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第16話 コラボ配信

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『うい~、ちゃんと聴こえてるかな?』

 午後九時、新見にいみ真希まきは配信を始めた。
 彼女が視聴者に呼びかけると、直ぐに「おk」などのコメントが投稿される。

 現在の視聴者数は約800人。
 まだ配信開始直後の数字であり、2000人程度までは増える見込みだ。

『おっけー、んじゃ、今日は告知した通りコラボやるよ』

 四年間の活動歴は伊達ではない。
 しっかりとファンを増やし続けており、彼女自身の配信能力も向上している。特に肩の力が抜けたその軽い喋り方からは、ベテランの風格が感じられる。

『聴いて? ウチ、めっちゃビックリした。コラボする時ってさ、まずほら、環境が壁になるじゃん? 私このソフトしか使えません。みたいな。今回の相手、まさかの自作。お兄ちゃんが作ってくれたんだって。ヤバくない?』

 それは、どこまでも自然な言葉だった。
 頻繁に会う友達と世間話をする時みたいな感じである。

『しかもメッチャ性能良いの。思わずお金払っちゃったよね。心の中で。ウケる』

 だからこそ、普通ではない。配信という特殊な環境でありながら、視聴者に「普通の会話」だと錯覚させる程の技術を持っているのは、極一部の存在だけだ。

 彼女には、それがある。その技術があるからこそ、新人を紹介するだけで20万人以上のファンを集めることができた。

『今回の子、ほんと可愛くてさぁ……いや、いつも同じこと言ってるけどね? でも今回は、ほんとレアケースで、なんかもう……うへへ、尊い』

:結局いつもと同じで草
:配信を続けるほど語彙力が減る女
:^q^
:わくわく
:^q^
:涎が出てそうな声ほんとすこ
:^q^

 コメントが流れるスピードは、ミーコの配信とは比較にならない。
 単純に視聴者が多いことも理由のひとつだが、それ以上に「^q^(涎が出てそうな顔)」などの定型文が確立されているからである。

 自分で考えてコメントするよりも、適切なタイミングで定型文を投稿する方が簡単である。また、複数人が同じコメントを投稿することで一体感を味わえる。

 要するに、この配信に参加している者達は、慣れている。
 目の肥えた視聴者達の元に、いきなり新人を投入するのは酷だ。

『今日の配信が始まる直前に、メールが届いたんよ。要約すると、今日はよろしく。マジでコミュ障だから、急に黙ったり、引きこもったりするかもだけど、決して悪意は無いッス。仲良くしましょう。こんな感じ』

 新見にいみ真希まきは、それを理解している。
 だから、そのハードルを下げるため、こうして前振りをしている。

『んきゃわぁぁぁゆぃぃぃいっひぃぃぃぃ!』

:い つ も の
:^q^
:壊れたwww
:草
:^q^
:引きこもったりする???

『お姉さんに任せてえぇぇぇぇぇぇぇぇ!』

:声遠くて草
:^q^
:固まったw
:動かないwww
:安定の変態
:wwww
:戻ってこーいw

『はぁ……はぁ……呼ぶね?』

:今は一番ダメだろwww
:^q^
:ちょっと待てw
:呼吸整えろwww
:草
:^q^
:新人ちゃん、強く生きて……

 インターネットが登場した初期のころは、キャラクターと演者を分けて考えることが一般的であった。しかしVtuberの視聴者は演者の存在に肯定的である。

 演者が席を外し、カメラが顔などを認識できなくなると、アバターは硬直する。
 要するに真希は、カメラの前から移動して、愛を叫んだのである。視聴者達はその行動を想像して草を生やした。訓練された視聴者は自我を生贄に捧げることで幻覚を見る能力を手に入れることができるのだ。

 視聴者の目は肥えている。
 だからこそ、しっかりと場を温めてから、真希は言う。

『これから紹介する期待の新人は……この人です!』

 瞬間、配信画面が真っ白になる。
 まずは左側に新見にいみ真希まきが現れ、そして右側にミーコが現れた。

:かわいい!
:あー! この子か!
:いらっしゃあああああい!
:きたわね^q^
:かわいい
:ねこ!
:魂も知らない肉体の子だ!

『音、聴こえる?』

 歓迎のコメントが流れる中、真希は言った。
 ミーコのアバターは動いているが、返事は無い。

『あれ? ウチの声、大丈夫だよね?』

:聴こえてるよー
:かわいい
:新人ちゃんどうした?
:真希さん涎拭かないから
:怯えちゃった……

『マイクのトラブルかな?』
 
 真希は呟き、ラインを使って連絡を取ろうとした。
 その瞬間──

『こんにちは!』
『うぉっ、はい、こんにちはァ!』

:元気の良い店員かな?
:草
:声かわいい!
:良いマイク使ってるね
:ガチ驚いてて草

『ミーコです!』
『はーい。真希でーす。今日は、ありがとね』

 何も無い背景をバックに二人は会話する。
 それだけでも見栄えが良く感じられるのは、Vtuberの特権だろうか。
 
『んじゃ、改めて紹介するね。彼女はミーコ学園の生徒かつ理事長かつ校長先生かつ創設者のミーコだよ。今日は留学生として、真希学園に来てくれました。拍手~!』

:88888888
:88888
:真希学園wwww
:8888888888888
:8888888888
:かわいい
:88888888
:肩書き多くて草
:え、学園のあれこれ全てワンオペしているミーコが留学ですか?
:8888888888
:888888
:88888888888888

『好きな食べ物はおにぎりです!』
『あははっ、自己紹介続いてた』

:なにわろてんねん
:不思議ちゃんか?
:かわいい
:おにぎりwww

『嫌いな食べ物はパンです!』

:パン!?
:パン!?
:なんで!?
:パン嫌いな人おるの!?
:アレルギーか?
:パン!?

『……』

 ミーコは沈黙した。
 会話のレパートリーが尽きたからである。彼女は今日までの数日間で練習した全てを出し切ったのだ。その事実を知らない真希は、普通に会話を続ける。

『自己紹介ありがと。パンが嫌いとか珍しいね』
『……ぁぃ』

:声ちっさwww
:かわいい
:変態の圧
:^q^

『えっと、ミーコって呼んでも大丈夫?』
『……ぁぃ』

 ミーコは、とてもがんばった。
 しかし、ほんの数日で「克服」することはできなかった。

 逃げたい。逃げたい。逃げたい。
 誰も見てない狭い部屋の中で、彼女は不安や恐怖と必死に戦っている。

『えへへ、やったぁ。ミーコ、ウチのことは真希って呼んでね』
『…………』

 限界は、あまりにも近いところにあった。

『んにゃ? マイク切れちゃったのかな?』

 ミーコは気力を使い果たした。
 もはや一言も喋ることはできない。

 しかし配信は始まったばかり。
 ここで逃げだすことはできない。

 どうしよう。どうしよう。
 パニックに陥る。呼吸が荒くなる。

 ──だが、

『!?』

:!?
:!?
:!?!!?
:かわいい
:!?
:!!!?!?

 ──当然、この状況は予想できた。
 だから彼は、あらかじめ逃げ道を用意していた。

 は大きく息を吸い込む。
 そして、とっておきの言葉を叫んだ。

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