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最終章 カノジョの選択
発表練習にゃん
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春樹さんの真意は一晩かけても分からなかった。
理由は多分ふたつある。
ひとつはヒントが少ないこと。
もうひとつは──彼のことを考える度に、あの瞬間が頭に浮かぶこと。
いつもの帰り道、私を見て「好きだよ」と言ってくれた瞬間に、語感が受け取っていた情報すべて。
おかしい。おかしい。
普通の恋愛なんて諦めてたのに、もっと大胆なことだってしたのに、今さら初恋みたいにドキドキしている。
まあ初恋なんですけどね!
こほん。冷静になりなさい。
これは春樹さんからの挑戦状です。
なぜ、急に優しくなったのか。
あれだけ引きずっていた優愛さんよりも私を優先することにした理由は何か。
喧嘩した?
それは無い。二人の関係は先週よりも良好に見える。
二人で私を陥れようとしている?
これも無い。優愛さんだけならばともかく春樹さんは絶対にそんなことしない。それに私は悪意に敏感だから、もしもそうならば今みたいに悩んでいない。
頭から湯気が出そう。
こんなにも悩んだのは幼い頃に難解な小説を読んで以来だ。
登校中、私は溜息を吐いた。
ふと視界の端に猫が映り込む。
なんとなく目が合った。
猫は私をじっと見た後、にゃんと鳴いた。
「……気楽で良いですね」
一瞬だけ猫になりたいと思った。
確かに、そう思ったけども──
「絶対に嫌です!」
午後の授業、グループワークの時間。
カメラの前で発表練習をしていた私は、久々に大きな声を出した。
「えー、有りだと思うけどな」
春樹さんが本気で不服そうな声を出した。
「ありえません! 絶対にいたたまれない空気になります!」
私は再び大声で言った。
数分前のこと。
発表資料の仕上げとして、プレゼンの練習をすることになった。
方法は動画を撮ること。
少し恥ずかしいけど、実際に喋っている姿を三人で確認すれば、より良いアイデアが出るかもしれない──という春樹さんの意見を聞いて、私は納得した。
その結果、
「なんかちょっと硬い印象があるかも」
優愛さんが呟いて、
「語尾に『にゃん』って付けてみるとか?」
春樹さんが提案した。
「絶対に嫌です!」
私はそれこそ猫みたいにフシャーと息を荒げて否定した。
しかし春樹さんは食い下がる。意地でも私を猫にしたい様子だった。
「そこまで言うのなら春樹さんがやってみてください!」
「いいよ」
え?
「優愛、カメラよろしく」
「りょ」
ぁぇ?
「えー、それではチーム輝夜にゃんと愉快な仲間達による発表を始めますにゃん」
「それやめてって言ったじゃないですか!?」
声が裏返った。
「輝夜にゃん」
「優愛さん!」
大きな声を出して彼女を咎める。
恥ずかしい。そして忌々しい。たった一度の過ちに苦しめられるなんて……!
「前から気になってたんだけど、なんで輝夜にゃんなの?」
「春樹さん!」
私は説明を求めるつもりで言った。
保護猫カフェに行った時、私は彼に忘れてくれと頼んだ。しかし優愛さんは「前から気になってた」と発言した。つまり私が居ないところで話題に上がったということだ。春樹さんが私の話をしてくれて嬉しい──違う! そうじゃなくて!
「身に覚えがないにゃん」
「ふざけないでください!」
出したことの無い声が出た。
「輝夜ちゃん、そんな風になるんだね」
優愛さんの笑い声。
私はハッとして、唇を嚙んで俯いた。
「……忘れてください」
落ち着いて呼吸を整える。
私は少し考えて、自分が浮かれているのだと判断した。
だって、嬉しくないわけがない。
疑問は残っているけれど、春樹さんに好きだと言われて、舞い上がっているのだ。
「……」
ふと優愛さんを見る。
そこには、私がずっと遠くから見ていた表情があった。
教室。あるいは学校付近。
制服を着た人達が集まって、ケラケラとくだらない話で笑い合う光景。私とは無縁だと思っていたそれが、目の前にある。
(……聞きたい)
優愛さんは、なんだか吹っ切れた様子だ。
あまりにも自然で、むしろ不気味に思える。
(……日曜日、何を話したのでしょうか)
何もなかった訳がない。
二人の関係は、その程度じゃない。
「輝夜にゃん、優愛にゃんとツーショットならどう?」
「……」
思考中断。
私は春樹さんを睨み付けました。
「面白そう! やってみようよ!」
「……え、ちょっ」
優愛さんに手を引かれる。
春樹さんがスマホのカメラを構える。
「それでは、輝夜にゃんと愉快な仲間達の発表を始めますにゃん」
「だからそれやめてくださいってば!」
まるで普通の高校生活だ。
きっと受け入れてしまえば楽になれる。楽しくなれる。
だけど私は、楽観的な性格ではない。
結果には必ず原因がある。
ある日、突然に幸せが降ってくるなんて、本の中にしかない話だ。
ライトノベルならば、きっと主人公は幸せになれる。
だけど純文学の場合は──大抵、大きな不幸の前触れなんだ。
どっちかな?
私の人生は、どっちなのかな?
「輝夜にゃん、一回だけ! 頼む! ほんと、一回だけだから!」
「……目的、変わってませんか? 発表練習ですよね?」
冷静な自分と、舞い上がる自分が同時に存在している。
「私も輝夜にゃん見てみたいなぁ」
「……もぉ~!」
ほんの数日前、三人の関係は歪だった。
今はどうだろう。客観的に見て、普通の高校生だ。
「……一回だけ、ですよ?」
だけど私には、以前よりもずっと、歪に思える。
「……発表練習を、始めますにゃん」
「はぅっ!?」(春樹)
「んゅっ!?」(優愛)
「どういうリアクションなんですかそれ!?」
時間だけが、以前と変わらず流れている。
未だ影も形も見えない終着点へ、私を導こうとしている。
愉快な時間。
表面的な私がワイワイ騒ぐ一方で、裏側の私は、まるで小説の主人公みたいに、心の奥底でモノローグを語り続けていた。
理由は多分ふたつある。
ひとつはヒントが少ないこと。
もうひとつは──彼のことを考える度に、あの瞬間が頭に浮かぶこと。
いつもの帰り道、私を見て「好きだよ」と言ってくれた瞬間に、語感が受け取っていた情報すべて。
おかしい。おかしい。
普通の恋愛なんて諦めてたのに、もっと大胆なことだってしたのに、今さら初恋みたいにドキドキしている。
まあ初恋なんですけどね!
こほん。冷静になりなさい。
これは春樹さんからの挑戦状です。
なぜ、急に優しくなったのか。
あれだけ引きずっていた優愛さんよりも私を優先することにした理由は何か。
喧嘩した?
それは無い。二人の関係は先週よりも良好に見える。
二人で私を陥れようとしている?
これも無い。優愛さんだけならばともかく春樹さんは絶対にそんなことしない。それに私は悪意に敏感だから、もしもそうならば今みたいに悩んでいない。
頭から湯気が出そう。
こんなにも悩んだのは幼い頃に難解な小説を読んで以来だ。
登校中、私は溜息を吐いた。
ふと視界の端に猫が映り込む。
なんとなく目が合った。
猫は私をじっと見た後、にゃんと鳴いた。
「……気楽で良いですね」
一瞬だけ猫になりたいと思った。
確かに、そう思ったけども──
「絶対に嫌です!」
午後の授業、グループワークの時間。
カメラの前で発表練習をしていた私は、久々に大きな声を出した。
「えー、有りだと思うけどな」
春樹さんが本気で不服そうな声を出した。
「ありえません! 絶対にいたたまれない空気になります!」
私は再び大声で言った。
数分前のこと。
発表資料の仕上げとして、プレゼンの練習をすることになった。
方法は動画を撮ること。
少し恥ずかしいけど、実際に喋っている姿を三人で確認すれば、より良いアイデアが出るかもしれない──という春樹さんの意見を聞いて、私は納得した。
その結果、
「なんかちょっと硬い印象があるかも」
優愛さんが呟いて、
「語尾に『にゃん』って付けてみるとか?」
春樹さんが提案した。
「絶対に嫌です!」
私はそれこそ猫みたいにフシャーと息を荒げて否定した。
しかし春樹さんは食い下がる。意地でも私を猫にしたい様子だった。
「そこまで言うのなら春樹さんがやってみてください!」
「いいよ」
え?
「優愛、カメラよろしく」
「りょ」
ぁぇ?
「えー、それではチーム輝夜にゃんと愉快な仲間達による発表を始めますにゃん」
「それやめてって言ったじゃないですか!?」
声が裏返った。
「輝夜にゃん」
「優愛さん!」
大きな声を出して彼女を咎める。
恥ずかしい。そして忌々しい。たった一度の過ちに苦しめられるなんて……!
「前から気になってたんだけど、なんで輝夜にゃんなの?」
「春樹さん!」
私は説明を求めるつもりで言った。
保護猫カフェに行った時、私は彼に忘れてくれと頼んだ。しかし優愛さんは「前から気になってた」と発言した。つまり私が居ないところで話題に上がったということだ。春樹さんが私の話をしてくれて嬉しい──違う! そうじゃなくて!
「身に覚えがないにゃん」
「ふざけないでください!」
出したことの無い声が出た。
「輝夜ちゃん、そんな風になるんだね」
優愛さんの笑い声。
私はハッとして、唇を嚙んで俯いた。
「……忘れてください」
落ち着いて呼吸を整える。
私は少し考えて、自分が浮かれているのだと判断した。
だって、嬉しくないわけがない。
疑問は残っているけれど、春樹さんに好きだと言われて、舞い上がっているのだ。
「……」
ふと優愛さんを見る。
そこには、私がずっと遠くから見ていた表情があった。
教室。あるいは学校付近。
制服を着た人達が集まって、ケラケラとくだらない話で笑い合う光景。私とは無縁だと思っていたそれが、目の前にある。
(……聞きたい)
優愛さんは、なんだか吹っ切れた様子だ。
あまりにも自然で、むしろ不気味に思える。
(……日曜日、何を話したのでしょうか)
何もなかった訳がない。
二人の関係は、その程度じゃない。
「輝夜にゃん、優愛にゃんとツーショットならどう?」
「……」
思考中断。
私は春樹さんを睨み付けました。
「面白そう! やってみようよ!」
「……え、ちょっ」
優愛さんに手を引かれる。
春樹さんがスマホのカメラを構える。
「それでは、輝夜にゃんと愉快な仲間達の発表を始めますにゃん」
「だからそれやめてくださいってば!」
まるで普通の高校生活だ。
きっと受け入れてしまえば楽になれる。楽しくなれる。
だけど私は、楽観的な性格ではない。
結果には必ず原因がある。
ある日、突然に幸せが降ってくるなんて、本の中にしかない話だ。
ライトノベルならば、きっと主人公は幸せになれる。
だけど純文学の場合は──大抵、大きな不幸の前触れなんだ。
どっちかな?
私の人生は、どっちなのかな?
「輝夜にゃん、一回だけ! 頼む! ほんと、一回だけだから!」
「……目的、変わってませんか? 発表練習ですよね?」
冷静な自分と、舞い上がる自分が同時に存在している。
「私も輝夜にゃん見てみたいなぁ」
「……もぉ~!」
ほんの数日前、三人の関係は歪だった。
今はどうだろう。客観的に見て、普通の高校生だ。
「……一回だけ、ですよ?」
だけど私には、以前よりもずっと、歪に思える。
「……発表練習を、始めますにゃん」
「はぅっ!?」(春樹)
「んゅっ!?」(優愛)
「どういうリアクションなんですかそれ!?」
時間だけが、以前と変わらず流れている。
未だ影も形も見えない終着点へ、私を導こうとしている。
愉快な時間。
表面的な私がワイワイ騒ぐ一方で、裏側の私は、まるで小説の主人公みたいに、心の奥底でモノローグを語り続けていた。
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