上 下
3 / 44

03.ウチ、幼女と戯れる

しおりを挟む
 仲間を増やすと考えた翌日。
 ウチはママと一緒に長い廊下を歩いていた。

「これから客が来ます」
「部屋で待っていれば良いですか?」

 ママは首を横に振る。

「狼になりなさい」

 ウチ、ママの言葉を深読みする。

「客を狩り、力を示せと?」
「違います」

 ママは窓際に立ち、外を見る。
 ちょうど馬車が入ってくるところだった。

「あなたと同じ五歳です」

 五歳……あの子か。
 綺麗な金髪。お人形さんみたいな子供だ。

「なるほど」
「ええ、そういうことです」

 ウチは全て理解した。
 ……子守りミッション、開始!


 *  *  *


 バーグの家は、でかい。
 端から端まで百メートル以上ある。

 形はドーナツみたいな長方形。
 内側には広い庭があって花とか植えてある。

 今、ウチは庭の真ん中に居る。
 幼女と二人で長椅子に座っている。

「……」
「……」

 ぼーっとした子だ。
 さっきから何も言わず、蝶々を目で追いかけている。

 小鳥がちゅんちゅん。風がそよそよ。蝶々がふわふわ。
 平和だ。血反吐を撒き散らしながら訓練している日々が噓みたいだ。

「ねぇ」

 ビックリした。袖を引かれた。
 気配ゼロだったよ。この子、つよい。

「おなまえ」

 無表情なのは緊張してるから?
 いや、何も考えてないだけかな……?

「イーロン」
「い?」
 
 とりあえず名乗った。
 でも伝わってない。ウチはゆっくり言い直す。

「イーロン」
「いーりょ?」

 この名前は難しいっぽい。
 どうしよう……そうだ、あの呼び方なら大丈夫かも。

「イッくん」
「いっくん」
「正解」
「えへへ、いっくん」

 鼻血出そう。
 なにこの生き物。かわいい。
 
「君の名前は?」
「のえる」
「ノエル!?」
「ん、のえる」

 あいつは銀髪。この子は金髪。別人だよね。
 でも……いやいや、よくある名前だよ。偶然に違いない。

「なかよし?」

 仲良くしよう……ってコト?
 大歓迎。ウチ、同年代の仲間募集中。

「うん、仲良しだよ」
「……えへへ」

 鼻血出た。
 なにこの生き物。尊い。

「わっ」

 ビックリしてる。多分、鼻血のせいだ。
 彼女は慌てた様子を見せた後、高そうな服でウチの鼻血を拭こうとした。

「待って待って、大丈夫だから」

 ウチはノエルを避けた。
 こんな高そうな服を血で汚したら後で酷いことになりそうだ。

「見てて」

 ウチは青の魔力を制御する。
 鼻の辺りに青紫色の光が現れ、血は動画を逆再生したみたいに引っ込んだ。

「わっ」

 彼女は小さな口をぽかんと開き、かたまった。

「ふしぎ」

 かわいい。

「もっと」
「……もっと?」

 アンコール的な意味かな?
 ごめん、それはちょっと難しいかも。鼻血って意図して出るものじゃないし。

「……だめ?」

 ウチは拳に赤の魔力を込め、自分の鼻先を殴った。
 幼児の力とか関係ない。魔力を込めた一撃によって、確かな痛みと共に出血する。ウチは再び青の魔力を制御して、それを引っ込めた。

「おー」

 彼女は目を輝かせ、拍手をする。

「まんぞく」
「そっか。良かった」

 緑色の瞳がウチをじっと見つめる。
 そして数秒後、彼女は不意に立ち上がった。

「どうしたの?」

 あんまり遠くに行ったら捕まえよう。
 そんな意識で眺めていると、彼女は適当な花をひとつ、花壇からむしり取った。

「あげる」
「えー、いいの? ありがと」

 受け取る。
 
「えへへ」

 彼女は幸せそうに笑った。
 やばい。また鼻血が出そう。

 知らなかった。
 男の体って、かわいい生き物を見ると鼻血が出るんだ。

「いっくん、すき」
「ありがと。ウチもノエル好きだよ」

 彼女は驚いたような表情をした。

「わかった」

 何が分かったのかな。
 多分だけど、懐かれたっぽい? 

「ノエル、お願い聞いてくれる?」
「いいよ」

 相変わらず、ぼんやりした表情だ。
 五歳ならこれが普通なのかな。そう考えると、今から言うことに大きな意味は無いかもしれない。大人になったら忘れてるかも。でも、積み重ねは大切だ。

 仲間を増やすこと。とても重要。
 ウチは早くも訪れたチャンスに手を伸ばす。

「ウチと、仲良くしてね」
「するよ?」
「ええっと、どうしようかな……」

 ウチは元の世界で孤独だった。でも、周りは優しかった。良くも悪くも特別扱いをしてくれた。そういうわけで、誰かに何かをお願いした経験が乏しい。

 だから分からない。
 どういう言葉が適切なのだろう。

「……」

 五秒経った。答えは出なかった。
 ウチは考えることを諦めて、パッと頭に浮かんだ言葉を伝えることにした。

「助けて」
「たすけ?」
「ごめん今の無し。えっと、なんて言えば良いのかな……」

 助け合い。大事。
 だけどウチは、その言葉が好きじゃない。

 助けられるだけの人生だった。
 それはとても優しくて、ちょっぴり残酷なのである。

 そうじゃない。
 ウチが欲しいのは、もっと……。

「信じて」

 最初は自分の言葉に驚いた。
 だけど数秒後、妙に納得した。

 前世のウチは誰からも信じて貰えなかった。
 どれだけ頑張っても、どうせ君には無理でしょ、という風に扱われた。

 それは、とても寂しい。
 どんなに優しくされても壁を感じる。

「わかった。しんじる」

 うーん、この表情、どうなのかな。
 失敗したかも。信じるとか信じないとか、五歳児には難しいよね。

 その後、ウチはノエルと戯れた。
 ちょっぴり会話したことで緊張が解れたのか、ノエルは口数が多かった。

 仲良くなれた気がする。
 ウチは、とても嬉しかった。

 仲間作り、大成功かもしれない。
 だけど……これが最初で最後の成功だった。

 ノエルが再び顔を見せることはなく、その後に出会った同年代の子とは、どういうわけか打ち解けることができなかった。

 だからウチは全く想像できなかった。
 ──まさか、この会話が「イーロン・バーグ」の未来を大きく変えていたなんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

処理中です...