36 / 41
最終章 カノジョの選択
発表練習にゃん
しおりを挟む
春樹さんの真意は一晩かけても分からなかった。
理由は多分ふたつある。
ひとつはヒントが少ないこと。
もうひとつは──彼のことを考える度に、あの瞬間が頭に浮かぶこと。
いつもの帰り道、私を見て「好きだよ」と言ってくれた瞬間に、語感が受け取っていた情報すべて。
おかしい。おかしい。
普通の恋愛なんて諦めてたのに、もっと大胆なことだってしたのに、今さら初恋みたいにドキドキしている。
まあ初恋なんですけどね!
こほん。冷静になりなさい。
これは春樹さんからの挑戦状です。
なぜ、急に優しくなったのか。
あれだけ引きずっていた優愛さんよりも私を優先することにした理由は何か。
喧嘩した?
それは無い。二人の関係は先週よりも良好に見える。
二人で私を陥れようとしている?
これも無い。優愛さんだけならばともかく春樹さんは絶対にそんなことしない。それに私は悪意に敏感だから、もしもそうならば今みたいに悩んでいない。
頭から湯気が出そう。
こんなにも悩んだのは幼い頃に難解な小説を読んで以来だ。
登校中、私は溜息を吐いた。
ふと視界の端に猫が映り込む。
なんとなく目が合った。
猫は私をじっと見た後、にゃんと鳴いた。
「……気楽で良いですね」
一瞬だけ猫になりたいと思った。
確かに、そう思ったけども──
「絶対に嫌です!」
午後の授業、グループワークの時間。
カメラの前で発表練習をしていた私は、久々に大きな声を出した。
「えー、有りだと思うけどな」
春樹さんが本気で不服そうな声を出した。
「ありえません! 絶対にいたたまれない空気になります!」
私は再び大声で言った。
数分前のこと。
発表資料の仕上げとして、プレゼンの練習をすることになった。
方法は動画を撮ること。
少し恥ずかしいけど、実際に喋っている姿を三人で確認すれば、より良いアイデアが出るかもしれない──という春樹さんの意見を聞いて、私は納得した。
その結果、
「なんかちょっと硬い印象があるかも」
優愛さんが呟いて、
「語尾に『にゃん』って付けてみるとか?」
春樹さんが提案した。
「絶対に嫌です!」
私はそれこそ猫みたいにフシャーと息を荒げて否定した。
しかし春樹さんは食い下がる。意地でも私を猫にしたい様子だった。
「そこまで言うのなら春樹さんがやってみてください!」
「いいよ」
え?
「優愛、カメラよろしく」
「りょ」
ぁぇ?
「えー、それではチーム輝夜にゃんと愉快な仲間達による発表を始めますにゃん」
「それやめてって言ったじゃないですか!?」
声が裏返った。
「輝夜にゃん」
「優愛さん!」
大きな声を出して彼女を咎める。
恥ずかしい。そして忌々しい。たった一度の過ちに苦しめられるなんて……!
「前から気になってたんだけど、なんで輝夜にゃんなの?」
「春樹さん!」
私は説明を求めるつもりで言った。
保護猫カフェに行った時、私は彼に忘れてくれと頼んだ。しかし優愛さんは「前から気になってた」と発言した。つまり私が居ないところで話題に上がったということだ。春樹さんが私の話をしてくれて嬉しい──違う! そうじゃなくて!
「身に覚えがないにゃん」
「ふざけないでください!」
出したことの無い声が出た。
「輝夜ちゃん、そんな風になるんだね」
優愛さんの笑い声。
私はハッとして、唇を嚙んで俯いた。
「……忘れてください」
落ち着いて呼吸を整える。
私は少し考えて、自分が浮かれているのだと判断した。
だって、嬉しくないわけがない。
疑問は残っているけれど、春樹さんに好きだと言われて、舞い上がっているのだ。
「……」
ふと優愛さんを見る。
そこには、私がずっと遠くから見ていた表情があった。
教室。あるいは学校付近。
制服を着た人達が集まって、ケラケラとくだらない話で笑い合う光景。私とは無縁だと思っていたそれが、目の前にある。
(……聞きたい)
優愛さんは、なんだか吹っ切れた様子だ。
あまりにも自然で、むしろ不気味に思える。
(……日曜日、何を話したのでしょうか)
何もなかった訳がない。
二人の関係は、その程度じゃない。
「輝夜にゃん、優愛にゃんとツーショットならどう?」
「……」
思考中断。
私は春樹さんを睨み付けました。
「面白そう! やってみようよ!」
「……え、ちょっ」
優愛さんに手を引かれる。
春樹さんがスマホのカメラを構える。
「それでは、輝夜にゃんと愉快な仲間達の発表を始めますにゃん」
「だからそれやめてくださいってば!」
まるで普通の高校生活だ。
きっと受け入れてしまえば楽になれる。楽しくなれる。
だけど私は、楽観的な性格ではない。
結果には必ず原因がある。
ある日、突然に幸せが降ってくるなんて、本の中にしかない話だ。
ライトノベルならば、きっと主人公は幸せになれる。
だけど純文学の場合は──大抵、大きな不幸の前触れなんだ。
どっちかな?
私の人生は、どっちなのかな?
「輝夜にゃん、一回だけ! 頼む! ほんと、一回だけだから!」
「……目的、変わってませんか? 発表練習ですよね?」
冷静な自分と、舞い上がる自分が同時に存在している。
「私も輝夜にゃん見てみたいなぁ」
「……もぉ~!」
ほんの数日前、三人の関係は歪だった。
今はどうだろう。客観的に見て、普通の高校生だ。
「……一回だけ、ですよ?」
だけど私には、以前よりもずっと、歪に思える。
「……発表練習を、始めますにゃん」
「はぅっ!?」(春樹)
「んゅっ!?」(優愛)
「どういうリアクションなんですかそれ!?」
時間だけが、以前と変わらず流れている。
未だ影も形も見えない終着点へ、私を導こうとしている。
愉快な時間。
表面的な私がワイワイ騒ぐ一方で、裏側の私は、まるで小説の主人公みたいに、心の奥底でモノローグを語り続けていた。
理由は多分ふたつある。
ひとつはヒントが少ないこと。
もうひとつは──彼のことを考える度に、あの瞬間が頭に浮かぶこと。
いつもの帰り道、私を見て「好きだよ」と言ってくれた瞬間に、語感が受け取っていた情報すべて。
おかしい。おかしい。
普通の恋愛なんて諦めてたのに、もっと大胆なことだってしたのに、今さら初恋みたいにドキドキしている。
まあ初恋なんですけどね!
こほん。冷静になりなさい。
これは春樹さんからの挑戦状です。
なぜ、急に優しくなったのか。
あれだけ引きずっていた優愛さんよりも私を優先することにした理由は何か。
喧嘩した?
それは無い。二人の関係は先週よりも良好に見える。
二人で私を陥れようとしている?
これも無い。優愛さんだけならばともかく春樹さんは絶対にそんなことしない。それに私は悪意に敏感だから、もしもそうならば今みたいに悩んでいない。
頭から湯気が出そう。
こんなにも悩んだのは幼い頃に難解な小説を読んで以来だ。
登校中、私は溜息を吐いた。
ふと視界の端に猫が映り込む。
なんとなく目が合った。
猫は私をじっと見た後、にゃんと鳴いた。
「……気楽で良いですね」
一瞬だけ猫になりたいと思った。
確かに、そう思ったけども──
「絶対に嫌です!」
午後の授業、グループワークの時間。
カメラの前で発表練習をしていた私は、久々に大きな声を出した。
「えー、有りだと思うけどな」
春樹さんが本気で不服そうな声を出した。
「ありえません! 絶対にいたたまれない空気になります!」
私は再び大声で言った。
数分前のこと。
発表資料の仕上げとして、プレゼンの練習をすることになった。
方法は動画を撮ること。
少し恥ずかしいけど、実際に喋っている姿を三人で確認すれば、より良いアイデアが出るかもしれない──という春樹さんの意見を聞いて、私は納得した。
その結果、
「なんかちょっと硬い印象があるかも」
優愛さんが呟いて、
「語尾に『にゃん』って付けてみるとか?」
春樹さんが提案した。
「絶対に嫌です!」
私はそれこそ猫みたいにフシャーと息を荒げて否定した。
しかし春樹さんは食い下がる。意地でも私を猫にしたい様子だった。
「そこまで言うのなら春樹さんがやってみてください!」
「いいよ」
え?
「優愛、カメラよろしく」
「りょ」
ぁぇ?
「えー、それではチーム輝夜にゃんと愉快な仲間達による発表を始めますにゃん」
「それやめてって言ったじゃないですか!?」
声が裏返った。
「輝夜にゃん」
「優愛さん!」
大きな声を出して彼女を咎める。
恥ずかしい。そして忌々しい。たった一度の過ちに苦しめられるなんて……!
「前から気になってたんだけど、なんで輝夜にゃんなの?」
「春樹さん!」
私は説明を求めるつもりで言った。
保護猫カフェに行った時、私は彼に忘れてくれと頼んだ。しかし優愛さんは「前から気になってた」と発言した。つまり私が居ないところで話題に上がったということだ。春樹さんが私の話をしてくれて嬉しい──違う! そうじゃなくて!
「身に覚えがないにゃん」
「ふざけないでください!」
出したことの無い声が出た。
「輝夜ちゃん、そんな風になるんだね」
優愛さんの笑い声。
私はハッとして、唇を嚙んで俯いた。
「……忘れてください」
落ち着いて呼吸を整える。
私は少し考えて、自分が浮かれているのだと判断した。
だって、嬉しくないわけがない。
疑問は残っているけれど、春樹さんに好きだと言われて、舞い上がっているのだ。
「……」
ふと優愛さんを見る。
そこには、私がずっと遠くから見ていた表情があった。
教室。あるいは学校付近。
制服を着た人達が集まって、ケラケラとくだらない話で笑い合う光景。私とは無縁だと思っていたそれが、目の前にある。
(……聞きたい)
優愛さんは、なんだか吹っ切れた様子だ。
あまりにも自然で、むしろ不気味に思える。
(……日曜日、何を話したのでしょうか)
何もなかった訳がない。
二人の関係は、その程度じゃない。
「輝夜にゃん、優愛にゃんとツーショットならどう?」
「……」
思考中断。
私は春樹さんを睨み付けました。
「面白そう! やってみようよ!」
「……え、ちょっ」
優愛さんに手を引かれる。
春樹さんがスマホのカメラを構える。
「それでは、輝夜にゃんと愉快な仲間達の発表を始めますにゃん」
「だからそれやめてくださいってば!」
まるで普通の高校生活だ。
きっと受け入れてしまえば楽になれる。楽しくなれる。
だけど私は、楽観的な性格ではない。
結果には必ず原因がある。
ある日、突然に幸せが降ってくるなんて、本の中にしかない話だ。
ライトノベルならば、きっと主人公は幸せになれる。
だけど純文学の場合は──大抵、大きな不幸の前触れなんだ。
どっちかな?
私の人生は、どっちなのかな?
「輝夜にゃん、一回だけ! 頼む! ほんと、一回だけだから!」
「……目的、変わってませんか? 発表練習ですよね?」
冷静な自分と、舞い上がる自分が同時に存在している。
「私も輝夜にゃん見てみたいなぁ」
「……もぉ~!」
ほんの数日前、三人の関係は歪だった。
今はどうだろう。客観的に見て、普通の高校生だ。
「……一回だけ、ですよ?」
だけど私には、以前よりもずっと、歪に思える。
「……発表練習を、始めますにゃん」
「はぅっ!?」(春樹)
「んゅっ!?」(優愛)
「どういうリアクションなんですかそれ!?」
時間だけが、以前と変わらず流れている。
未だ影も形も見えない終着点へ、私を導こうとしている。
愉快な時間。
表面的な私がワイワイ騒ぐ一方で、裏側の私は、まるで小説の主人公みたいに、心の奥底でモノローグを語り続けていた。
1
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説

高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる