半という貴重な時間を全て奪われた。

 ここから、どうすんだよ。
 社会復帰なんて無理に決まってる。

 俺だけは、これを言っちゃダメだ。
 だけど、現実主義的な考え方がいつも頭の片隅にあった。

 だから本当に驚いた。
 それは黒が白に変わるような出来事だった。

 妹が、前を向いた。
 楽しそうに笑って、目標を立てて、それを次々とクリアしてみせた。

 なあ、美琴、気が付いてるか?
 一緒に食事してる時、だんだん声が明るくなってたことに。


 ――過去には戻れない。
 

 美琴は、きっと、もう大丈夫だ。
 そんな風に思い始めた矢先の出来事だった。


 ――もしも「次」があるなら、決して間違えない。


「兄ちゃんに任せろ」

 こうして、一人の兄は――
 妹の小さな体を抱き寄せ、宣言した。

「美琴の目に映る世界、全部、笑顔に変えてやる」

 ミーコの挑戦が「弱くてニューゲーム」ならば、これから兄が始めることは「強くてニューゲーム」。

 だけどこれは、決して語られることのない物語。
 ミーコとは全く別のステージで、兄もまた「挑戦」を始めた。

 ――本当にできるの?

 誰かが問いかけた。

 ――当たり前だ。

 兄は直ぐに返事をした。

 ――あの子がミーコを産み出したことに比べたら、たかだか数千人の有象無象を取り除く程度、簡単過ぎて欠伸が出るよ。

 その物語を知るのは、兄と、協力者だけである。
 全ての者が口を閉じ、未来永劫、誰にも詳細を明かさなかった。
 
 妹に見せるのは結論だけで良い。
 その強い意志に全ての協力者が賛同した。
 
 そして――
 妹は、何も知らないまま、目を覚ます。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

処理中です...