【完結】99回処刑されたツンデレ令嬢、100回目の人生で溺愛させる

下城米雪

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ツンデレ令嬢は泣きわめく

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 月を思わせる白銀の髪。
 古の龍を彷彿とさせる紅い瞳。

 名前はアルス。
 純白の礼服を来た彼は、親の後ろでわたくしをじっと見ていた。わたくしも両親の脚を壁に見立て、彼をこっそり見ていた。

 ……はぁ、今生はあの子に殺されるのですね。

 幼い頃に婚約者が決まるということは珍しくなかった。
 正直、何度も期待した。とても大人しそうな相手が婚約者だった時には、こいつに殺されることなんてありえないと、本気で信じた。

 無論、信じるだけではない。
 愛されるため必死になって尽くした。

 絶対にわたくしを殺さないでね。
 ほら、わたくしと一緒だと、こんなにもお得ですわよ?

 しかし──

「リンネ! 貴様との婚約を破棄する!」

 結局、最後はこうなった。

「なぜ!? これまでずっと尽くしてきましたのに!」

「尽くしただと? 貴様のせいで、俺が周囲からどう思われていたのか、知らぬとは言わせぬぞ!」

 あー、やだやだ。思い出したくないですわ。
 突き放したら「この悪女め!」と殺され、優しくしたら「俺は貴様のせいで」と殺され、ならばと無干渉を貫けば「俺は真実の愛を見つけた!」と殺され、周囲と仲良くして味方を作ろうとしたら「貴様は婚約者が居る身でありながら他の者と!」と殺され……もうやだ! どう足掻いても処刑なのですわ!

 やだぁぁぁぁぁあああああ!


 *  *  *


 ごきげんよう。
 わたくし、こどものお守りをしておりますの。

 貴族らしい豪邸。
 平民の家が四つは建ちそうな広い庭。

 親が大人の話をしている間、わたくしとアルスは二人で過ごすことになりました。

 庭の隅にある長椅子。
 大人が三人は座れそうな場所で、わたくし達はちょこんと並んで座っております。

 もちろん完全に二人というわけではありません。
 少し感覚を研ぎ澄ませば、あちこちから監視されていることが分かります。

「……リズベット、さま?」

 なぜ疑問形ですの?
 ……ああ、ひょっとして名前の呼び方ですの?

「リズで構いませんわよ」

 わたくしが返事をすると、彼は笑みを見せた。
 子供らしい天使のような笑みですが、どうせ十年後には「貴様との婚約を破棄するぅ!」と叫ぶ男になるのです。わたくし、もう処刑人婚約者には何も期待しないと決めましたのよ。

「リズさま、みてて」

 はいはい、何ですの?
 わたくしが目線を送ると、彼は顔の前に両手を掲げた。

「ぼく、まりょく、すごいよ」

 あらあらまあまあ、幼いながらにわたくしにアピールしようとしているのですね。可愛らしいこと。恐らく今回は身分が低い家と婚約したパターンなのでしょう。はいはい、何回も経験してますわよ。将来的にわたくしの家が没落して立場逆転からの「破棄するゥ!」がお約束のパターンですわ。

「どう? すごい?」

「ええ、お上手ですわ」

 わたくしは作り笑顔を見せた。
 すると彼は得意気な表情をして言った。

「もっと、すごいよ」

 そして、さらに多くの魔力を練り始めた。

 貴族は優れた魔力回路を持って生まれる。
 魔力回路は体内にある管のようなモノで、体外から吸収した魔力を循環させている。

 魔法を行使する時は、これを外に放出する。体内にある物理的な管と世界中に存在する見えない管を繋ぐことで、魔法が発動するのだ。イメージとしては、魔力回路を外の世界と結合する感じである。

 感覚を摑むまでは誰でも戸惑う。
 彼がやっているのは、前述したイメージを養うための練習方法である。

 ……へぇ、年齢の割には魔力が多いですのね。

 小さな手のひらの上で、淡い赤色の光が渦を描いている。この年で魔力を可視化できるだけでも大したものだ。
 
「もっと、もっと」

 光は徐々に色が濃くなり、やがてシュルシュルという音が聞こえ始めた。

 ……あら?

「もっと、もっと」

 ……ちょっと、お待ちになって?

「もっと、もっと!」

 次の瞬間、その渦は一気に膨張した。
 庭全体が真っ赤な渦に包まれ、空気を引き裂くような激しい音と、肌が焼けるような熱を感じる。

「わっ、わっ、どうしよっ、またやっちゃった」

 このガキ、またって言いやがりました?
 あちこちから悲鳴が聞こえやがりますけど、そんな危険なことを「また」やったんですの? お頭がおイカれになっておられるのではありませんこと?

「ああ、もう!」

 明らかな暴走。
 わたくしは慌てて彼の手を摑み、魔力操作に介入する。

「集中なさい!」

 そして99回の人生で培った知識と技術を集約させる。
 
 ……くぅっ、やはり座学だけでは限界がありますわね。

 正直、知識と経験だけならば私の右に出る者は存在しないだろう。しかし魔法は知識だけで使えるものではない。筋肉と同じように、鍛えなければ制御することはできない。

「リズさま、たすけて」

 ああもう! やってますわよ!
 わたくし99回も殺されてますけど、それでも1回だって殺されたくないですもの。毎回、今度こそ長生きするという決意だけはしているのですわ!

「落ち着いて、わたくしの魔力を感じてくださいませ」

 長い闘いが始まった。
 一瞬でも気を緩めればドカンと爆発しそうな暴走を、文字通り死に物狂いで制御した。

 果たして、わたくしは生き延びることに成功した。

「……はぁ……はぁ……はぁ……やりましたわ」

 彼から手を離し、汗を拭う。

 疲れた。本当に疲れた。
 今日はもう眠りたい気分ですが……。

「アルス!」

 わたくしは声を張り上げる。

「あなた、魔力の制御が実にお粗末ですわね!」

 彼には規格外の才能がある。
 しかし今は技術が伴っていない。
 これを放置すれば、いつ死に至る事故が起きても不思議ではない。あまりにも危険だった。

「あなたの周囲には愚鈍な人間しか居ないのかしら!?」

 本当に、こいつの家族は何をしてやがりますの?
 こんなの全身全霊で魔法から遠ざけるべきですわ。だけど彼の得意気な口振りからして、きっと普段から褒めちぎってやがります。
 
「わたくし殺されるかと思いましたわ!」

 これを放置すれば彼は死ぬ。
 あるいは、誰か身近な者を殺すことになる。

「お勉強なさい! そのように危険で拙い魔法、自慢げに使うなど愚の骨頂ですわ! 二度とやらないで!」

 言い切った後、ぜぇはぁと肩が揺れる。
 喉が痛い。この身体でここまで叫んだの初めてですわ。

「……りず、さま?」

「何かしらその目は? 泣くよりもまず……ハッ!?」

 しまった。そう思った時にはもう遅い。
 あれだけ大規模な魔力を暴走させたのだ。
 周囲でわたくし達を見張っていた大人達はもちろん、別の場所で話をしていた両家の親まで集まっている。

 その視線は──特に、わたくしを知る者達は、驚愕した様子でわたくしを見ていた。

「…………」

 おしまいですわ!
 詰みですわ! いきなりやらかしましたわ!

 もうダメ! やーだやだ! やだー!
 どうせ今の出来事がきっかけで親から疎まれ、アルスにも恨まれ、なんやかんや最後は殺されてしまうのですわ!

「リズちゃん、あなた……」

「……お母様、これは、誤解ですわ」

 母に笑顔が無い。
 まるで幽霊でも見たような顔で、わたくしを見ている。

「アルスッ、わたくし言い過ぎましたわ。だからほら、お涙をお拭きになって、皆々様に敬意の説明を!」

 わたくしは命懸けで子供を頼った。しかし彼は目に涙を浮かべるばかりで何も言ってくれそうにない。
 
 あーもう! どうすりゃいいんですの!?
 いっそこの場で殺してくださいませんこと!?

 そう思った直後。
 わたくしは、母に強く抱き締められた。

「……お母、様?」

「……リズちゃん、あなた」

 母は身体を離し、わたくしの両肩を掴んだまま、しっかりと目を合わせて言う。

「あ~んなに大きな声が出せたのね!」

「……はぇ?」

「きゃ~! 私びっくりしちゃった! 怒ってるリズちゃんも可愛かったよ~!」

 …………え、あ、え?

「……わたくしを、嫌いにならないの?」

「なるわけないじゃない!」

 母は先程よりも驚いた様子で言い切る。

「あんな魔法、危ないものね。この子のためを思って、本気で怒ってくれたのよね?」

「…………」

 ありえないことが起きた。
 わたくしの言葉が良い方向に受け取られたのは、100回の人生において、初めての経験だった。

 何を言えば良いのか分からない。
 どういう顔をすれば良いのかも分からない。
 ただその場で呆然としていると、母に優しく抱擁された。

「怖かったわね。でも、もう大丈夫よ」

 母の手がわたくしの背をそっと撫でる。
 大きな手だと思った。そこで私は、きっと初めて自分が5歳の子供なのだと理解した。

 だから、それが理由だと思う。
 自分の中で整理できない感情を、泣くという行為で表現してしまったのは。
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