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最終章 カノジョの選択

ノイズ

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 今日と明日の二日間、午後の授業は発表の準備をするグループワークとなる。その後に予選が二日かけて行われ、五日目の金曜日に最終順位を決める本選がある。

 二年生の秋。この学校では、上位の大学を目指す生徒達の受験勉強が一段落して、空気が弛み始める時期らしい。

 そんな時期に社会科見学というイベントで十日も時間を使うのは、進路について真面目に考えて欲しいからだと先生が言っていた。

 何のために進学するのか、進学した先で何をするのか、そして四十年以上も続く社会人生活をどのように生きるのか、現役の社会人と会話することで人生を見つめ直しましょう……以上が社会科見学の趣旨。

(……こんなこと言われなきゃ気付けない人に説明しても時間の無駄なのに)

 私は大半の話を聞き流した。
 他の人の話なんて、どうでもいい。私が聞きたいのは、春樹さんの声だけ。

「──この図が示すように、紙書籍の市場は加速度的に縮小しています」

 それはさておき、今は発表に集中しましょう。
 若干のノイズはありますが、二人で計画して、二人で同じゴールを目指せる貴重な機会です。真剣にやらない理由はありません。

「紙書籍の主たる顧客は三十歳以上の女性です。このため近年の出版社は『令嬢物』に代表されるロマンス小説が多くなっています。男性は電子書籍を好む傾向にあり、今後は出版数が加速度的に減少する見込みです」

 あぁ、なんて幸せな時間なのでしょう。
 春樹さんが私の話を聞いています。春樹さんが私だけを見ています。

「このような話を聞くと、電子書籍だけ出せば良いのではないかという疑問が生まれます。しかしこれには大きな問題があります。例えば、作家のメリットです」

 ああ、どうしてシンプルにまとめてしまったのでしょう。
 一時間くらいダラダラと喋り続ける内容にすれば、もっと長く二人だけの時間が続いたのに。

「通販サイトで電子書籍が売れた時、出版社の取り分は約六割となります。これを作家と分け合うのですが、キリキリ文庫では二割から三割を提示しています。例えば、電子書籍が千円で売れた時、作家の取り分が三割ならば、ざっと二百円です。とても少ないです。作家には自費出版という選択肢があります。この場合、作家の取り分は七割となります。そして現在、自費出版にかかるコストは、ほぼゼロ円です。このため出版社は、作家に電子出版を提案する場合、付加価値を示す必要があります」

 ちょっと引き延ばしました。バレてないですよね?

「まとめます。現状の出版業界、特に小説の分野には、大きく分けてふたつの課題があります。ひとつは、紙書籍の市場規模縮小です。短期的には女性向け小説の出版数を増やす方法が有効ですが、長期的に見ると先細りが止まらないです。もうひとつは電子書籍の扱い方です。作家に対する明確なメリットを示す必要がありますが、その予算を捻出できるのは一部の大手出版社だけです。このような背景をもとに、私達が出版社の方々に提案したのは……」

 私は軽く息を吐いて、

「というストーリーが良いと思ったのですが、如何でしょうか?」

 はぁ、二人だけの時間が終わってしまいました。
 ここからは鬱陶しい害虫の声にもニコニコしながら返事をする必要があります。

「俺は良いと思うけど、優愛はどう?」
「ん-、ちょっと長いかも?」

 私は心の中で舌打ちをした。
 今の議題は発表の方向性です。内容を詰めるのは後です。そんなことも分からないなんて流石は脳みそが下半身に吸われている方ですね。本当に目障り。

「……やっぱり、長いですよね」

 俯いて、顔を見せないように深呼吸をする。

「私、短くまとめるのは苦手みたいです」
「そんなことないよ。ここまでまとめてくれただけでも、すごい助かる」
「……ありがとうございます」

 はぁ、本当にノイズ。
 どうやったら消えてくれるのかな。

「えっと、この発表のサビは、俺達が出版社と議論した部分だよな?」

 春樹さん!

「正直ベースに話すと、結論は『良い刺激になった』程度なんだけど、これを上手いこと伝えるのが良いんじゃないかな?」
「なるほど! 社会科見学の趣旨は『進路について真面目に考える』なので、視野が広がったことを示せば、先生方からの評価は高くなりそうですね!」

 流石は春樹さんです。好き。

「上位を目指すなら生徒からの投票も大事だよね?」

 ……。

「分かる。そこなんだよなぁ……」
「はい、難しいですよね。先生に受ける内容を目指すと生徒受けが悪くなって、生徒受けを狙った内容にすると、先生受けが悪くなりそうです」
「とりあえず、輝夜ちゃんが先生に受けそうなテーマをまとめて、私が生徒受けするテーマをまとめるのはどうかな?」

 ……。

「最後はハルくんが良い感じに合体させてね」
「そこ、三人で話し合うべき部分じゃね?」
「私も最初はそう思ったけど、それだと話まとまらなそうじゃない?」
「……あー、まー、確かに。言いたいことは分かった」

 ……なんで?
 春樹さんと優愛さんの雰囲気、事件の前に戻ってる。

 ちょっと無理してる感じはするけど……なんで?
 おかしいよ。なんで急に、なんで、なんで、なんで──。

「輝夜ちゃん、どうかな?」
「……はい、私もそれが良いと思います」

 嫌い。嫌い。本当に嫌い。

「あれ? 俺は途中まで暇ってこと?」
「そんなわけないじゃん。二人のサポートしてよ」
「……了解」

 気持ち悪い。声も聴きたくない。春樹さんに近付かないで。
 
「ああ、それから、輝夜に言いたいことあるんだった」
「はい、なんでしょうか?」
「今日の授業が終わった後、一緒に帰らない?」

 ……はぇ?
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