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第三章 私だけを見て
1.坂下輝夜の純粋な取材
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俺が病院から解放されたのは、救急車で運ばれた翌日の昼間だった。
親には「転んだ」と説明した。最初は心配そうな顔をしていたが、なんだかんだ無事に退院した後は「アハハ、包帯おもしろ!」と笑っていた。
退院後、俺は真っ直ぐ学校へ行き午後からの授業に参加した。
最初は友人達に騒がれたけれど、すぐにいつもの日常へと戻った。
輝夜と再会したのは、社会科見学に向けたグループワーク。
俺は少し遅い昼食を楽しみながら当日の計画について話し合った。
とても平和だった。
やっと日常を取り戻した実感があった。
もちろん元通りにはなっていない。
俺と優愛の関係性は以前とは違っている。輝夜の存在もある。他にも色々と考えるべきことはあるのだが……今最も気になるのは、優愛と輝夜の関係性である。
(……なんか、仲悪いよな)
理由は分かる。
完全に俺のせいだ。
輝夜からすれば、付き合いたての恋人が他の女を優先している状況である。ある程度の事情を知っているからか「気にしない」旨の言葉をくれたけれど、本心とは違うはずだ。
優愛の方は、正直よく分からない。
一挙手一投足に気を遣うような緊張感は解消されたけれど、以前のような居心地の良さは失われてしまった。もちろん悪い意味ではない。ただ……距離が、近過ぎる。特に二人で居る時、明らかにスキンシップが増えた。
怖い出来事があった直後だから甘えている?
それとも……という考察はさておき、とにかく二人の関係がギクシャクしている。
優愛が喋ろうとすると必ず輝夜も何か発言をする。
結果として優愛が引き下がるのだが、背中に感じる視線からは妙な圧を感じる。
二人とも大切な人だ。
優愛は家族のような存在であり、あんな出来事の後でも切り捨てられなかった。
輝夜は一番つらい時に支えてくれた。口には出さないけれど、本当に嬉しかった。彼女の言葉が無ければ、俺は二度と優愛と会話できなかったかもしれない。
仲良くしてほしい。
だから俺は、この社会科見学をチャンスだと考えている。
共に予定を立て、行動する。
最後は豪華景品を目指して発表会に挑む。
まさしく青春の一ページ。
三人で過ごした最初の時間として、輝かしい思い出を刻みたいものだ。
しかし、俺の思いとは裏腹に二人の関係は悪化の一途を辿っている。
物理的な位置としても間に挟まれる身としては、強い胃痛を感じる程だ。
(……せめて、見学先では仲良くしてくれよ)
ハードルは時間と共に下がり、最後には平和を願うことしかできなかった。
しかし──
「ここがっ、数々の名作を生みだしたキリキリ文庫の編集部!」
目的地に到着すると、輝夜は見る見る上機嫌になった。
「春樹さん見てください! 古の名作から先月出たばかりの新刊まで! とても充実した本棚ですよ!」
編集部の仕事場へ案内された直後、輝夜が子どものように目を輝かせて言った。
そこは想像したよりも狭い部屋。
中央には机が四つずつ向かい合って並べられている。机の上にはパソコンや紙の束が置かれており、率直に言えば散らかっている。机の周辺はもっと酷い。段ボールが積み重なり、たくさんの本が入っている。壁周辺には棚があり、ギッシリと並べられた本の背表紙が見える。
なんというか好奇心を刺激される。
輝夜ほどではないが、俺もこっそりテンションが上がっていた。
「お、何か知ってる本でもあった?」
「全部分かります!」
編集部の方と輝夜の本好きトークが始まった。
「こちらの『霧を吸うような恋をして』が特に大好きで、十回以上は読みました!」
「へぇ、これ知ってるんだ。嬉しいねぇ」
ふと腕を引かれ目を向ける。
優愛が「坂下さんマジ?」という目をしていた。
「かわいいだろ」
「……そうだね」
見事な苦笑い。もちろん気持ちは分かる。俺も初めてテンションが振り切れた輝夜を見た時には困惑したものだ。
「輝夜ちゃん、田中先生の生原稿あるけど見る?」
輝夜ちゃん!?
「是非!」
一瞬の間に話が進展していた。
編集部の方は俺と優愛の間を通り抜け、棚から原稿用紙の束を取り出した。それを輝夜の元まで運ぶと机に置いた。輝夜は食い入るように原稿用紙を見て言う。
「すごい! 田中先生、手書きなんですね!」
「そうだよ」
「どうやって本にするんですか?」
「おじさん達が頑張ってパソコンに入力するんだよ」
「それは大変そうですね」
「そうなんだよ。ちょこっと誤字があるだけで先生カンカンになっちゃうからね」
物凄く会話が弾んでいる。
失礼を承知で言えば、輝夜にはコミュニケーションが得意ではない印象があった。だから驚きというか、もはや物理的な衝撃を感じるようなレベルである。
「お二人も来てください!」
輝夜に呼ばれ、なんとなく優愛に目を向ける。
優愛は「やれやれ」という様子で息を吐いた後、和やかな表情で移動した。
「坂下さん、本が好きなんだね」
「大好きです。優愛さんは、どうですか?」
「ん-、正直そんなに」
「それでは是非、この機会に!」
……あれ? 良い感じなのでは?
「輝夜ちゃん、さっきの本その子にプレゼントしようか?」
「そんなっ、申し訳ないですよ。私の家に二冊あるので、それを渡します」
「おー、複数買いとは嬉しいねぇ」
輝夜は優愛の目を見て言う。
「どうですか? 今度、学校に戻った時にでも」
「……うん、じゃあ、貸してもらおうかな」
優愛が照れたような表情で返事をすると、輝夜は目を輝かせた。
──その後、普通に取材をした。
編集部の一日とか、作家とのやり取りとか、仕事に関する質問をした。
輝夜は常に目をキラキラさせていた。
そして、何度か隣に居る優愛に声をかけていた。その度に優愛は困ったような顔をしたけれど、なんだかんだで普通に受け答えをしていた。
俺は見守るだけだった。
邪魔をしてはダメな雰囲気があった。
(……そっか、本か)
輝夜と優愛を仲良くする方法。
その光明が見えたような気がした。
親には「転んだ」と説明した。最初は心配そうな顔をしていたが、なんだかんだ無事に退院した後は「アハハ、包帯おもしろ!」と笑っていた。
退院後、俺は真っ直ぐ学校へ行き午後からの授業に参加した。
最初は友人達に騒がれたけれど、すぐにいつもの日常へと戻った。
輝夜と再会したのは、社会科見学に向けたグループワーク。
俺は少し遅い昼食を楽しみながら当日の計画について話し合った。
とても平和だった。
やっと日常を取り戻した実感があった。
もちろん元通りにはなっていない。
俺と優愛の関係性は以前とは違っている。輝夜の存在もある。他にも色々と考えるべきことはあるのだが……今最も気になるのは、優愛と輝夜の関係性である。
(……なんか、仲悪いよな)
理由は分かる。
完全に俺のせいだ。
輝夜からすれば、付き合いたての恋人が他の女を優先している状況である。ある程度の事情を知っているからか「気にしない」旨の言葉をくれたけれど、本心とは違うはずだ。
優愛の方は、正直よく分からない。
一挙手一投足に気を遣うような緊張感は解消されたけれど、以前のような居心地の良さは失われてしまった。もちろん悪い意味ではない。ただ……距離が、近過ぎる。特に二人で居る時、明らかにスキンシップが増えた。
怖い出来事があった直後だから甘えている?
それとも……という考察はさておき、とにかく二人の関係がギクシャクしている。
優愛が喋ろうとすると必ず輝夜も何か発言をする。
結果として優愛が引き下がるのだが、背中に感じる視線からは妙な圧を感じる。
二人とも大切な人だ。
優愛は家族のような存在であり、あんな出来事の後でも切り捨てられなかった。
輝夜は一番つらい時に支えてくれた。口には出さないけれど、本当に嬉しかった。彼女の言葉が無ければ、俺は二度と優愛と会話できなかったかもしれない。
仲良くしてほしい。
だから俺は、この社会科見学をチャンスだと考えている。
共に予定を立て、行動する。
最後は豪華景品を目指して発表会に挑む。
まさしく青春の一ページ。
三人で過ごした最初の時間として、輝かしい思い出を刻みたいものだ。
しかし、俺の思いとは裏腹に二人の関係は悪化の一途を辿っている。
物理的な位置としても間に挟まれる身としては、強い胃痛を感じる程だ。
(……せめて、見学先では仲良くしてくれよ)
ハードルは時間と共に下がり、最後には平和を願うことしかできなかった。
しかし──
「ここがっ、数々の名作を生みだしたキリキリ文庫の編集部!」
目的地に到着すると、輝夜は見る見る上機嫌になった。
「春樹さん見てください! 古の名作から先月出たばかりの新刊まで! とても充実した本棚ですよ!」
編集部の仕事場へ案内された直後、輝夜が子どものように目を輝かせて言った。
そこは想像したよりも狭い部屋。
中央には机が四つずつ向かい合って並べられている。机の上にはパソコンや紙の束が置かれており、率直に言えば散らかっている。机の周辺はもっと酷い。段ボールが積み重なり、たくさんの本が入っている。壁周辺には棚があり、ギッシリと並べられた本の背表紙が見える。
なんというか好奇心を刺激される。
輝夜ほどではないが、俺もこっそりテンションが上がっていた。
「お、何か知ってる本でもあった?」
「全部分かります!」
編集部の方と輝夜の本好きトークが始まった。
「こちらの『霧を吸うような恋をして』が特に大好きで、十回以上は読みました!」
「へぇ、これ知ってるんだ。嬉しいねぇ」
ふと腕を引かれ目を向ける。
優愛が「坂下さんマジ?」という目をしていた。
「かわいいだろ」
「……そうだね」
見事な苦笑い。もちろん気持ちは分かる。俺も初めてテンションが振り切れた輝夜を見た時には困惑したものだ。
「輝夜ちゃん、田中先生の生原稿あるけど見る?」
輝夜ちゃん!?
「是非!」
一瞬の間に話が進展していた。
編集部の方は俺と優愛の間を通り抜け、棚から原稿用紙の束を取り出した。それを輝夜の元まで運ぶと机に置いた。輝夜は食い入るように原稿用紙を見て言う。
「すごい! 田中先生、手書きなんですね!」
「そうだよ」
「どうやって本にするんですか?」
「おじさん達が頑張ってパソコンに入力するんだよ」
「それは大変そうですね」
「そうなんだよ。ちょこっと誤字があるだけで先生カンカンになっちゃうからね」
物凄く会話が弾んでいる。
失礼を承知で言えば、輝夜にはコミュニケーションが得意ではない印象があった。だから驚きというか、もはや物理的な衝撃を感じるようなレベルである。
「お二人も来てください!」
輝夜に呼ばれ、なんとなく優愛に目を向ける。
優愛は「やれやれ」という様子で息を吐いた後、和やかな表情で移動した。
「坂下さん、本が好きなんだね」
「大好きです。優愛さんは、どうですか?」
「ん-、正直そんなに」
「それでは是非、この機会に!」
……あれ? 良い感じなのでは?
「輝夜ちゃん、さっきの本その子にプレゼントしようか?」
「そんなっ、申し訳ないですよ。私の家に二冊あるので、それを渡します」
「おー、複数買いとは嬉しいねぇ」
輝夜は優愛の目を見て言う。
「どうですか? 今度、学校に戻った時にでも」
「……うん、じゃあ、貸してもらおうかな」
優愛が照れたような表情で返事をすると、輝夜は目を輝かせた。
──その後、普通に取材をした。
編集部の一日とか、作家とのやり取りとか、仕事に関する質問をした。
輝夜は常に目をキラキラさせていた。
そして、何度か隣に居る優愛に声をかけていた。その度に優愛は困ったような顔をしたけれど、なんだかんだで普通に受け答えをしていた。
俺は見守るだけだった。
邪魔をしてはダメな雰囲気があった。
(……そっか、本か)
輝夜と優愛を仲良くする方法。
その光明が見えたような気がした。
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