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06.ウチ、特訓の成果を発揮する?

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 この世界には魔力がある。
 でもそれは、炎とか雷とか起こすようなものじゃない。基本的には自分にだけ作用する。

 魔力には色がある。
 基礎は赤青緑の三色。

 赤は「動」を司る魔力。
 例えば足に赤の魔力を込め、一気に爆発させると高速移動できる。

 緑は「静」を司る魔力。
 岩を粉砕するパンチが痛いで済んだり、赤の魔力による自滅を防いだりできる。

 青は「時」を司る魔力。
 良い感じに使ったら傷が治る。例えば、母上さまは若々しい肌を保つ為に青を極めていた。

 魔力は混ぜることができる。複数の色を一定の割合で混ぜると別の色になる。その組み合わせを全て知り尽くしているのは、きっと前世の知識を持っているウチだけだ。

 前世のウチは記憶力よわよわだった。だけどテストで酷い点を取る人でもポケモ○を全種類言えたりする。多分それと同じ。ウチの魔力に関する知識はマジ強い。

 もちろん知識だけでは終わらない。
 何度も実践して自在に扱えるようになった。

 ──亜音速ランニング。
 周囲に影響を与えないギリギリの速度で走ること。

 これはウチが身に付けた特技のひとつ。
 高密度な赤の魔力を緻密に制御して、青と緑を絶妙に組み合わせることで実現できる。

 もちろん師匠である母上さまも使える。
 コツさえ覚えれば割と簡単なのだ。この世界マジやばい。

 ただし持続するのは難しい。
 例えば母上さまはメッチャ強い。でも亜音速ランニングは一分も続かない。母上さま曰く、十秒続けば優秀な部類に入るそうだ。

 ウチは一時間くらい続けられる。
 しかも、本気出せばもっと速い。

 ふふっ、我ながら素晴らしい。
 ウチは「速度」に関しては自信がある。

 だって集中してがんばった。
 逃げる技術はウチにとって重要なのだ。


 ──その力を発揮する時が来た。


 ウチは逃げた。
 それはもう必死に逃げた。

「わたくし、感動しております」

 でも聖女ノエル普通についてくる。
 マジ怖い。泣きそう。失禁するかも。

「あれから十年。わたくしは白の魔力に侵され髪や瞳の色が変化しました。体付きも幼い頃とは別人です。しかし! イッくん様は一目で気が付いた! やはり運命の人!」

 もう五分くらい走り続けてる。
 おかげで島の地理ほぼ覚えちゃった。

「ところでイッくん様? 二人で静かに話せる場所をお探しでしたら、島の最北端にあるチムチム・ビーチがオススメですよ」

 聖女ノエル普通に会話してくる。
 マジ怖い。新幹線より速く走ってるのに。

(……どうしよう)

 ウチは亜音速で移動している。
 これは超高等技術。赤の魔力だけじゃ無理。緑の魔力で体を強化して、青の魔力で体感時間を操作する。全部同時にやる必要がある。

 少しでも間違えたら悲惨な衝突事故。
 亜音速ランニングには集中力が必要だ。

「はぁぁん♡ 夜のビーチで二人きり。そこで何を語らうのでしょうか。わたくし胸の高鳴りを抑えることができません!」

 でも聖女ノエル普通に喋ってる。
 マジ怖い。戦ったら絶対に負ける。

(……プランBを発動する!)

 ウチは交渉術を習得している。
 交渉で大事なのは、明確な目的と複数の代案を用意すること。

 今回の場合、目的は生き延びること。
 プランAの「目立たない。関わらない。生き延びる」は粉々に砕け散った。でも、ウチにはプランBがある。それは皆と仲良くなること。

(……やるぞ!)

 ウチは聖女ノエルを見た。
 彼女は(^q^)こんな顔で並走している。

 超怖い。でも大丈夫。こんなこともあろうかと特別な話術を母上さまから学んだ。

 今こそ! 特訓の成果を発揮する時!

 
 *  チムチム・ビーチ  *


 ざぶん。ざぶん。
 波の音が聞こえる。

 びゅおん。びゅおん。
 海風が身体を冷やす。

 ばくん。ばくん。
 逃げたいとウチの心臓が叫んでいる。

 聖女ノエルが近い。近過ぎる。
 彼女はウチの腕を摑み、ウチの肩に頭を乗せている。

 きっとウチが逃げたことを怒っているのだ。
 当然だよ。逆の立場で考えれば分かる。笑顔で話しかけた相手が急に亜音速で逃亡したら、誰だって嫌な気持ちになる。だからウチは素直に謝罪することにした。

「君には、本当に申し訳ないことをした」

 謝罪は難しい。言葉を間違えると、余計に相手が怒ってしまう。

 でも大丈夫。ウチが教わった話術には謝罪も含まれている。ポイントは余計な発言をしないこと。まずは自分の非を全面的に認めて、次に改善策を示すのだ。
 
「約束する。ボクは、どこにも行かない」

 十歳の時、ウチの一人称は母上さまの指導で「ボク」になった。
 それはさておき、どうかな。今の言葉で腕の拘束を解いてくれたら嬉しいけども。

「……どこにも、行かない?」

 聖女ノエルは心底驚いた様子でウチを見た。
 そして──純白の瞳から透明な雫が落ちる。

「なぜ!?」

 ウチは思わず叫んだ。
 ヤバい。泣かせた。嫌われる。

「ごめんなさい。違うのです」

 聖女ノエルは袖で涙を拭う。
 それから強い力でウチの腕を握り締めた。

「……この涙は、違うのです」
 
 何が違うの!? ウチは何を間違えたの!?
 感じる。強い意思。絶対に逃げられない。

 違う。諦めない。
 ウチはまだ「離れて」と言っていない。

 次はストレートな表現をしよう。
 相手を怒らせないように注意して……。

「不安なのかい?」

 母上さま直伝の話術。
 ウチは聖女ノエルの涙を指で掬い、彼女の目を見つめて言った。

「君は、どうすれば安心してくれるのかな?」

 彼女は「ウチが逃げること」を警戒しているに違いない。だから「何をすれば逃げないと信じてくれるのか」と柔らかい表現で質問した。

「……イッくん様は、変わらないですね」

 彼女は幸せそうな表情で言った。
 想定と違う反応だけど、機嫌は良さそうだ。

「わたくしは何も望みません」

 しかし言葉とは裏腹に密着度が高まった。

「ただ、傍に居てくださるだけで幸せです」

 ウチは全てを諦めた気持ちで天を仰いだ。
 目に映るのは薄紫色の夜空。色とりどりの星々が輝いている。

「……月が、綺麗」
「……まぁ、お上手ですこと」

 何が上手なんだろう。
 ただ夜空を見た感想を言っただけなのに。

 その後、一時間くらい無言だった。
 ウチが「くちゅん」と咳をすると聖女ノエルが帰宅を提案した。

 ウチは亜音速で学生寮を目指した。
 彼女は当たり前のように並走した。

 明日からどうなってしまうのだろう。
 あまりにも不安で、一睡もできなかった。
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