マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

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第45話 そわそわミーコ

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『諸君!』

:(`・ω・´)ゞ
:٩( ''ω'' )و
:( ゚Д゚)!?
:(;゚Д゚)?

『……んふっ』

 ミーコタイム。真面目なことを言う予定だったミーコは、統率の取れた生徒達のコメントを見て思わず笑った。そして数秒後、ハッとした様子で憤慨する。

『んも~!』

 その様子を見て、視聴者達は驚愕した。
 言葉ではない。映像を見て、驚愕している。

:手!?
:手!
:なにその手!?
:手ぇぇぇ!?

 ミーコのアバターは、まあまあ動く。
 例えばフードを着脱する時など、ぬるぬる動く。

 でも基本的にはアニメーションを再生しているだけであり、ミーコの動きがリアルタイムに反映されるのは、首から上だけだった。

 しかし、たった今ぷんすかしたミーコは、小さな手をぶんぶん振り回していた。

:お兄ちゃんか
:またお兄ちゃんかよ
:流石ですお兄さま
:相変わらず良い仕事しやがる

 生徒達は全て察した。
 それを見てミーコは唇を結ぶ。

 ミーコは新機能発表に向けたプランを用意していた。
 十五分くらい引っ張った後、じゃじゃーん、と発表する予定だった。

『……』

 コメント欄をじっと見る。

:( ゚Д゚)
:( ゚Д゚)
:( ゚Д゚)
:( ゚Д゚)

 配信者がコメント欄を見る時、視聴者達もまた配信者を見ている。

『むにゅぅぅぅぅ』

:負けボイスたすかる
:またミーコに勝ってしまった

『本番に合わせて用意しました! 兄が!』

 やけくそボイス。

:めっちゃ動く
:おててちっさ
:かわいい
:あぁ~^^

『りっすん!』

:はい
:おk

『…………』

:?
:どうした?

『…………』

:手がwww
:ミュート芸かわいい

『……明日だよぉぉぉぉ』

:あぁね
:もう明日なのか
:ためたねぇw
:今レートいくつなん?

『3000達成してから真希さんと秘密特訓してる~!』

:3000達成したの!?
:つよ
:おめでと~!
:真希に勝てた?

『2回勝った!』

:!?
:ま?????
:えっ!?

『……98回負けた』

:草
:ミーコと100本勝負したいだけの人生だった
:いやいやそれでもすごいって
:真希、過去の大会だと無敗じゃなかった?
:ミーコ優勝だろこれ
:ミーコしか勝たん
:師弟対決たのしみ

『…………』

 ミーコは口を閉じ、無言で両手をぶんぶん動かした。
 何を表現しているのか不明だが、そわそわしていることだけは伝わる。

:今日ミュート芸多いなw
:いつも手を動かしてた説
:お兄さまほんと良い仕事するわ
 
『……明日だよぉぉぉぉ』

:またw
:遠足前かな

『明日ぁぁぁ!』

:どんだけ緊張してるのw
:草
:かわいい

『……明日ぁ』

:哀愁漂ってる
:ミーコ大丈夫だよ!
:応援なら任せろ
:ぜったい見る
:勝敗とか気にすんな。俺たち生徒は楽しそうなミーコが見られたら満足

 ミーコ、コメントを凝視する。
 真希の指導によって鍛え上げられた動体視力は、程々に速いコメントを全て完璧に読み取った。

『……優しぃ』

 ミーコは感動した様子で言った。

『……みんなが優しいよぉ』

 この配信は、もはやミーコのファンミーティングだった。
 一生懸命に活動する姿を見て、ミーコを好きになった人だけが集まっている。

 現在の視聴者数、308人。
 1クラス40人弱として、8クラス分。
 ざっくり学年ひとつ分くらいの人数が集まっている。

『……どうしよう』

 彼女は熱くなった目元に手を当てた。
 配信画面におけるミーコは、頬に手を当てている。

『……ミーコ、なんて言ったら良い?』

 彼女の青春は、理不尽な悪意によって失われた。
 もしも彼女の定めたゴールが「青春のやり直し」であるならば、これ以上の結果は無い。これ以上、何も望むことが無い。それくらい温かい空間だった。

 こんな善意、彼女は知らない。
 だけど、なんとなく、分かることがある。

 みんなが期待している。
 ミーコを応援してくれている。

 どうして?
 彼女には、それが分からない。

 感謝の気持ちはある。
 応えたい。返したい。

 ただ、やり方が分からない。
 だから彼女は何も言えなくなった。 

:わたくしの自分語りを聴いてください。

 やがて、ひとつのコメントが投稿された。
 それは数多くあるコメントのひとつだった。他の生徒達もまた、急に沈黙したミーコを心配するような言葉を次々と投稿しているからだ。

:わたくしは、とある芸能活動をしておりました。

 だけど、そのコメントはミーコの目に留まった。

:昔からの夢だったのです。
:本当に嬉しくて……でも、何も知らなかった。
:噓ばかりの記事を書かれ、私の芸能生活は終わりました。
:毎日、誹謗中傷の言葉が届きます。
:住む場所を三度も変えました。
:その後、ずっと、ネットの世界で生きています。

 ぽつり、ぽつり、投稿されるコメント。
 顔も知らない相手による突然の自分語りなど、普通は全く興味が無い。

 だけど、少しずつコメントの勢いが弱まった。
 ミーコと雑談をする時みたいに、訓練された生徒達が、何かを察し始めた。

:ある日、ミーコと出会いました。
:夢に向かってひたむきに走る姿に惹かれました。
:その姿を見ていたら、わたくしも、もう一度、前を向ける気がしました
:目標の百万人は、まだ先でしょう
:みせてください
:あなたは、前だけを見てください

『……それが、わたくしの望みです』

 彼女は、無意識にそのコメントを読み上げていた。
 
:俺もミーコに元気を貰ってる
:RTAチャレンジ、諦めない姿に感動した!

 一人、便乗した。

:そういえば目標は百万人だったな
:お兄ちゃんを安心させたいんだっけ?
:こんな大会は通過点や。気楽に行け

 一人、二人、また一人。
 
:次のミーコをみせてくれ

 彼女は咄嗟に鼻と口をふさいだ。
 息を止め、未知の感情を必死に堪えた。

 その間にもコメントは止まらない。
 ほんの数ヵ月、されど数ヵ月。十年以上の間、同じ場所に固定されていた心と体を引きずって、ひたむきに走り続けた結果が、そこにあった。

 鋭く息を吸う音がした。
 彼女は顔を上げ、生徒達に告げる。

『本番! 明日!』

 彼女は感情を呑み込むことに成功した。
 だから、お腹に力を込めて、前を向いた。

:日付変わる? 変わらない?

 お約束となったネタ。
 迅速に、あるいは脊髄反射で投稿されたコメント。

『変わらない!』

:おっ、今回は宣言した
:寝る準備しちゃったわ

『寝ろ!』

:結局www
:寝ます
:はい
:流石に寝坊できんからな

『……すぅぅぅ』

 ミーコ、再び息を吸い込む。

『見てて!』

 そして、たった一言に、全部の想いを込めた。
 


 ――予選、開幕。
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