上 下
11 / 68

第10話 魂も知らない肉体

しおりを挟む
『おっはろ~!』

:おはー
:深夜なんだよなぁ

 チャレンジが失敗した翌日。
 ミーコは今日も元気に配信を始めた。

『聞いて!』

:おっ?
:なんだなんだ?

『今朝の配信、なんか人いっぱいだった!』

:おお!
:何人くらい?

『百人くらいおった!』

:草
:すごくない?

『たまたまフォロワーが全員集合したのかな?』

:ミーコ嬉しそう
:そんなことあるか?

 ミーコのチャレンジは失敗した。
 しかし、フォロワーが増えたことは事実である。

 塵も積もれば山となる。
 寿命が先か、百万人が先か。

 そんな名言、あるいは迷言を口にして。
 昨夜、ミーコはいつも通りの笑顔で活動継続を宣言した。

 そして有言実行。
 ミーコは今日も元気に活動を継続した。

『今日を記念日にしよう』

:ミーコ、ツイッター見てない?

『見てないけど?』

:見ろ!

『やだ!』

:_| ̄|○ ガックリ

『ヌヒヒッ、それ久し振りに見た』

:キタ――(゚∀゚)――!!
:苧麻何之ミーコくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」

『なになに、どゆこと?』

 ミーコは混乱した。
 こんな反応は見たことがない。

『ツイッター?』

 は首を傾ける。
 とりあえず、兄特製のツールを起動した。

『おわっ、なんか通知多い!』

:呑気かw
:ミーコお兄様のツール使ってる?
:ブラウザ! ブラウザ!

『んえー、なになに、どゆこと?』

:んえー
:んえー
:んえー
:んえー

『ヌヒヒッ、謎の一体感やめろ』

 彼女は肩を揺らし、ブラウザを立ち上げた。
 それからマウスカーソルをショートカットに合わせる。

 あとは指先に力を込めるだけ。
 だけど彼女はその寸前になって動きを止めた。

『……怖いことないよね?』

:めっちゃ怖い
:腰抜かす
:泣いた
:はよ! はよ!

『むー』

 彼女はパソコン画面を共有した。

『お前ら道連れな』

 カチッ、と音が鳴る。
 コンマ数秒の読み込み時間を経て、ミーコのプロフィールが表示された。

 彼女は目を細め、フォロワーの部分を見た。
 18──

『んぉ! 一クラス分くらい増えてる!』

:一クラス??
:ミーコ桁間違えてないか?

『桁?』

 彼女は目を擦る。
 それから、もう一度だけ数字を見た。

 1892。
 
『……』

:どした?
:フリーズした?

『……』

:ミーコ?
:驚き過ぎてケーブル抜けたか?

『……』

:何か聴こえるかも?
:息遣い?
:エッチだw
:マジ? ボリューム上げるわ

『んぉぇぇぇぇぇぇ!?』

:!?
:でっか
:やっと気づいたか
:驚き過ぎてヘッドホンのケーブル抜けたわ

『……』

:どした?
:またフリーズ?

『んぇっ!?』 

:時差
:草

『なにこれ、なにこれ、なにこれ!? お前ら何かした!?』

:してない
:分かんない
:した
:ちょっと待って今ボリューム下げてる

『はい見つけた! した!? 何したの!?』

:DM送った

『ディエィム!』

:このテンションすこ
:かわいい

『動画ァァァア!』

:勢い草
:かわいい

『見覚えのある猫ォ!』

:猫ォ!
:猫ォ!
:猫ォ!
:猫ォ!

『再生したァ!』

:これもうコメント見てねぇなw
:こんなミーコ新鮮かも

 かくして、動画が再生される。
 普段ゲームをプレイする時は雑談を交えるミーコも、この時ばかりは無言だった。その集中した雰囲気はリスナーにも伝わり、コメント欄も沈黙した。

 それは、いわゆる切り抜き動画だった。
 ミーコのリスナーが投稿した動画であり、その人物は有名Vtuberの切り抜き動画を投稿することで生計を立てている。

 切り抜き動画とは、長い動画を編集し、要点だけを抽出したものである。ただし、単なる要約ではない。文字やエフェクトの追加による演出力、面白い場面を取捨選択するセンス、そして時には過去の動画を引っ張り出し、「その場面がどうして面白いのか説明するテクニック」、さらには誰よりも速く投稿するスピードが求められる。

 そのリスナーはミーコの配信を全て保存していた。
 単なる癖であり、切り抜き動画を投稿する意図は無かった。

 理由は、再生数を稼げないから。
 慈善事業ではなく、明日を生きる金銭を稼ぐ為に動画を作っているのだ。暇つぶしに見ているマイナーな存在の為に、わざわざ行動するわけがない。

 しかし、そのリスナーは動画を投稿した。
 きっかけは昨夜の配信。ミーコと過ごした数ヵ月の間に醸成された感情が、たった一度の「気まぐれ」に繋がったのである。


【期待の新人】一ヵ月でフォロワー千人チャレンジ、結果発表の瞬間が一生推せると話題に【個人勢】【ミーコ】


『第一回、ミーコを人気者にする方法を考える会、始まるよ~!』

 動画はミーコの台詞(1.3倍速)で始まった。
 映像にはミーコが用意した六枚の猫だけが使われている。それはミーコ自身が投稿した動画と同じ形式だが、クオリティは別次元と呼べる程に高い。

『ミーコ、お兄ちゃんみたいになりたい』

 時系列は、あえて変更されている。

『お兄ちゃんは、いっつもミーコのこと優先してくれるの』

 最も「おいしい」部分が切り抜かれ、編集されている。
 もちろんミーコの発言だけではなく、リスナーのコメントも拾われている。

『だから、有名になりたい。
 心配しなくても大丈夫。お兄ちゃんの幸せを優先してもいいんだよって伝えたい』

 投稿者がミーコと共に過ごした数ヵ月。
 それが、僅か八分間の動画に凝縮されている。

 無邪気にゲーム配信をする姿。
 たまーに真面目なことを話す姿。
 フォロワー千人を目指して一生懸命にがんばる姿。

『結果発表~!』

 そして昨夜の配信。158という数字が開示された瞬間の、お通夜みたいな雰囲気が、計算された演出によって完璧に再現されている。
 
『……すごい
 すごい。すごい。すごい。すごい』

 その言葉を耳にした瞬間の衝撃が、これ以上は無い程に表現されている。
 もちろん動画を見た全ての人に伝わるわけではない。そもそも、動画の再生数が他の有名なVtuberと比較にならないほど少ない。

 しかし、少なくとも千人以上の人物がミーコに興味を持った。
 数字を見れば大した結果ではない。だけど、決して簡単なことではない。ミーコの知名度を考えれば奇跡的なことである。それだけの熱量が、動画に込められていた。

 ならば、本人はどう思うだろうか。
 その動画を見たミーコは、どのような反応をするのだろうか。
 奇跡の「手伝い」をした張本人は、その瞬間を心待ちにしていた。

 ──動画が終わる。
 自動的に次の動画が始まり、広告が再生された。

 ミーコは沈黙していた。
 コメントも流れない。皆がミーコの言葉を待っている。

 一分、二分と時間が流れる。
 やがてミーコがぽつりと声を出した。

『……ごめん、なんも言えない』

 ミーコは笑った。
 その後、鼻をすする音がした。

『何これぇ!?』

 やけくそ気味な絶叫。

『顔あっつ! はっずぅぅぅ!』

 何も考えず、パッと頭に浮かんだ言葉を叫んでいる。

『ミーコもうお嫁に行けない!』

:草
:俺が貰ってやんよ
:ごめんなさい。あなたみたいな弟はいらないです
:お兄様ガチ勢は何目線なんだよw

『わぁぁぁぁぁあああああああああ!』

 ミーコは叫んだ。
 その感情を言葉にする語彙を知らないから、ひたすらに絶叫した。

:ミーコ、ママに連絡したら?
:そうじゃん。それそれ

『……良いのかな?』

:一日遅れなら誤差やろ

『……そうじゃなくて』

:どした?
:どゆこと?

『……これ、ズルくない?』

 ミーコの言いたいことは直ぐに伝わった。
 こんなの奇跡だ。たった四人のリスナーの中に「一流の切り抜き動画職人」が存在したなんて偶然、そうそうあるわけがない。

:どうも、リスナーガチャSSRです

 しかしミーコを否定する声は無い。

:まぁ人生こんなもんやろ
:これは調整なんだよミーコ。今まで外れを引き続けた分、確率が収束してるだけ

『でも……うぅぅぅ……でもぉぉぉ……』

:うるせぇ!

『ひどぉ!?』

:ゴールは百万人だろ!

『……っ』

 彼女は息を止めた。
 その瞳に、次々と温かいコメントが映る。

:ミーコがんばって!
:ここからここから!

 ミーコは再び唸り声を出した。
 そして──

『送ったァ!』

:よくやった!
:返事いつ来るかな?
:流石に明日以降だろ。深夜だし

『返事ギダァ!』

:こっわ
:徹夜勢か?
:ママ……

『もう投稿してあるっデェ……!』

:ふぁっ!?
:どれ?
:URL! URL!

『これぇぇぇ!』

 もはやミーコは呂律が回っていない。
 ぐすんぐすんと泣きながらパソコン画面を共有して、とあるツイートを表示した。

 ミーコ。
 たった一言の文字と共に、猫耳少女が投稿されている。
 
:待ってこれ解釈一致過ぎてヤバい
:ママまじもんの大物やんけ
:お兄ちゃんのコネやばすぎんよぉ

『魂も知らない肉体ィィィ!』

:草
:草
:魂も知らない肉体wwww

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

:情緒めちゃくちゃw
:今夜も最高に楽しいw

 それからのこと。
 ミーコは人間の言葉を喋れなくなるまで配信を続けた。

 その様子はバッチリと切り抜かれ、「超大物」と評されたママが反応したことで、軽いバズを引き起こした。

 翌日、またしてもは号泣配信をすることになる。
 しかし、これだけの奇跡を重ねても、目標である「百万人のファンを集めること」には遠く及ばない。彼女のニューゲームは、まだ折り返し地点にも到達していない。

 たった一人、自分を支えてくれた兄に「もう大丈夫だよ」と伝えるため、弱いまま歩き始めた彼女は──今、やっと、スタートラインに到達したのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

[完結]飲食店のオーナーはかく戦えり! そして下した決断は?

KASSATSU
現代文学
2020年、世界中を襲った感染症。主人公が営む居酒屋も大打撃を受けた。だが、家族のため、従業員のため仕事を守らなければならない。全力を挙げ経営維持に努める中、主人公が体調を壊す。感染が疑われる症状が出たが、幸いにも陰性だった。その直後、今度は腰を痛める。2度続いて経験した体調不良に健康の大切さを肌で感じた。その経験から主人公は一大決心をする。その内容とは・・・。責任者としての心の苦悩をリアルな時代背景の下、克明に綴っていく。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

処理中です...