俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪

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第三章 私だけを見て

優愛と輝夜の語らい

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 スカイツリーを出た後、三人は寄り道をせず東京駅まで戻って新幹線に乗った。

 平日の夕方。
 指定席の車両には、同じ制服を着た生徒達の姿がぽつりぽつりとある。自由時間をギリギリまで楽しむことを考えたのは、どうやら春樹達だけではなかったようだ。

 彼らの座席順は行きと同じ。
 窓際に輝夜、中央に春樹、通路側に優愛が座っている。

「ふふ、春樹さん眠そうですね」

 新幹線が動き始めてから五分ほど経った後、輝夜が笑みを浮かべて言った。

「……ごめん。はしゃぎ過ぎたかも」
「えー、テンション低めだったのに?」

 優愛が疑問を口にすると、春樹は眠そうな目で彼女を見た。言葉は無い。察しろという目だった。

 優愛はやれやれという表情をする。
 実際、彼女は春樹が内心で大はしゃぎしていたことを理解していた。そういう雰囲気を感じ取れる程度に、二人の付き合いは長い。

「ハルくん、揺れてる」

 優愛が笑いながら言うと、春樹は背筋を伸ばした。しかし、直ぐにまた揺れ始める。

「逆に、優愛は眠くないわけ?」
「全然平気。最近、ぐっすり眠れてるから」

 春樹は優愛が悪夢を見ていたことを知っている。その症状を緩和するため、春樹は色々と協力している。

 それは、輝夜には話せない内容である。

「輝夜は?」

 彼は少し慌てて次の言葉を口にした。

「私も平気です」
「……」
「一番はしゃいでたくせに、という顔をされても平気なものは平気です」

 輝夜は少し拗ねた口調で言った。
 それを受けて春樹が苦笑すると、一時的に会話が止まった。

「輝夜ごめん、席代わってくれないかな」

 やがて春樹が気恥ずかしそうに言った。
 輝夜は柔らかく目を細め、何も言わず通路まで移動する。

「ありがと」

 春樹は礼を言って、窓際に頬杖を付いた。
 優愛と輝夜は揃って彼の横顔を見つめる。

「……なんだよ」

 春樹が拗ねたような声を出すと、二人は「なんでもない」と言って笑った。

 彼は不機嫌そうに息を吐いたが、眠気には抗えず、すぐに瞼が落ちる。

 そして──

「……」
「……」

 輝夜と優愛は沈黙した。
 十分、二十分と時間が流れても言葉は無かった。

 無視しているわけではない。
 優愛は時折チラチラと様子を見ており、輝夜はその視線に気が付いている。

 互いに意識している。しかし会話は始まらない。
 恋敵が隣に座っているのは、酷く居心地が悪かった。

 やがて、輝夜が長い息を吐く。
 それから優愛に顔を向けて言った。

「春樹さん、寝ちゃいましたね」
「……う、うん、そうだね!」

 優愛は授業中に居眠りを指摘された時みたいに背筋を伸ばす。

「よっぽど、疲れてたんじゃないかな」

 そして、どうにか会話を継続させようとして言った。

「……そうですね」

 輝夜は春樹に顔を向けた。
 優愛はドキドキしながら彼女の横顔を見る。

 輝夜は一度正面を向いた。
 それから言葉を探すように俯いて、優愛に顔を向ける。

「優愛さんは」

 それから耳元に顔を近づけ、とても小さな声で言う。

「春樹さんのこと、好きなんですか」
「んん"!?」

 優愛は驚きのあまり変な声を出した。
 それから通路側に身を引き、どういうつもりだという顔で輝夜を見る。

「……」

 輝夜は何も言わない。
 ただ静かに優愛の返事を待っている。

 優愛は目を泳がせた。
 全く想定していなかった質問で、どういう返事をすれば良いのか分からない。

「……うん」

 しかし、彼女は頷くことを選んだ。

「好きだよ」

 心拍数が上昇する。
 今の発言は、彼女にとって冒険だった。

 一度は諦めようとした。
 だけど無理だった。だから戦う覚悟を決めた。

 過去の優愛なら絶対に今の言葉を口にしていない。
 しかし、綺麗じゃない自分を受け入れた彼女は、引かないことを選んだ。

「……良かった」

 輝夜の反応は笑顔だった。
 そして彼女は、混乱した様子の優愛を見て言う。

「春樹さん、ずっと優愛さんのことを気にかけていました」

 優愛は俯いた。
 彼女は悟ったのだ。輝夜は「恋敵」として今の発言をしたわけではない。純粋に、春樹のことを考えていた。その直感が正しいことを示すかのように輝夜は言う。

「春樹さんの努力が無駄じゃなかったと分かって、嬉しいです」

 それは輝夜の本心だった。
 嫉妬する気持ちはあるけれど、彼女は春樹の幸せを最優先に考えている。

「……嫌じゃないの?」

 言葉の足りない質問。
 しかし、輝夜は優愛が伝えたかったことを正しく読み取る。

「どうして嫌なんですか?」

 その上で、この言葉を口にした。

「好きな人が誰かに好かれるのは、嬉しいじゃないですか」

 優愛は、一瞬だけ頭が真っ白になった。
 
「……坂下さん、すごいね」

 優愛の目から見た輝夜が、あまりにも眩しかった。
 純粋で、真っ直ぐで、自分とは全く違う。春樹の隣に立つべきは彼女の方なのだと思わされる。

「坂下さんは、ハルくんのどういうところが好き?」

 今度は輝夜が目を丸くした。
 彼女は背後の春樹をチラと見て、優愛に耳打ちする。

「本人の前ですよ」
「あはは、今さらそれ言う?」

 優愛がケラケラ笑うと、輝夜はムッとした様子で言う。

「以前にも言いました。私が知っているところ、全部が好きです」
「具体的に教えてよ」
「例えば、器が大きいところです」

 輝夜は小さな声で言った。

「……それ、すごく分かるかも」

 優愛は心から頷いた。
 こんなに汚い自分でも受け入れてくれたハルくんなら、きっと、どんな人でも受け入れることができる。理解しようと努力することができる。

「次は優愛さんの番ですよ」
「いやいや、私は違うでしょ」
「何が違うんですか?」
「だって……輝夜さんの彼氏じゃんか」
「今そういう話はしてないです」
「ん-、そういう話だと思うんだけどなぁ」

 優愛は困ったように笑った。
 そして思った。まだまだ輝夜が掴めない。だけど、やっぱり悪い人ではない。

 流石、ハルくんは見る目がある。
 でも負けないよ。絶対、諦めないからね。

 それから二人は恋バナを続けた。
 本人を前に、しかも一方は彼の恋人で、という歪な状況ではあったけれど、慣れてしまえば楽しい時間だった。

「ね、坂下さん」
「なんですか?」

 スッカリ普通に会話できるようになった後、優愛は言う。

「輝夜ちゃんって、呼んでも良いかな?」
「もちろんです!」

 優愛は嬉しそうに目を細める。
 呼び方ひとつ変えただけなのに、グッと距離が近づいたような気がした。

 まだ相手のことを理解したわけではない。
 そもそもの問題として恋敵であることは変わらない。

 だけど、多分、嫌いになることは無い。
 ぽつりぽつりと話し声がする新幹線の中で、優愛は、そんな風に思っていた。
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