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第三章 私だけを見て

5.輝く夜で塗りつぶして 前編

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「春樹さん、寝不足ですか?」

 俺の隣を歩く輝夜が言った。

「……ごめん、そうかも」
「それはきっと新幹線で睡眠を前借りしたからですね」
「睡眠の前借りって独特な表現だね」
「変でしたか?」
「変じゃないよ。なんというか、輝夜っぽい感じがする」
「いじわるを言われている気がします」

 ムッと唇を尖らせた輝夜を見て、俺はクスリと笑った。

 輝夜と会ったのは数分前。
 学校の校門前で待ち合わせをして、今日も先に到着していた彼女と挨拶をした。

 俺の家と学校を往復してみたい。
 なんとも不思議な提案を受けて今に至る。

「いつもは片道で何分くらい歩くんですか?」
「十五分くらいかな」
「自転車にするか悩む距離ですね」
「そうだね」

 考えたことがなかった。
 だって、いつもは──

「輝夜の家も、そこそこ距離なかった?」

 思考を遮るようにして声を出す。
 少しでも余計なことを考えたら、勘付かれるかもしれないと思った。

「はい。私も十五分くらいです」
「自転車は使わないの?」
「……本が読めないので」
「歩き読書、危なくない?」
「ちゃんと止まった時だけ読んでますよ。信号待ちとか」
「それ、読む時間ほぼなくない?」
「塵も積もれば素敵な読書体験になるものです」

 輝夜は軽く胸を張って言った。
 その得意気な様子を見て、俺はまた笑った。

 やっぱり輝夜と話す時間は楽しい。
 とても気が楽で、なんだか安心する。

 だからこそ……チクリと胸が痛い。
 こんなにも純粋で綺麗な子に好かれているのに、俺は優愛と……。

「春樹さん」

 思考を中断して輝夜に目を向ける。

「普段の登下校は、優愛さんと、ですか?」

 ……。

「そのっ、深い意味は無くて、純粋にどんな話をするのかなと思いまして……」

 数秒、息を止める。
 もはや手遅れだと知りながらも、俺は動揺を気取られないように演技をする。

「ほぼ雑談だよ。次の日には忘れてるやつ」
「そうですか……」

 沈黙が重い。
 もちろん悪いのは俺だ。後ろめたいことがあるから、こんな気分になる。

「春樹さん」

 再び名前を呼ばれた。
 確かな緊張感が生まれ、自然と背筋が伸びた。

「少し、遠くへ行きませんか?」
「……良いよ。どこに行くの?」
「往復で八千円くらい必要ですけど、大丈夫ですか?」

 何それ、県外ってこと?

「平気だけど、むしろ輝夜の方こそ大丈夫?」
「もちろんです。私は親が甘いので。春樹さんの家も、そうなんですか?」
「いや、俺はバイトしてる。親父が大学で働いてて、たまに研究とか手伝う感じ」

 一日拘束されて報酬は一万円。これが月に二回くらい。
 使う機会は少ないから、高校生としては持っている方だと思う。もちろん一万円の出費が頻繁にあると困るけれど、輝夜の頼みなら、一度くらいは惜しくない。

「お父さま、ご立派なんですね」
「……そうかな?」

 言われて悪い気はしない。
 でも少しだけ違和感があった。

 親父は、ほぼ家に居ない。
 だから立派と言われても、何か、違う。

「輝夜のご両親こそ、猫カフェの経営とか、なんか凄くない?」
「ですよね。私も将来は、自分のお店を持ちたいなって思う時があります」

 それは何気ない言葉なのに、俺は眩しいと感じた。
 
「お店って、本屋さんとか?」
「悲しいですけど、新規で紙の本を売るのは難しいと思います。だから、お店を持つなら電子書籍ですね。打倒アマゾネスです」
「輝夜、割と野心家だね」 

 雑談は続けられる。
 だけど、彼女の純粋で真っ直ぐな目を見る度に、その綺麗な言葉を聞く度に、自分が醜い存在のように思えてしまう。

(……輝夜の隣には、もっと相応しい人が居るんじゃないか?)

 こんなことを考えてしまう自分が、嫌で仕方なかった。
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