マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

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第1話 弱くてニューゲーム

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『お前らさー、人生ガチャで何が一番強いと思う?』

 彼女は個人Vtuberのミーコ。
 生配信の視聴者数が一桁のマイナーな存在である。

『兄、兄、兄……ヌヒヒッ、それな!』

 現在の視聴者数は四人。
 少ないながらも熱心なファンが多く、配信中はコメントが途絶えない。

『ミーコって親ガチャとか友ガチャとか自分ガチャとか大事なガチャ外しまくりだけどさ、兄ガチャだけは大当たりなんだよね』

 少し大人びたハスキーな声。
 ミーコはアバター越しでも笑みを浮かべていることが分かるような声で言う。

『お兄ちゃんは頭が良くて、年収は一千万以上で、家事は全部やってくれて、しかもミーコのこと甘やかしてくれるの♡』

:相変わらずの非実在お兄ちゃん
:ミーコの妹に生まれたいだけの人生だった

『実在しとるわ! あと妹枠はミーコだけですぅ!』

 ミーコは全てのコメントに返事をする。
 これは視聴者が少ないマイナーVtuberにしかできないことであり、熱心なファンが多い理由でもある。

 現在、ミーコはノベルゲームをプレイしている。画面をクリックしてストーリーを読み進めるだけの単純なゲームである。

 ゲームの主人公はアラサーの女性。
 親ガチャを外したことで性格が歪み、高校を中退してから引きこもり生活を続けているという設定だった。

『なーんか他人に思えないんだよね』

:草
:ミーコはアラサーだった?

『……この女、私に似てるな?』

:俺はキリトに似てる
:私は八幡に似てるかも

『おじいちゃん、インターネット老人会は他所ですよ』

 ゲームの内容はとても重い。
 しかしミーコと視聴者の掛け合いによって、配信は明るい雰囲気で進行した。

 だが、その雰囲気はゲームの中に伝わらない。
 物語のラストは主人公の自殺という内容だった。

『……えぇぇ』

:後味わっる
:同人ゲーあるあるやな

 配信に暗い空気が漂う。
 ゲームから聞こえる切ないピアノの音色だけが流れていた。

『お兄ちゃんが居なかったら、私もこうなったのかな』

 ミーコは誰にも聞き取れないくらいに小さな声で呟いた。
 その直後、いつもの明るいトーンで言う。

『ミーコ有名になりたい!』

:急にどうした
:露骨な話題チェンジ

『ミーコ、どうやったら有名になれるかな?』

:コラボとか?
:お兄ちゃんが切り抜き動画をバズらせる
:ミーコは今のまま細く長く続けてくれ

『コラボは無理。ミーコ、コミュ障だから。切り抜きは有りだよね。お兄ちゃん配信とか観ないけど。最後は論外』

:論外www
:非実在お兄ちゃんならイケるイケる
:ミーコ、なんで有名になりたいの?

『有名になりたい理由かぁ……』

 ミーコは声のトーンを落として言う。

『ミーコ、お兄ちゃんみたいになりたい』

 それは珍しく真剣な声だった。

『お兄ちゃんは、すっごい努力家なんだよ。ミーコと一緒で親ガチャ大外れなのに、自分の力だけで成り上がったの。なろう小説の主人公みたいに』

:お兄ちゃんは転生者だった?
:ミーコなろう小説とか読むのか

『お兄ちゃんは、いっつもミーコのこと優先してくれるの。だから……心配しなくて大丈夫だよ。お兄ちゃんの幸せを優先してもいいんだよ……って、伝えたい』

 ミーコは強い意志を感じさせる声で、視聴者に向かって夢を語った。
 その声は聞くだけで分かる程に震えていた。実際に、この言葉を口にするだけで、とてつもない勇気を振り絞っていた。その緊張は声を震えさせ、とても大きな想いがあることを視聴者に伝えた。

『だから、有名になりたい』

 普段は即座にコメントが流れる。
 しかし、この時ばかりは僅かな間が空いた。

:健気過ぎる
:兄妹愛最高かよ
:ミーコ泣いてる?
:バズったら俺が出資して映画作らせるわ

『最後のやつ言ったな? 魚拓取るぞ』

:この配信魚拓とか無いだろw
:とりまスクショした
:登録者数100万人超えたらマジで良いよ

『お前マジで覚えとけよ。絶対100万人超えてやるから』

 まるで冗談を言い合ったような雰囲気。

 だけど、それは本気だった。
 現実から逃げて逃げて逃げ続けたが、初めて立ち向かうことを決意した。


 ──十年前。
 当時の彼女は高校生だった。


 選んだのは女子高。
 友達に合わせて進学した。

 あるとき友達と喧嘩した。
 学校に居づらくなった彼女は、逃げた。

 逃げて逃げて逃げ続けて──
 気が付いたら惨めなヒキニートだった。

 彼女の人生は詰んでいる。
 当たり前のことだ。十年も逃げ続けたのに、普通の人と勝負して勝てると思う方がおかしい。普通の人は成長しているのに、彼女は弱いままなのだから。

 やり直したい。アニメやゲームみたいに、幼い頃に戻りたい。そしたら今度は逃げないのに。絶対に本気で立ち向かうのに。今よりずっと、幸せになるのに。

 だけど時間は戻らない。目が覚めたら異世界でした、なんてことも無い。
 彼女の未来にあるのは、過去を悔やみながら生きる惨めな余生だけなのだ。

 そのはずだった。

 兄だけが、彼女を見捨てなかった。
 ヒキニートになった彼女を両親さえも諦めたのに、兄だけは彼女が再び前を向いて歩きだすことを信じ続けていた。

 彼女が大人になって直ぐに両親が他界した。
 東京で生活していた兄は実家を売り、彼女を引き取った。

 ある日、兄は言った。

「何か、やりたいこと、ある?」

 ぎこちない問いかけ。
 彼女は俯きがちに言った。

「……ちやほや、されたい」

 こうして、ミーコが生まれた。

 彼女はミーコを通じて数年振りに人と話をした。
 相手の言葉は文字だけなのに、楽しくて仕方がなかった。

 楽しいと思った分だけ兄に感謝した。
 兄に感謝した分だけ罪悪感を覚えた。

 自分は兄の負担になっている。
 だから……だから、この夢を持った。

 100万人のファンを集めて、お兄ちゃんに「もう大丈夫だよ」って伝える。

 絶対に無理だと思う。
 だってミーコはクソ雑魚だから。

 でも、そんなの諦める理由にはならない。
 弱い人は挑戦しちゃダメなんてルールはどこにもない。

 つまりこれは、そういう物語。
 強くなった後で新しい挑戦をすることが「強くてニューゲーム」なら、これは真逆の物語。これから始まるのは、逃げて逃げて逃げ続けた彼女の全く新しい挑戦──

 マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム。
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