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3-07.スカーレットと一緒に遠足 後編
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とある小さな村の墓地。
二人の男が、死者を埋葬していた。
貴重な魔力伝導体で作った棺に入れる土葬。
体中が傷だらけの二人は、棺を埋めている。
やがて棺が見えなくなった。
一人の男がその場に崩れ落ち、地面を強く叩いた。
「くそぉ! 俺達が、何したってんだよ!」
隣の男は静かに目を伏せた。
「こんなこと、いつまで続ければいいんだよ!?」
五十年ほど前のこと。
楽園から奴隷としてムッチッチ大陸に連れて来られた魔族達が、貴族の屋敷から逃亡し、この小さな村を作った。
それから数十年は平和であった。稀に「魔族狩り」と呼ばれる賊が現れるものの、頻度が少ないこともあり、村の若者達で十分に対処できた。
ここ数ヵ月、その数が多過ぎる。
戦える若者達は徐々に疲弊し、ついに死者も現れ始めた。
体はもちろん、心も疲弊する。
名も無き小さな村の崩壊は時間の問題であった。
「……大丈夫?」
どこか幼い少女の声。
男は慌てて顔を上げ、笑顔を作った。
「あぁ、ちょっと疲れただけだよ。なぁ?」
もう一人の男に声をかける。
声をかけられた男性は頷き、少女に問いかけた。
「ルビィちゃん、何か用事かい?」
「……えっと」
ルビィと呼ばれた少女は俯いた。
彼女は後ろ手に何か隠し持った様子で、体を左右に揺らしながら言う。
「……神様が、きっと、見てる。だから、大丈夫、だよ!」
後ろ手に隠していた小皿を地面に置き、その場から逃げるように立ち去った。
小皿には、小さなおにぎりがいくつか乗っている。男達は互いに顔を見て、やがて困ったように笑った。
「……悪かった」
地面を叩いた方の男が謝罪した。
「俺達が、守らねぇとな」
もう一人の男は頷いた。
しかし、二人の様子には覇気がない。
分かっているのだ。
このまま襲撃が続けば、いつか、守り切れなくなる。
「しっかし、神様かぁ……」
「あんな小さい子を安心させるには、それしかねぇってことだ」
二人は力なく俯いた。
ほんの一年前、この村には子どもの笑顔があった。
しかし今は、ほとんどない。自分達が不甲斐ないばかりに、泣き喚く子供達を虚構の存在に頼ることでしか安心させられなかった。
「敵襲だ!」
遠くから声が聞こえた。
二人はしばらく硬直した後、苦虫を嚙み潰したような表情で駆け出した。
小さなおにぎりは、小皿の上に残されたままだった。
* イーロン *
わーい、スカーレットさんとお買い物だ。
ちょっと遠出するみたいだから、遠足かな?
実家の周辺は日課をしている間に行き尽くした。
でも今スカーレットさんと歩いている場所は、知らない場所だ。
知らない場所を探検!
お仕事中だけど、ワクワクする!
「……これは」
前を歩くスカーレットさんが何か呟いた。
「どうかしたの?」
「……聞こえませんか?」
何のことかな?
確かに少し前から騒がしいけど、今さら聞くってことは違うよね?
「申し訳ありません、急ぎます!」
彼女は急にペースを上げた。
ウチはその背中を追いかけながら考える。
……お祭りでもあるのかな?
なーんて呑気に考えていたけれども……。
現地に着いて直ぐに分かった。小さな村が、盗賊に襲われている。
(……あー、そういうことか)
スカーレットさんの目的を理解した。
お買い物じゃなくて、きっと治安維持だ。
(……この世界、治安悪いなぁ)
ちょっと森を歩けば盗賊とぶつかる。
実家の周辺は根絶やしにできたけど、少し離れたら直ぐにこれだ。
「嫌になるね」
「……仰る通りです。本当に」
スカーレットさん、日常的に治安維持してるのかな?
そうか。貴族にはそういう役割もあるのか。ノエルの指示だろうけど、使用人にやらせるのは、ちょっと違うよね。
「行ってくるね」
「イーロンさま!?」
* ルビィ *
「くそっ、もうダメだ!」
「逃げろ! この村はもう終わりだ!」
悲鳴が鳴りやまない。
ちょっと前から、ずっとこんな感じだ。
私は、いつも部屋に隠れる。
耳を塞いで、静かになるのを待つ。
でも今日は、終わらない。
遠くで聞こえていた音が、どんどん近くなる。
「……っ!?」
家の扉が開く音がした。
私は咄嗟に口を塞いだ。
「お? なんか声がしやしたぜ?」
「ああ聞こえた。女の声だった」
知らない人の声。
でも、良い人じゃないことだけは直ぐに分かった。
「どこかなぁ?」
息を止める。
お願い。見つからないで。
「ここかなぁ?」
足音がどんどん近付いてくる。
声が出せない代わりに、涙がポロポロ溢れ出た。
「おっ、みーつけた!」
腕を摑まれ、引きずり出された。
相手は大人の男。力強過ぎて、全然抵抗できない。
「あぁ、まだ餓鬼かよぉ」
「でもこいつ、中々良い値段で売れそうじゃないっすか?」
「そうだな。ここ最近、王都付近の活動が減ってるからな。飢えてる変態は多いぜ」
「いぇっへぇ! 大儲けぇ!」
やだ、何を言ってるの。
私、売られるの? 怖い。助けて。誰か、神様──ッ!
「大丈夫?」
「…………え?」
何が起きたのか分からなかった。
私は怖くて目を閉じた。次に目を開けた時、そこには優しい表情をした人が居た。
恐る恐る周囲を見る。
悪い男の人達が、倒れていた。
「……神様?」
「あはは、よっぽど怖かったのかな?」
神様は私をそっと床に降ろした。
「もう大丈夫」
そして、姿を消した。
「……え?」
慌てて周囲を見る。
だけど、誰も居ない。
床には気絶した悪者の姿がある。
その二人が、この瞬間が夢ではないことを証明していた。
* スカーレット *
「……強過ぎる」
一年ほど前、兄さんが帰還した。
その隣には見知らぬ女の人が居て、あたしは彼女と戦った。
手も足も出なかった。
彼女は瞬く間に楽園を掌握して、新たな組織を生み出した。
グレイ・キャンバス。
盟主、イロハの願いを叶えるための組織。
あたしは、忠義とか、そういうのは無い。
だけど利害が一致しているから従うことにした。
ひとつ、気になっていた。
イロハとは、どういう人なのだろう。
──ある日、使用人になった。
イロハの身の回りをお世話する役割だ。
緊張しながらイロハと対面した。
それから屋敷における生活が始まって、二ヵ月が経過した。
あたしは気に入らなかった。
世界は大変な状態なのに、どうして彼は、のほほんと生きているのだろう。
ノエルは「わたくしよりも遥かに聡明で……神の如きお方です」と言っていた。
でもあたしにはそうは思えなかった。年齢相応の……いや、それ以下の子供にしか見えなかった。
「お待たせ」
「……お疲れ様です」
初めて彼の戦いを見た。
少なくとも百人以上だった賊が、僅か数分で蹴散らされた。
それだけではない。
燃えていた家屋が鎮火されている。
村の出入口付近で血を流して倒れていた者達が、いつの間にか立ち上がっている。
(……神の如き力)
あたしは身震いした。
そして彼が望む「願いごと」に、初めて興味を持った。
「この後、どうする?」
彼は何でもないことのように言った。
……いや、違う。きっとあたしは試されている。
「事後処理は、お任せください」
「大丈夫? 大変じゃない?」
「もちろんです! お任せください!」
「……そっか」
まさか不安に思われている?
……でも、うん、そうよね。当然よね。
あたしは彼のことを知らない。
それは逆も同じこと。二人の間に主従関係はあっても、信頼関係は無い。
だから、これはチャンスだ。
「必ず、信頼を勝ち取って見せます!」
「信頼……ああ、そういうことか」
ほんの僅かな沈黙の後、彼は微笑んだ。
「じゃあ、お任せしようかな」
「有難きお言葉!」
──この日、あたしは初めて彼のために働いた。
そして翌日からは、信頼を得るため積極的に話しかけた。
普段の彼は、やっぱり子供と変わらない。
穏やかな態度で、あの日、神の如き力を振るった者と同一人物とは思えない。
……もっと知りたい。
いつの間にか、あたしはそんなことばかり考えるようになっていた。
二人の男が、死者を埋葬していた。
貴重な魔力伝導体で作った棺に入れる土葬。
体中が傷だらけの二人は、棺を埋めている。
やがて棺が見えなくなった。
一人の男がその場に崩れ落ち、地面を強く叩いた。
「くそぉ! 俺達が、何したってんだよ!」
隣の男は静かに目を伏せた。
「こんなこと、いつまで続ければいいんだよ!?」
五十年ほど前のこと。
楽園から奴隷としてムッチッチ大陸に連れて来られた魔族達が、貴族の屋敷から逃亡し、この小さな村を作った。
それから数十年は平和であった。稀に「魔族狩り」と呼ばれる賊が現れるものの、頻度が少ないこともあり、村の若者達で十分に対処できた。
ここ数ヵ月、その数が多過ぎる。
戦える若者達は徐々に疲弊し、ついに死者も現れ始めた。
体はもちろん、心も疲弊する。
名も無き小さな村の崩壊は時間の問題であった。
「……大丈夫?」
どこか幼い少女の声。
男は慌てて顔を上げ、笑顔を作った。
「あぁ、ちょっと疲れただけだよ。なぁ?」
もう一人の男に声をかける。
声をかけられた男性は頷き、少女に問いかけた。
「ルビィちゃん、何か用事かい?」
「……えっと」
ルビィと呼ばれた少女は俯いた。
彼女は後ろ手に何か隠し持った様子で、体を左右に揺らしながら言う。
「……神様が、きっと、見てる。だから、大丈夫、だよ!」
後ろ手に隠していた小皿を地面に置き、その場から逃げるように立ち去った。
小皿には、小さなおにぎりがいくつか乗っている。男達は互いに顔を見て、やがて困ったように笑った。
「……悪かった」
地面を叩いた方の男が謝罪した。
「俺達が、守らねぇとな」
もう一人の男は頷いた。
しかし、二人の様子には覇気がない。
分かっているのだ。
このまま襲撃が続けば、いつか、守り切れなくなる。
「しっかし、神様かぁ……」
「あんな小さい子を安心させるには、それしかねぇってことだ」
二人は力なく俯いた。
ほんの一年前、この村には子どもの笑顔があった。
しかし今は、ほとんどない。自分達が不甲斐ないばかりに、泣き喚く子供達を虚構の存在に頼ることでしか安心させられなかった。
「敵襲だ!」
遠くから声が聞こえた。
二人はしばらく硬直した後、苦虫を嚙み潰したような表情で駆け出した。
小さなおにぎりは、小皿の上に残されたままだった。
* イーロン *
わーい、スカーレットさんとお買い物だ。
ちょっと遠出するみたいだから、遠足かな?
実家の周辺は日課をしている間に行き尽くした。
でも今スカーレットさんと歩いている場所は、知らない場所だ。
知らない場所を探検!
お仕事中だけど、ワクワクする!
「……これは」
前を歩くスカーレットさんが何か呟いた。
「どうかしたの?」
「……聞こえませんか?」
何のことかな?
確かに少し前から騒がしいけど、今さら聞くってことは違うよね?
「申し訳ありません、急ぎます!」
彼女は急にペースを上げた。
ウチはその背中を追いかけながら考える。
……お祭りでもあるのかな?
なーんて呑気に考えていたけれども……。
現地に着いて直ぐに分かった。小さな村が、盗賊に襲われている。
(……あー、そういうことか)
スカーレットさんの目的を理解した。
お買い物じゃなくて、きっと治安維持だ。
(……この世界、治安悪いなぁ)
ちょっと森を歩けば盗賊とぶつかる。
実家の周辺は根絶やしにできたけど、少し離れたら直ぐにこれだ。
「嫌になるね」
「……仰る通りです。本当に」
スカーレットさん、日常的に治安維持してるのかな?
そうか。貴族にはそういう役割もあるのか。ノエルの指示だろうけど、使用人にやらせるのは、ちょっと違うよね。
「行ってくるね」
「イーロンさま!?」
* ルビィ *
「くそっ、もうダメだ!」
「逃げろ! この村はもう終わりだ!」
悲鳴が鳴りやまない。
ちょっと前から、ずっとこんな感じだ。
私は、いつも部屋に隠れる。
耳を塞いで、静かになるのを待つ。
でも今日は、終わらない。
遠くで聞こえていた音が、どんどん近くなる。
「……っ!?」
家の扉が開く音がした。
私は咄嗟に口を塞いだ。
「お? なんか声がしやしたぜ?」
「ああ聞こえた。女の声だった」
知らない人の声。
でも、良い人じゃないことだけは直ぐに分かった。
「どこかなぁ?」
息を止める。
お願い。見つからないで。
「ここかなぁ?」
足音がどんどん近付いてくる。
声が出せない代わりに、涙がポロポロ溢れ出た。
「おっ、みーつけた!」
腕を摑まれ、引きずり出された。
相手は大人の男。力強過ぎて、全然抵抗できない。
「あぁ、まだ餓鬼かよぉ」
「でもこいつ、中々良い値段で売れそうじゃないっすか?」
「そうだな。ここ最近、王都付近の活動が減ってるからな。飢えてる変態は多いぜ」
「いぇっへぇ! 大儲けぇ!」
やだ、何を言ってるの。
私、売られるの? 怖い。助けて。誰か、神様──ッ!
「大丈夫?」
「…………え?」
何が起きたのか分からなかった。
私は怖くて目を閉じた。次に目を開けた時、そこには優しい表情をした人が居た。
恐る恐る周囲を見る。
悪い男の人達が、倒れていた。
「……神様?」
「あはは、よっぽど怖かったのかな?」
神様は私をそっと床に降ろした。
「もう大丈夫」
そして、姿を消した。
「……え?」
慌てて周囲を見る。
だけど、誰も居ない。
床には気絶した悪者の姿がある。
その二人が、この瞬間が夢ではないことを証明していた。
* スカーレット *
「……強過ぎる」
一年ほど前、兄さんが帰還した。
その隣には見知らぬ女の人が居て、あたしは彼女と戦った。
手も足も出なかった。
彼女は瞬く間に楽園を掌握して、新たな組織を生み出した。
グレイ・キャンバス。
盟主、イロハの願いを叶えるための組織。
あたしは、忠義とか、そういうのは無い。
だけど利害が一致しているから従うことにした。
ひとつ、気になっていた。
イロハとは、どういう人なのだろう。
──ある日、使用人になった。
イロハの身の回りをお世話する役割だ。
緊張しながらイロハと対面した。
それから屋敷における生活が始まって、二ヵ月が経過した。
あたしは気に入らなかった。
世界は大変な状態なのに、どうして彼は、のほほんと生きているのだろう。
ノエルは「わたくしよりも遥かに聡明で……神の如きお方です」と言っていた。
でもあたしにはそうは思えなかった。年齢相応の……いや、それ以下の子供にしか見えなかった。
「お待たせ」
「……お疲れ様です」
初めて彼の戦いを見た。
少なくとも百人以上だった賊が、僅か数分で蹴散らされた。
それだけではない。
燃えていた家屋が鎮火されている。
村の出入口付近で血を流して倒れていた者達が、いつの間にか立ち上がっている。
(……神の如き力)
あたしは身震いした。
そして彼が望む「願いごと」に、初めて興味を持った。
「この後、どうする?」
彼は何でもないことのように言った。
……いや、違う。きっとあたしは試されている。
「事後処理は、お任せください」
「大丈夫? 大変じゃない?」
「もちろんです! お任せください!」
「……そっか」
まさか不安に思われている?
……でも、うん、そうよね。当然よね。
あたしは彼のことを知らない。
それは逆も同じこと。二人の間に主従関係はあっても、信頼関係は無い。
だから、これはチャンスだ。
「必ず、信頼を勝ち取って見せます!」
「信頼……ああ、そういうことか」
ほんの僅かな沈黙の後、彼は微笑んだ。
「じゃあ、お任せしようかな」
「有難きお言葉!」
──この日、あたしは初めて彼のために働いた。
そして翌日からは、信頼を得るため積極的に話しかけた。
普段の彼は、やっぱり子供と変わらない。
穏やかな態度で、あの日、神の如き力を振るった者と同一人物とは思えない。
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