上 下
11 / 38

2-4. 現在地

しおりを挟む
 迷宮を出た時、辺りは暗くなっていた。
 戦闘中は自覚していなかったが、時間経過を認識した直後、一気に疲労を感じた。恐らく都市に戻った安心感で緊張が解けたのだろう。

 私はまず、魔石を換金するため冒険者協会へ向かった。買取額は6742マリとなった。

 これが一日の稼ぎとして多いのか少ないのかは分からない。ただ、一日分の宿代と食費を支払うには十分な額だった。

 私は協会から最も近い宿屋へ向かった。
 幸いにして空きがあったので、二つの部屋を頼むと、レイアが鋭い声で言った。

「ダメよ」

 理由を問う。
 彼女は目を細めて返事をした。
 
「契約違反よ」

 その言葉を聞き、私は納得した。
 このような少女と寝室を共にするのは何かと良くない気がするけれど、疲労によって思考力が低下しているせいか、あまり深く考えることができなかった。

 案内された部屋は思ったよりも広かった。
 色々と置いてあるような気がする。しかし私には目の前にある寝床しか見えない。当然だが、一人用の寝床である。
 
「……ねぇ」

 レイアの声。
 目を向ける。

「先にシャワーを浴びてもいいかしら?」

「……しゃわー、とは、なんだ?」

「は? え、知らないの?」

「すまない。ここには、来たばかりなんだ」

「そうなんだ……はぁ、仕方ないわね。教えてあげるから聞きなさい」

 シャワー。
 魔石を媒介にした魔道具のひとつ。程良い温度の水を出せる。ここでは、このシャワーを使って身を清めることが一般的らしい。

「ありがとう。レイアは物知りだな」

「……べつに、常識よ。こんなの」

 説明の後、レイアは浴室に入った。

 私は床に座る。
 そして不思議に思った。

 この疲労感は、何なのだろう。

 迷宮に入ったのは初めてだった。
 薄暗い不気味な場所で、恐怖を感じなかったと言えば嘘になる。初見の魔物を相手に何度かヒヤリとさせられた。あれだけ長時間の戦闘を経験したのは初めてだった。

 しかし、それだけだ。
 祖国に居た頃は、一日中何かしらの仕事をしていた。戦闘のような緊張感は無いが、今のような疲労を感じたことは無い。

「……お待たせ」

 声が聞こえた。
 ゆっくりと顔を上げる。

「……あぁ、レイアか」

 彼女が現れたということは、次は私が身を清める番だ。

「ちょっと、大丈夫?」

 彼女が心配そうな様子で言った。

「大丈夫。少し疲れただけだよ」

 私はどうにか笑みを浮かべて返事をした。
 
 浴室へ入り、服を脱ぐ。
 レイアに教わった通りにシャワーを使って身体を清める。

「……温かい」

 もう少し心に余裕があれば、感動していたと思う。だけど今は、その程度の感想しか浮かばなかった。

 私は手を使って髪をすく。
 硬い。恐らく、迷宮を走り回ったことで舞い上がった細かい砂や埃が付着しているのだろう。

 ──心だけは美しく。

 私は母の遺言に忠実だった。
 当然、身嗜みにも気を配っていた。

 これ程の疲労感があっても身を清める行動が滞らないのは、きっと過去の経験が染み付いているからなのだろう。

 今日の戦闘も同じだ。
 祖国で何度も魔物と戦った経験が無ければ、もっと無様を晒していたはずだ。

 私は空っぽだ。
 しかし、それでも、これまで生きた時間が何らかの形で残っているらしい。

「……ああ、そうか」

 私は、ようやく気が付いた。

「……あの目だ」

 ツギハギが私を見る目。
 明確な殺意を感じさせる視線。

 それが私の日常だった。
 だから私は、いつも俯いている。

 私は人の目が怖い。
 レイアのような例外を除けば、五秒と見続けることができない。

 しかし、戦闘において相手から目を逸らすことは死を意味する。嫌でも向き合う必要があった。

 これだ。
 これが、疲労の原因だ。

「……私は、弱いな」

 ぽつりと呟いた声は、シャワーから次々と出てくる水の音に掻き消された。

 しばらくその音だけを耳に入れた後、私は力強く両手を握り締め、壁に押し当てた。

 悔しい。

 私は、私を虐げ続けた国から解放された。
 だけど、染み付いた弱さを捨てられない。

 痛感する。
 これが私の現在地だ。

 握り締めた拳が震える。
 目の奥が焼けるように熱い。

「強くなりたい」

 そして私は、無意識に願い事を呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勇者パーティー追放された解呪師、お迎えの死神少女とうっかりキスして最強の力に覚醒!? この力で10年前、僕のすべてを奪った犯人へ復讐します。

カズマ・ユキヒロ
ファンタジー
解呪師マモル・フジタニは追放された。 伝説の武器の封印を解いたあとで、勇者パーティーに裏切られて。 深い傷と毒で、死を待つばかりとなったマモル。 しかし。 お迎えにきた死神少女との『うっかりキス』が、マモルを変えた。 伝説の武器の封印を解いたとき、体内に取り込んでいた『いにしえの勇者パーティー』の力。 その無敵の力が異種族異性とのキスで覚醒、最強となったのだ。 一方で。 愚かな勇者たちは、魔王に呪いを受けてしまう。 死へのタイムリミットまでは、あと72時間。 マモル追放をなげいても、もう遅かった。 マモルは、手にした最強の『力』を使い。 人助けや、死神助けをしながら。 10年前、己のすべてを奪った犯人への復讐を目指す。 これは、過去の復讐に燃える男が。 死神少女とともに、失ったはずの幼なじみや妹を取り戻しながら。 結果的に世界を救ってしまう、そんな物語。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

スキルハンター~ぼっち&ひきこもり生活を配信し続けたら、【開眼】してスキルの覚え方を習得しちゃった件~

名無し
ファンタジー
 主人公の時田カケルは、いつも同じダンジョンに一人でこもっていたため、《ひきこうもりハンター》と呼ばれていた。そんなカケルが動画の配信をしても当たり前のように登録者はほとんど集まらなかったが、彼は現状が楽だからと引きこもり続けていた。そんなある日、唯一見に来てくれていた視聴者がいなくなり、とうとう無の境地に達したカケル。そこで【開眼】という、スキルの覚え方がわかるというスキルを習得し、人生を大きく変えていくことになるのだった……。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

処理中です...