異世界帰りの元陰キャ、今は淫キャ

下城米雪

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3-3.生贄の巫女

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 私はお母さんの顔を知らない。
 私が生まれた日に喰われて死んだからだ。

 比喩ではない。
 お母さんは人を喰らう妖怪の贄となった。

 時は千年ほど遡る。
 その頃、今では童話の中でしか目にしないような存在──餓鬼や河童、鬼などの妖怪が現世を闊歩していた。

 妖怪は人よりも遥かに強い。
 しかも口から火を噴いたりもする。

 これに抗ったのは陰陽師。
 彼らは呪術を用いて悪鬼羅刹を祓った。

 陰陽師は強かった。
 奴が現れるまでは、常勝無敗だった。

 大妖怪、白狐びゃっこ
 七つの尾を持った美しい狐。

 白狐は女だけを喰らった。
 男には全く興味を示さず、白狐に襲われた村には男しか残らない程だった。

 並の陰陽師では傷ひとつ付けられない。
 当時、五本の指に入ると言われた陰陽師さえも白狐の前では赤子のような扱いだった。

 例外は、ただ一人。
 名は羽柴はしば与一よいち。私のご先祖様である。

 彼は白狐を退け続けた。
 しかし互いに命を取るには至らず、戦いは二十年も続いたそうだ。
 
 人と妖怪の寿命は違う。
 永遠を生きる白狐は、与一の死を待つことにした。

 晩年の与一は白狐が住む幽世かくりよへ向かった。
 老いた彼は、それでも白狐を圧倒する程に強かった。

 しかし決着は付かなかった。
 白狐は防戦一方だが、与一もまた、守りを固めた白狐を討ち取れない。

「提案がある」

 白狐は言った。

「娘の命と、その他の命。好きな方を選べ」

 足りぬ。と与一は言った。

「貴様が人を護れ。あらゆる妖怪を幽世から出さぬと誓うならば、我が娘をくれてやる」
「良かろう」

 白狐は首を縦に振った。
 しかし直ぐに裏切る腹づもりだった。

 無論、与一は白狐の真意を見抜いた。故に自らの命を代償とした呪術で白狐を縛った。

 白狐は「娘」以外の人を喰えなくなった。
 そして現世と幽世を繋ぐ扉の門番として、その場から離れられなくなった。

 白狐は考えた。
 この娘が最後の肉。それは実に惜しい。

 ならば増やせ。
 孕ませ、育て、それを喰らうのだ。

 ──かくして、生贄の巫女が生まれた。

 幽世で子を産み、現世に届ける。
 それから幽世へ戻り、喰われる。

 これを繰り返す。
 何世代にも渡って喰われ続ける。

 最初の五十年は多くの者が涙した。
 しかし当時を知る者が死に絶えた後、それはただの作業となった。

 先祖から引き継いだ「実在するか否かも分からない妖怪」の脅威から人々を護るため、巫女を差し出す。

 そのような伝統が千年も続いたのは、徹底された教育の賜物──などではない。

 呪いの影響である。
 白狐は、巫女だけではなく、彼女の世話を命じられた一族に強力な呪いをかけた。

 巫女の世話を最優先する。生贄に疑問を抱かない。必ず子を作り、役目を継承する。

 一千年の時を経ても続く呪い。
 しかしそれは、徐々に弱まっている。

 なぜならば。
 今代の巫女である私は、死にたくない。

 生きたい。
 天寿を全うしたい。

 大学生になってサークルでウェーイってやりたい。就活で苦労したい。友達と一緒に会社の愚痴を言い合ったりしたい。恋をして、普通の家族が作りたい。子供の成長を見届けたい。

 御子柴彩音は求めている。
 狂おしい程に、普通の人生が欲しい。

 しかし何もできない。
 この体に流れるヒトの血が白狐の恐ろしさを教えている。

 あれが現世に出たら人は滅ぶ。
 あれは、現代の軍隊を軽々と滅ぼせる力を持っている。

 この体に流れる妖怪の血が、終わりの日を教えている。
 羽柴与一が遺した呪術の効力は健全なれど、白狐がそれを凌駕しようとしている。

 多分、あと百年くらい。
 
 私は抗う術を探し続けた。
 先祖が遺した文献を読み解き、呪術を学ぼうとした。

 しかし呪いが邪魔をする。
 何度繰り返しても呪術を覚えられない。

 数ヵ月前、夢を見るようになった。
 それは「巫女」の記憶。白狐に孕まされ、子を産まされ、喰われ続けた記憶。

 並の人間ならば鬱になることだろう。
 しかし私にかけられた呪いは、その恐怖を快楽に変えた。

 まもなく白狐に会える。
 彼の手に抱かれ、その一部になれる。

 なんて、幸せなのだろう。
 ──とか思わされる呪い超怖い!

 私は誓った。
 可能性がゼロになる瞬間までは、生きる道を探し続ける。

 タイムリミットは十七歳の誕生日。
 つまり、今日である。
 
 そんな日に私は──
 彼と入れ替わったのだ。
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