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第一章 汚れた初恋

2.気持ち悪い

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 朝になった。
 一睡もできていない。

 吐き気がする。
 かつてない程に体調が悪い。

 理由は分かってる。
 睡眠不足と、それから……。

(……なんなんだよ、あれ)

 未だに信じられない。
 悪い夢だったのだと思い込みたい。

 新見にいみ優愛ゆあ
 隣の家に住んでいる幼馴染。

 活発な性格。
 勉強と運動は平均的。

 誰にでも優しい人。
 困っている姿を見れば、手を差し伸べずにはいられないような人。

 いつも一緒だった。
 何度も「付き合っている」と周囲に誤解された。

 その言葉を肯定したことは無い。
 だけど心のどこかで思っていた。

 いつか、どちらかが告白する。
 二人は恋人になって、そのまま死ぬまで一緒に生きる。

 信じて疑わなかった。
 昨日だって、朝は一緒に登校した。

 そして今日も──

「ハル君! 朝だよ!」

 優愛は、いつものように俺の部屋に来た。
 
「あれ? まだ寝てるの?」

 いわゆる顔パス。幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあるから、彼女は実家と同じ感覚で我が家に入る。

「おーい、起きる時間だぞー」

 彼女は俺に近寄ると、肩を揺らした。
 瞬間、えげつない不快感と共に身体が震えた。

「わっ、えっ、なに?」

 俺は彼女の手を払い除けていた。
 無意識だった。熱湯に触れた時みたいに、俺の身体が彼女を拒絶した。

「悪い、今日は──」

 ──お前の顔を見たくない。

「……今日は、先に行ってくれ」

 ギリギリのところで本音を飲み込んだ。

「ははーん」

 彼女は何か察したような様子で言う。

「仕方ないよ。生理現象なんだから」

 ベッドが軋む音がした。

「こーんなに可愛い幼馴染がいつも一緒なんだから、そりゃ溜まっちゃうよねぇ~」

 そして彼女は耳元で囁くようにして言う。

「お世話してあげよっか?」

 ──フラッシュバックする。

 からかわれているだけだと思っていた。
 だって、年齢的に関心があっても不思議ではない。

 ──ハル君、私がずぅ~っと誘惑してるのに、ぜーんぜん手を出してくれないの。

 何が起きたのだろう。
 何が、彼女を変えてしまったのだろう。

(……気持ち悪い)

 昨日までは彼女の発言にドキドキしていた。
 だけど今は嫌悪感しかない。吐き気がする。

「ハル君、もしかして体調悪い?」

 やめろ。

「おでこ触るよ?」

 パチッ──と音がした。
 俺が再び彼女を拒絶した音だ。

 彼女はとても驚いた顔をしていた。
 その顔を見て──昨日までと変わらない大好きな幼馴染の姿を見て、心がグチャグチャになる。

「ハルくん、なんで泣いてるの?」

 俺はハッとして、彼女に背を向けた。

「一人にしてくれ」
「えっと……」

 困惑した声。
 俺は耳を塞ぐつもりで布団を被った。

 何も聞きたくない。
 何も、見たくない。

(なんで、いつも通りなんだよ)

 気持ち悪い。
 気持ち悪い。気持ち悪い。

「後で聞かせてよね」

 彼女は心配そうな言葉を残して部屋を出た。
 俺は聞き慣れた足音が遠ざかった後、呟いた。

「……気持ち悪い」

 感情がグチャグチャで眩暈がする。
 眠りたい。布団の中で悪夢の終わりを待ちたい。

「……気持ち悪い」

 これは悪夢じゃない。現実なんだ。
 でも、だからって、どうすればいい?

 本人に事情を聞くのか?
 できるわけないだろ、そんなこと。

「……学校、行きたくねぇ」
 
 頭の中で声がする。
 大丈夫だよ。一日くらいサボっても。

「……優愛に、会いたくない」

 ずっと一緒だった。
 俺は彼女に恋をしていた。

 おかしな様子なんてなかった。
 昨日も今日も彼女はいつも通りだ。

 じゃあ、最初からそうだったのか?
 俺が見ていないところでは、ずっとあんな感じだったのか?

 気持ち悪い。気持ち悪い。
 綺麗だったはずの思い出が、悍ましい何かに塗り替えられるような感覚がある。

「……っ」

 口を手で押え、息を止めて走る。
 俺はトイレに駆け込んで、胃の中身を吐き出した。

 強烈な不快感と苦痛によって涙が出た。
 何もかも吐き出し終えた後は洗面台へ向かう。そこで口に残った不快感を洗い流した。

「……気持ち悪い」

 ほんの少しだけスッキリした。
 だけど、大事な部分は何も変わらなかった。

 しばらく何も考えられそうにない。
 心の中に大きな穴が開いたような気持ちだった。
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