聖女に殺される悪役貴族に転生した私ですが、なぜか聖女と一緒に魔王ライフが始まりました

下城米雪

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01.ウチ、生き方を決める

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 坂東ばんどういろは。
 彼女の脳には生まれつき欠陥があった。

 絶望的に物覚えが悪い。
 知識が定着するまでの時間が異常に長い。

 周囲は彼女に配慮した。
 とても優しい環境だった。

 それは彼女に孤独を与えた。
 
 皆と違う。皆と同じことができない。
 幼い少女にとって耐え難い事実だった。
 
 だけど彼女はメンタルが強かった。
 
 一生懸命がんばる。
 皆よりも百倍バカだから、百倍がんばる。

 いつか皆と一緒になること。
 それが彼女の夢であり、目標だった。 

「いろは、見てるだけで大丈夫だよ」

 しかし善意が彼女を遠ざけた。

「大丈夫? 私がやろうか?」

 どれだけ頑張っても追い付けない。
 彼女は、いつまでも「特別な子」だった。

 だから。

「ゲーム、好き」

 彼女はゲーマーになった。
 
「セーブ、最高」

 彼女はゲームの内容を覚えられない。
 どれだけ熱中しても、翌日には綺麗さっぱり忘れてしまう。

 しかし、データは消えない。
 彼女が努力した証は残り続ける。

『────』

 そのゲームのタイトルは、何だっただろうか。
 彼女の記憶には残っていない。だけど多くの時間を費やしたことは確かだ。

 そのゲームには、倒されるべき悪役が存在する。
 名前はイーロン・バーグ。彼女は、何度も主人公に挑む姿に自分を重ねていた。

 誰からも褒められない。
 どれだけ努力しても報われない。

 それでも諦めない。
 夢を叶えるために、何度でも挑む。

「一緒だね」

 乾燥した頬に一筋の涙が伝う。
 それが彼女に残っている最後の記憶だった。


 そして現在──


「きゃ~! よくできました! 偉い偉い!」

 ウチは、めっちゃ褒められていた。

「んぁ~い!」
「もぉ~! なんてかわいい子なの!」
 
 ママ、好き。
 何しても褒めてくれる。

 例えば二足歩行。
 人類の基本スペック。

「きゃ~! あなた聞いて! ウチの子が歩いた! 歩いたわよ!」

 ママ、大興奮。
 楽しい。何しても褒めてくれる。
 
「んぁ~い!」
「もぉ~! 好きぃ~! 息子ぉ~!」

 これは、夢かな?
 そんな風に思った瞬間、前回の記憶が一気に蘇った。

「んぁ~い!」
「あらあら? 急にどうしたの? お腹すいちゃった?」

 思い出した。ウチは一度ぶっ殺されてる。
 でも戻った。死ぬ間際に発動した魔法が大成功。

 遡ること三ヵ月。
 ウチは見知らぬ場所に居た。

 なんか見覚えある。
 不思議に思いながら歩いた。

 鏡に目付きの悪い男が映った。
 知ってる。彼はイーロン・バーグ。

 振り返る。誰も居ない。
 再び鏡を見る。試しに踊る。完璧トレース。

 これは夢?
 頬を抓る。メッチャ痛い。

 ウチ、理解した。
 ここはゲームの世界だ。

 イーロン・バーグ。ウチが大好きなキャラ。
 どれだけ努力しても報われず、最後は主人公にぶっ殺される運命。

 今のウチ、イーロン・バーグ。
 つまり……将来的に、ぶっころ。

 嫌だ。無理。死にたくない。
 ウチは破滅を回避するため必死にがんばった。

 でもぶっ殺された。
 元凶は聖女ノエル。あいつ絶対に許さん。

「イッくん、よく見て」
「んぁ~?」

 ママに呼ばれた。
 ウチは泣き止む。

 待って。ママ? 誰?
 イーロン・バーグの幼少期とか知らない。

 ゲームは学園からスタートだったはず。
 何これ。どういうこと。何がどうなったの。

「こっちが赤いボール。こっちが青いボール」
「あーぁ、あーお?」
「きゃ~! 賢い! そうよ! 赤と青よ!」
「んぁ~い!」

 わーい、楽しい(思考停止)。
 
「よく見てね」

 ママは床にボールを置いた。

「青いボールに触ってください」
「んぁ~い!」
「きゃ~! 正解! 天才だわぁ~!」

 楽しい。
 一分あたり人生三回分くらい褒めてくれる。

 こんなの初めて。
 これは、夢かな?

 じゃあ、頼む。
 終わるな。永久に。

 そう思った直後。
 襲われる。強烈な眠気。

 嫌だ。やめて。
 この夢は、もっと、お願い……


 *  *  *


「あう!」

 ウチ、覚醒。
 空が白い。天井かな。

「あーぅ」

 手を伸ばす。
 ちっちゃ。なにこれ。

「あー?」

 えっと、えっと……ハッ!?
 そうだ。ウチ、転生。そして、死。

 奇跡の時間遡行! 
 その後……赤ちゃん!

「あらあら。お目覚めなのね」

 ママが現れた。
 とても優しい目。
 
「あーぁ」

 ウチは「赤」と言った。
 理由は不明。ママの赤い瞳を見たら、どうしてか赤と言いたくなった。

「えーっと? ……ああ、赤! 私の瞳の色を言っているのね!」

 伝わった。流石ママ。
 わっ、なんか急に持ち上げられた。

「昨日教えたこと、もう覚えたのね! 流石だわぁ~!」

 ……昨日、教えたこと?
 ウチはママにギュッとされながら、その言葉の意味を考えた。

 分かる。覚えてる。
 さっきの夢、あれが昨日の記憶。

 そうだ。思い出した。
 ウチは……イーロン・バーグは、忘れない。

 一回目は気付かなかった。
 生き残るために必死だった。

「あーぁ!」
「そうよ。赤色よ」

 覚えてる!
 昨日のことも、その前のことも、全部、全部、全部!

「……うぁ」
「あら、どうしたの?」

 ウチは号泣した。
 感情の制御、マジ無理だった。

「あらあら、お腹がすいたのかしら?」

 今の状況は意味不明。
 でも、ひとつだけ分かる。

 これは夢じゃない。
 ウチの妄想が現実になった。

 覚えてる。忘れてない。
 昨日を今日に持ち込むことができる。

「ごめんなさい。強く抱き締め過ぎたかしら? 痛かった?」

 ウチは号泣した。
 そして強く思った。

 この幸せ、永久に続け。
 でもそれは無理。人は死ぬ。

 だから、せめて、長生きしたい。
 ただ生きるだけじゃない。自由に生きたい。

 やりたいこと、できなかったこと、全部やる。

 そのために──


 *  三年後  *


「母上さま、質問があります」

 食事の時間。
 ウチは隣の席に座った母上さまに問いかけた。

「……母上さま?」

 ガン無視。かなしい。
 母上さまは無言で食事を続け、やがてボソッと言った。

「ママと呼びなさい」
「ママ、質問があります」
「はぁ~い♡ なんでも聞いてちょうだい♡」

 ウチは父上さまをチラと見る。
 ママは甘々だけど、父上さまは厳しい。言葉遣いとか、礼儀作法とか、色々。パパと呼んだら老若男女平等パンチ。

 父上さまは溜息を吐き、席を外した。
 ママと二人で自由に話しても良いという意思表示だ。

「長生きする方法を教えてください」
「どうしてそんなことを聞くの?」

 ウチの未来は、死。
 聖女ノエルと愉快な仲間達にぶっ殺される。

 そんなの絶対に嫌だ。

 前回は訳も分からず殺された。
 だけど今回は違う。準備できる。

「ママと、少しでも長く一緒に居たいからです」
「……まぁ!」

 ママは両手で鼻と口を隠した。
 そして宝石みたいに綺麗な赤い瞳から透明な雫が零れ落ちる。

「まぁまぁまぁ!」

 宝石みたいに……この表現すごくない?
 ウチめっちゃ賢くなってる。やば。本を読んでるからかな?

「力よ!」

 ママは力強く言った。
 ウチは雑念を捨てて耳を傾ける。

「今の時代、死因の九割が他殺。力無き者は死するのみ!」

 やだこの世界。マジ物騒。
 
「そうね。そうよね。まだ幼いとか関係ないわよね」

 ママはウチに体を向け、真剣な表情を見せる。

「イーロン。心して聞きなさい」
「心して聞きます」

 ママは無言でウチを抱き締めた。
 多分、正面から向き合ったら愛が溢れてしまったのだろう。マジかわいい。

「イーロン。心して聞きなさい」
「心して聞きます」

 テイク・ツー。

「この世は、強者こそが正義です」

 ウチは神妙な面持ちで頷いた。

「弱者は全て奪われます。綺麗な夢も、大切なモノも、何もかも」

 その言葉を口にしたママの瞳からは、いつもの優しい光が消えていた。
 だけど、この時のウチには、その意味が分からなかった。

「イーロン。あなたを強くします」

 ウチは頷いた。
 そして厳しい修行が始まった。

 強くなる。
 とてもシンプルな答えだ。
 
 前回、ウチは聖女ノエル達から逃げた。実に愚か。必要なのは、自己防衛。ウチは戦うべきだった。勝てば生きる。負ければ死ぬ。とても分かりやすい。

 絶対に死にたくない。
 だって、やっと夢が叶った。

 多分、これは生まれ変わり。
 理屈は分からないけど今この瞬間はリアル。

 やりたいことが沢山ある。
 だから絶対に長生きしたい。

 ウチは生き方を決めた。
 強くなる。誰よりも強くなって、自由に生きるんだ。
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