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恋中さんとの休日1
初めてのアルバイト 前編
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土曜日の午前十時。
俺は裏口からカフェに入店した。
気分はちょっとした冒険だ。
今日が初バイトで浮かれているのか、些細なことでもドキドキする。
だが、少し気が楽でもある。
バイトの間は、恋中さんが居ないからだ。
あの四人で昼休みを過ごした日から、もっと距離が近くなった。
だから何だと思う人もいるかもしれない。
しかし考えて欲しい。理性のゲージが赤色なのに、さらに距離が近くなるのだ。
いつ限界を迎えても不思議ではない。
そういうわけで、今日はとても気が楽だ。
「おー。時間通りに来たね」
裏口のドアを開け、厨房の隣にある従業員向けの休憩所みたいなところに入ると、そこに座っていた珠希さんに声をかけられた。
「はい、今日からよろしくお願いします」
「あはは、初々しいなぁ」
俺が運動部のノリで頭を下げると、彼女は穏やかに笑った。
やっぱり、大人っぽい印象を受ける。
少し長い髪が後ろに一本で束ねられており、彼女が動く度に揺れる。髪色は黒で、ピアスやネイルはしていない。小柄で身長は俺より低いけれど、ピンと伸びた背筋と余裕を感じられる落ち着いた態度は、同級生から感じられないものだ。
「じゃ、まずは着替えてね」
彼女は机の上にある制服をトンと叩いて言った。
「更衣室とかありますか?」
「無いよ。だから、今この場でね」
「……マジですか?」
「冗談。そこのカーテンの奥だよ」
「分かりました」
俺はニコニコしている先輩から制服を受け取り、部屋の隅にあるカーテンへ向かった。
さっきのは、からかわれたのだろうか?
バイトとは無関係だが、これはこれで新鮮だ。
俺はカーテンを開ける。
その先には、上半身裸の店長が立っていた。
「きゃ~!」
店長が真顔で言った。
俺は、どういう反応をすれば良いのだろう。
助けを求め、珠希さんに目を向ける。
彼女は俺を見て大笑いした。
俺は察した。
この親子は、どうやらイタズラが好きらしい。
「大和くん」
「はい」
店長に呼ばれ、振り返る。
彼は上裸のまま俺を見ていた。やっぱり全然恥ずかしくないみたいだ。
「歓迎するよ。長く続けてくれたら時給も上げるから、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
握手をする。
店長は満足そうに頷くと、ササッと服を着てから厨房へ向かった。
「……着替えるか」
そんなこんなで制服を着た。
上はグレーのカッターシャツ。下はスーツっぽい黒いズボン。それからベージュのエプロンを重ねたデザインだった。
「お~、似合ってる似合ってる。いいね」
「……ありがとうございます」
カーテンを開けると、珠希さんがグッと親指を立てて言った。
「いやぁ、お姉さんイケメンが来てくれて嬉しいよ」
「……どうも」
「欲を言えば、あと十センチくらい欲しいかな」
「……まだ成長期なので、再来年くらいには」
「おー、それは期待しちゃうな。SNS映えしそう。因みにお姉さん下は150まで恋愛対象だぞ」
「……そっすか」
「あはは、緊張してるなぁ。かわいいかわいい」
俺はケラケラ笑う先輩から目を逸らし、首の裏側に手を当てた。
なんというか、小学生だった頃の母さんを思い出す。スキンシップが無いところが違うところだが、高校生になってこの扱いを受けるのは微妙な気分だ。
しかし、可愛がってくれているのは良い傾向だと思う。バイト先の人間関係が良好になるなら、これくらいは問題ない。
「早速ですけど、何からやればいいですか?」
「お、真面目だねぇ。そういうところポイント高いぞ」
先輩はパンと手を合わせて、
「まずは掃除かな。こっち来て」
俺は裏口からカフェに入店した。
気分はちょっとした冒険だ。
今日が初バイトで浮かれているのか、些細なことでもドキドキする。
だが、少し気が楽でもある。
バイトの間は、恋中さんが居ないからだ。
あの四人で昼休みを過ごした日から、もっと距離が近くなった。
だから何だと思う人もいるかもしれない。
しかし考えて欲しい。理性のゲージが赤色なのに、さらに距離が近くなるのだ。
いつ限界を迎えても不思議ではない。
そういうわけで、今日はとても気が楽だ。
「おー。時間通りに来たね」
裏口のドアを開け、厨房の隣にある従業員向けの休憩所みたいなところに入ると、そこに座っていた珠希さんに声をかけられた。
「はい、今日からよろしくお願いします」
「あはは、初々しいなぁ」
俺が運動部のノリで頭を下げると、彼女は穏やかに笑った。
やっぱり、大人っぽい印象を受ける。
少し長い髪が後ろに一本で束ねられており、彼女が動く度に揺れる。髪色は黒で、ピアスやネイルはしていない。小柄で身長は俺より低いけれど、ピンと伸びた背筋と余裕を感じられる落ち着いた態度は、同級生から感じられないものだ。
「じゃ、まずは着替えてね」
彼女は机の上にある制服をトンと叩いて言った。
「更衣室とかありますか?」
「無いよ。だから、今この場でね」
「……マジですか?」
「冗談。そこのカーテンの奥だよ」
「分かりました」
俺はニコニコしている先輩から制服を受け取り、部屋の隅にあるカーテンへ向かった。
さっきのは、からかわれたのだろうか?
バイトとは無関係だが、これはこれで新鮮だ。
俺はカーテンを開ける。
その先には、上半身裸の店長が立っていた。
「きゃ~!」
店長が真顔で言った。
俺は、どういう反応をすれば良いのだろう。
助けを求め、珠希さんに目を向ける。
彼女は俺を見て大笑いした。
俺は察した。
この親子は、どうやらイタズラが好きらしい。
「大和くん」
「はい」
店長に呼ばれ、振り返る。
彼は上裸のまま俺を見ていた。やっぱり全然恥ずかしくないみたいだ。
「歓迎するよ。長く続けてくれたら時給も上げるから、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
握手をする。
店長は満足そうに頷くと、ササッと服を着てから厨房へ向かった。
「……着替えるか」
そんなこんなで制服を着た。
上はグレーのカッターシャツ。下はスーツっぽい黒いズボン。それからベージュのエプロンを重ねたデザインだった。
「お~、似合ってる似合ってる。いいね」
「……ありがとうございます」
カーテンを開けると、珠希さんがグッと親指を立てて言った。
「いやぁ、お姉さんイケメンが来てくれて嬉しいよ」
「……どうも」
「欲を言えば、あと十センチくらい欲しいかな」
「……まだ成長期なので、再来年くらいには」
「おー、それは期待しちゃうな。SNS映えしそう。因みにお姉さん下は150まで恋愛対象だぞ」
「……そっすか」
「あはは、緊張してるなぁ。かわいいかわいい」
俺はケラケラ笑う先輩から目を逸らし、首の裏側に手を当てた。
なんというか、小学生だった頃の母さんを思い出す。スキンシップが無いところが違うところだが、高校生になってこの扱いを受けるのは微妙な気分だ。
しかし、可愛がってくれているのは良い傾向だと思う。バイト先の人間関係が良好になるなら、これくらいは問題ない。
「早速ですけど、何からやればいいですか?」
「お、真面目だねぇ。そういうところポイント高いぞ」
先輩はパンと手を合わせて、
「まずは掃除かな。こっち来て」
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