マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

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予選の後

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 午後8時。
 先日、無様に敗北したイノの配信が始まった。

 彼女は活動3年目のVtuberである。
 かつてマキルートされた者であり、そういう意味でもミーコの先輩にあたる。

:待機中
:今日は神回の予感

 配信前のオープニング映像が流れる中、コメントが流れる。
 視聴者数は八百人程度。大手と比較すれば少ないが、個人勢としては中堅レベルと言える数字だった。ここまで到達できるVtuberは、ほんの一握りである。

『こんイノ~
 卑怯、ズルいは蜜の味。
 イノちゃんことイノ・チ・ゴーイでーす』

:挨拶wwww
:定着しそうで草
:それでええんか?w

 予選がアウェイならば、この配信はイノのホーム。
 ミーコ学園に通う生徒達のように、イノを愛する「慈悲」達が集まっていた。

『慈悲ぃ~、ぽよテト見てくれた?』

 彼女はまったりとした口調で質問した。

:見てない
:忘れてた
:出てたの?

『あのさぁ……』

:噓だよ
:見たよ
:最高に無様だった
:煽った直後の再戦めっちゃ笑った

『ふん、ツンデレどもが』

 慈悲とイチャイチャするイノちゃん。
 彼女は地味に多彩な声色を活かし、ASMRなどのボイス商品を販売をしている。これを購入するような「慈悲」は、それはもうイノを愛しているはずなのだが、配信の場におけるコメントは、いつもこんな感じだった。

 いわゆるプロレス。
 確かな信頼関係の元で配信者を煽り、その反応を見て楽しんでいる。

 重要なのは信頼関係。
 これが無ければ、それはただの誹謗中傷となる。

『今日は予選の話するよぉ』

:わくわく
:やっぱりか
:*この配信は生徒に監視されています*

『生徒に監視……あっ、ミーコさんのファンネームか。ふひっ、いらっしゃい』

:慈悲です

『ちっ、慈悲かよ』

:投げキッスたすかる

『舌打ちですぅ』

 イノのテンションは予選中と違う。
 とてもリラックスした様子だった。

『需要ありそうだからミーコさんの話するかぁ?』

 チラ、とコメント欄を見るイノ。
 数秒のラグを経て、慈悲達の返事が投稿された。

 ところで、なぜファンネームが慈悲なのか。
 それはイノが活動を始めた当初、ほぼ塩と水だけで生活していたからである。

 死ぬ前に面白そうなことやるかぁ。
 嫌だ。やっぱり死にたくない。慈悲をください。

 こうして命乞い系Vtuberのイノ・チ・ゴーイが誕生した。
 以上、説明終わり。ミーコに何か物語があるのと同じように、それぞれの配信者が、ほどほどの確率で独自の物語を持っているのだ。

 べつに特別なことではない。
『――それが、人生ということなのである』

「ところで」から始まった唐突なポエム、終わり。
 
『だから、初見の皆さん。お願いします。もっとイノちゃんに慈悲をください♡』

 初見に向けた営業活動。
 それを受けたコメント欄、加速する。

:ミーコの話はよ
:負け犬の話は求めてない

『いつにも増して慈悲がねェなァ!?』

 イノは慈悲達とプロレスを繰り広げた。
 その後、ふひひっ、と笑ってからミーコの話を始めた。

『ミーコさん、本当に強かったよねぇ。
 イノちゃん今日ずっとミーコさんのアーカイブ見てたんだけど、本当にゲーム上手だった。学習能力やばい。あれは若いよ。きっと若い。下手したら十代かもね』

:イノとは親と娘くらい違うな

『そうそう。イノちゃんは十代の娘を持つ年齢……なわけあるかァ!?』

 程々に慈悲と会話しながら、イノは話を続ける。

『イノちゃんも真希さんに教えて貰えないかなぁ』

:いくつか足りないものがある。

『いくつか足りないものがある? なに?』

:かわいさ
:若さ
:謙虚さ

『慈悲達そんなんだからモテないんだよ?
 小学生。小学生までだよ。気になる女の子にいじわる言っても許されるのは。いや同級生の女子は許してくれないけどね? これは、あれだよ。社会的な話。ツンデレが社会的に許して貰えるのは小学生まで。古事記にもそう書いてある』

:べつに気になってないが?

『はい噓乙~!
 イノちゃん、慈悲達がイノちゃんのASMR買ってること知ってるからね?』

 しばらく脱線。
 数分後、ミーコの話に戻る。
 
『予選の後、ミーコさんがメールしてくれたんだけどね?
 ふひひっ、なんかもう、文面からかわいいが溢れてたんだよ』

:なにそれ気になる
:見せて見せて

『見せませ~ん。許可貰ってないから。
 軽く話すと、三千文字くらいのお礼メールだった』

:さんぜんもじ!?
:超長文で草
:ほぇー、予選で何も喋ってなかったけど、律儀な猫なんやな

『それ。正直ゲームに特化した陰キャかなと思ったけど……いやこれは表現悪いか。まぁ、とにかく第一印象は微妙だったけど、このメール読んだら、なんか、コラボとかしてみたくなっちゃった』

:マキルート同窓会やったら?

『あー! 同窓会!
 最近ほぼ自然消滅した企画!』

:おいwww
:自然消滅してたの!?
:ワイあれ大好きなんだが……

『数字が出ないからね』

:あの涎カスほんま……
:世知辛い
:ミーコ勢いあるし、呼べばワンチャン復活ある?

『復活あるかもね。でも……』

 イノは視線を横に向け、視聴者には見えないメールの文面を確認した。
 そこには、会話が苦手な旨がしっかりと記されている。その上で、いつかきちんとお話したい、一緒にダブルハート作りたい、などと記されていた。

『とりあえず、明日の決勝トーナメントが楽しみだねぇ』

:分かる
:イノは誰が優勝すると思う?

『優勝? それはもちろんミーコさん……って言いたいけど、今回レベル高過ぎ。他のグループもヤバかった。イノちゃんどこに入っても負けてたかもね』

:だろうね

『だろうねぇ!?』

 ――同時刻、ミーコと対戦した他の選手も配信していた。
 その中でも、ミーコからメールを受け取ったことが紹介されていた。

 Vtuberによるぽよテト大会は、過去最高の盛り上がりを見せている。その恩恵を受け、ミーコの知名度が向上していた。

 アーカイブ動画、ミーコ学園の生徒数、どちらも急上昇している。
 ただし、やはり最も大きな注目を浴びているのは、二ノ宮ホタルだった。

 彼の神業レベルのプレイは、多くのWebメディアが取り上げた。
 プロ大絶賛。プロの〇〇氏「彼とは戦いたくない」。このような見出しがネット中に拡散された。また、決勝に向けた意気込みを語る彼の配信には、十万人以上の人が集まった。

『優勝は通過点。
 僕がこの大会に出場したのは真希と戦いたいから』

 配信の途中、彼は言った。

『もちろん他の出場者も尊敬してるよ。
 すごいよね。とても上手だと思う。でも――僕、最強だから」

 自信に満ちた宣戦布告。それはファンを大いに喜ばせると同時に、彼が負ける姿を求めた野次馬を引き寄せた。

 白熱していた。
 もはや、ただのゲーム大会の域を超えている。

 一方その頃。
 自身が参加する大会の盛り上がりを全く知らないミーコは……
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