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第一話
第一話「俺は自由になりたい!」
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〇 東京都港区六本木にあるタワーマンションの一室
窓から東京タワーが見える部屋。ペンや液晶タブレットなど漫画道具が整理されて置かれている机。漫画の資料が一万冊ほど置かれている本棚。
クローゼットには書いた原稿を書類ケースに入れて保管している。
机にあるパソコンを前に一人の白髪混じりの中年男が頭を抱えて苦しそうだ。
申(しん) 何だよ。なんで俺の過去を暴こうとするんだよ
男はパソコンの画面を見て、苦しい声を上げていた。
パソコンの画面には、ネットニュースの見出しに『人気漫画家が過去に殺人を起こしていた! 愛人に裏アカで暴露され大炎上!』と大きく書かれていた。
大手出版社で活躍している人気漫画家の神山申は、過去に引きこもりの姉を熱中症にさせて殺したと、インフルエンサー活動していた愛人に裏アカで暴露されて大炎上している。
漫画家の神山申は二十年以上引きこもり生活していた姉のせいで漫画家活動に支障をきたしていたと、周囲に漏らしていたと記事に書かれていた。
申 黙れよ、黙れよぉ。あいつを殺さなければ漫画家続けられなかったんだよぉ
ネットニュースのコメント欄には『やっぱりオタクはクソだな』、『漫画家だからって何でも許してもらえると思っているの?』、『人殺しする漫画家なんて死ねだよ!』、『今までやらかした漫画家の中でも擁護できへんな』とか罵詈雑言のコメントが書き込まれていた。
申 お前らに何か俺の気持ちなんか分かんねえくせに聖人ぶったコメントするんじゃねえよ!
申は罵詈雑言に書かれているコメントを見て、歯をむき出しにして怒っていた。
タワーマンションの窓から見えるマスコミ関係者がぞろぞろと申を取材しようと入り口に集まっていた。
マスコミ以外に申を一目見ようとする一般人達が紛れ込んでいた。
マスコミに申の事を面白がって記事にしようとマンションの入り口に集まっているのを見た申は、偶然に一人のマスコミの記者と目が合ってしまう。
申は嫌悪感で目をギュッと閉じ、窓のカーテンをシャッと力いっぱい閉める。
申 二十年前の事をわざわざマスコミなんかに語らねえよ。八〇五〇何か分かんねえマスコミめ。あいつを介護したくねえから殺しんだよ
申は口を歪ませながら、忌々しい過去を思い出すかのように、呟いた。
〇 二〇二二年の春 埼玉県西区のとある農家。
埼玉とは思えないのどかな風景。大きな田んぼがある。田んぼには稲の苗が植えたばかりだ。
田んぼの向こうにある小さな一軒家がある。
〇 申の自宅 二階にある漫画道具と山積みになっている漫画の資料が散らばっている
仄暗い明りの下に六畳一間の部屋にアラフォーのオタクっぽい男が一人、机で何か漫画作業している。
申 えーと、このレイヤーにトーンを貼って、そこのレイヤーにも別のトーン貼って
漫画家の佐上申はパソコンの画面を見ながら液晶ペンタブレットを駆使しながら漫画を描いていた。
申が今描いている漫画は、ある化粧品のステマ広告漫画だった。
目が大きい可愛い女の子と鼻筋の通ったイケメン男子が化粧品を買って貰えるようにとPRしている
申 この漫画で良い評判を呼ばせて、俺の食い扶持になるんだよ
申はぶつぶつ言いながら、ステマ広告漫画を描いていた。
台詞も入れて、データ入稿を終えた申は、机から降りて体を伸ばした。
申はスマートフォンを取り出して、メールチェックをした。
受信されたメールボックスには、申の友人の谷井からメールが来ていた。
申へ
こんにちは! 申、元気にしてるか?
今日の夕方、俺と小野と一緒に大宮駅の居酒屋に飲みに行かないか?
俺達、申に会いたくて今大宮にいるんだ。
俺達がおごってやるから、一緒に飲もうよ。
お前の姉さんにストレス溜まってたんだろ?
愚痴聞いてやるから、一緒に飲もう。
谷井より
申 あいつら、優しいな
漫画家友達の谷井から飲みに行こうと誘ってくれて、思わず目が潤む。
入稿を終えた申は、ストレス発散のために大宮駅に行こうと財布とスマートフォンを無印良品のリュックに入れて、玄関を出ようとした時、申の背後に不快感ある異臭が漂っていた。
異臭がして、後ろに振り返る申。
古びた廊下に貞子みたいに髪がぼさぼさに伸びてて、前歯が無い丸タンクみたいに丸々肥えた中年女性が立っていた。
申 比呂
引きこもりの姉の比呂に嫌そうな顔をする申。
鼻がつまっているのか、鼻息が荒い比呂は、三白眼で弟の申を見た。
比呂 (鼻をズーズー鳴らしながら)どこに行くのよ? 買い物?
申 違うよ。散歩だよ
リュックを背負っている申に何か気付いた比呂は鼻息ズーズーと荒くしながら
比呂 ねえ、申。あんたこれからお金入るよね? 私、あの新作ゲーム買って欲しいんだけど
比呂はオタク特有の早口喋りで申に聞く。
比呂にゲームを買ってくれとせがまれて、申はブスッとした。
申 買わねえよ。比呂、ゲームやっている暇あるんなら働けよ。在宅でもいいから
比呂 うるせえな。漫画家のくせに偉そうな事言うんじゃねえよ
申 そっちこそキモオタのくせに。働かなねえ豚はただの豚だぜ?
比呂に漫画家のくせにとバカにされて、ムカついて豚と反論する申。
豚呼ばわりされて、腹が立った比呂は前歯が無い口を歪ませて申を睨んだ。
申はフンと鼻を鳴らした。
申 時間泥棒豚!
比呂 私を豚って呼ぶんじゃねえよ!
私が引きこもりだからって、好きで引きこもりになったんじゃねえよ!
怒りに震える比呂を尻目に早く飲みに行きたい申は比呂を無視して家を出て行った。
〇 指扇駅 改札口
改装された指扇駅から埼京線の電車に乗って大宮駅に向かう申。
夕方の電車の中はフレッシュな学生たちと若いカップル、仕事で疲れたサラリーマンなどが乗っていた。
席に座っていた申はリュックに入っていたクロッキー帳とボールペンで電車に乗っている客をスケッチしていた。
〇 大宮駅 東口
夕方の人混みが行き交う大宮駅に着いた申は谷井と小野と約束した豆の木の前で待ち合わせした。
谷井 おーい! 申! 佐上申!
小野 申! 久しぶり!
改札口から大きな声で金髪のエグザイル系のルックスの谷井と背の低い小野が申の元へ走ってきた。
申 おお! 谷井! 小野! 久しぶりだな!
漫画家友達の谷井と小野と久しぶりに会って大喜びしてジャンプする申。
谷井と小野と再会した申は、大宮駅東口前の居酒屋に向かった。
〇 居酒屋の店内
居酒屋のカウンター席に座る申と谷井と小野。
仕事帰りの客でにぎわう居酒屋で申と谷井と小野は酒を飲みかわす。
申 プハ~! やっぱ生ビールは美味いや!
久々のビールに酔いしれる申。
谷井(ほろ酔いしながら)もっと飲めよ。ひっさしぶりに飲みに来たんだから!
小野 おい、申。泡ついてるぞ
申の鼻の下にビールの泡がついていた。
申 (ブッと吹きながら)あ、そうか
申は鼻の下のビールの泡を指で取った。
唐揚げをパクッと頬張る谷井。
谷井 最近、上手くいっているか?
小野 まあ、連載はきついけど。でも何とか食っていけてる。嫁も描いているし
小野はスマートフォンを取り出し、自分の公式サイトを小野の今連載されている漫画を申と谷井に見せた。
谷井 俺も最近、新しい連載始めた。まあまあアンケートの評判は良い方だよ。単行本も結構売れているし
谷井はスマートフォンを取り出し、自分が連載している漫画のウェブサイトを申と小野に見せた。
申は羨ましそうな顔をした。
申(ゴクゴクとビールを飲みながら)へえ、お前らは結構いい出版社で出来てて良かったな。俺は今、ステマ広告漫画で食いつなぐしかないんだよ
申の自虐に谷井と小野はちょっと心配そうな顔をする。
谷井 お前だって昔は人気漫画家だったじゃねえか。単行本の売り上げ年間一位だったこと何年もあったろ? また、人気漫画家に戻れるぞ
申 お前らは良いよ。うんと実力があって、結婚も出来て。俺なんかいまだに結婚できてねえし
申が自虐めいた事を呟いた。
小野が何か感づいたような顔をした。
小野 もしかして、申のお姉さんが原因なのか?
申は小野に申の姉の比呂が原因なのかと、聞かれてただ黙って、ビールのグラスをじっと一点に見つめる。
谷井 大丈夫だろ、申。お前の姉さんもいつかは死ぬんだから、その時まで頑張れよ。
お金稼いで実家を出れば良いじゃないかよ。
谷井にお金を稼いで実家を出れば良いと、励まされているのか、バカにされているのか複雑な表情を浮かべる申。
申 ああ、どっかに金持ちの女いねえかなー。一発漫画連載して当てて、金持ちの女のハート掴みてーな
本音がポロッとこぼした申。
小野 じゃあ、こういう人はどう?
小野が申にスマートフォンの画面を見せた。
申 何々、神山書店の新WEBマンガレーベルラッテコミックネームコンテスト?
申はスマホで大手出版社の神山書店の新レーベルのWEBマンガラッテコミックネームコンテストの画面に食いつく。
新人作家、中堅プロ作家大歓迎! 学歴不問、未経験者OK 新しい漫画原作ネームを募集中! と書かれている。
最優秀賞は賞金五千万円と印税と原作者として連載枠獲得できます! という言葉に申はオオっと唸った。
申 か、神山書店って大手だよな! 新しいWEBマンガのネーム募集しているのか!
こりゃ、すげえわ!
小野 だろ? お前もやってみなよ。
申はもしかしてすごいチャンスが来たと、思って生き生きとした眼をした。
申 (拳を握りながら)ネームコンテストに出して、最優秀賞かっさらってやる!
谷井 (拍手しながら)そうだよ。お前はドブネズミなんだから、しぶとくやるんだよ!
申 (目をメラメラと燃やしながら)俺はやってやるわ! 賞取って、連載始めて大儲けして実家出てやるぜ!
やる気を出している申をもっとやる気ださせようと、小野はスマートフォンを操作してアニメに出て来るようなお姫様みたいな上品で美しい女の子のSNSの画像を見せた。
申 誰だ? どっかのモデル?
申はスマートフォンのお姫様みたいな女の子の画像を食い入るように見た。
谷井 ああ、この美人の子、神山書店の社長の一人娘だよ。たしか、神山彩未っていう編集者
谷井は神山書店の社長令嬢についてさらに語る
谷井 神山書店の社長は東大卒で、賢くて現代の諸葛孔明って言われてるほどすごい経営者なんだって。確か、あの社長は財界人との人脈も豊富で総資産が九千五百億円も持っている程の超富裕層だぞ。
申 (鼻息荒くしながら)な、な、なあ! その神山彩未って編集者、神山書店のお嬢様か! こ、こんな美人が編集者やっているなんて!
申は美人の女の子が神山書店の社長の一人娘と聞いて、マジか! と衝撃を受ける。
谷井 ああ、あのお嬢様、神山書店を引き継ぐために小さい頃から英才教育を受けているんだって。上智大卒だから頭いいんだよ。
小野 俺の知り合いの漫画家が言ってたけど、神山彩未さん、すごく気配りが出来て発想力がすごくて有能な編集者なんだって。
それに、理不尽な要求してくるクレーマーに対してもユーモアで返せるところがカッコイイんだよ。すごい方なんだよ。
申 そ、そうなのか! こんな良い女があの出版社で働いているなんて。はあ~。
小野 おい、申。まさかそのお嬢様に惚れたのか?
申はSNSの神山彩未の画像を鼻を伸ばして見つめていた。
申は何かを決意したのか、顔を上げてこう宣言した。
申 俺、ネームコンテストに最優秀賞取って、神山彩未さんと結婚する!
谷井 小野 え、ええええええええええ~~~!
谷井と小野は申のネームコンテストで最優秀賞を取って、連載枠を取って、神山書店の社長令嬢の神山彩未と結婚するという、宣言にムンクの叫びみたいに驚いた。
小野 お前、すげえな。有り得ない事を大きな声で宣言できるとは、さすがだな
申 俺、絶対にあきらめない。何としてでも勝ってやる! 大金持ちなってあの令嬢をゲットだぜ!
美人令嬢の彩未を手に入れるために、申はめきめきやる気がわいて目に炎を燃やしていた。
谷井 令嬢をゲットだぜって、ポケモンじゃねえんだから。
申の熱く燃えてる姿を見て、引き気味の谷井と小野。
谷井 とにかく頑張りな。俺らは応援するから。
申 ああ! 俺、帰ったら即ネームやるから!
小野 そうか! このネームコンテスト三週間後に締め切りだから、描きまくらないとな!
谷井 じゃあ、これで今日の飲み会はお開きにすっか。
新しいネームを描きたくてしょうがない申は帰る準備をしていた。谷井も小野も申の創作活動を邪魔させないようにと、お開きにすることに決めた。
〇 大宮駅前の居酒屋の外
飲み会を終えた申と谷井と小野は解散した。申は大宮駅まで歩いて埼京線の電車に乗った。
〇 電車の中
電車に乗っている申。
〇 指扇の実家
夜の八時四十五分、申は指扇の実家に帰った。
洗面所で手洗いうがいをしてから、二階に上ろうとするが、
申の母 お帰り。申。お酒なんか飲んで。
背の低い申の母に声をかけられた。
申は無表情で母の丸い顔を見て
申 別に大人だから良いじゃないか。母さんは心配しすぎなんだよ。
申の母は心配そうな顔をした。
台所から申の父が現れてきた。
申はうざったそうな顔をした。
申 大体、父さんと母さんが悪いんだよ。あんな産廃作りやがって。俺は比呂のせいでどんなに辛い思いしてんのか、分かっているのか?
申の父 そんな事言うんじゃない。お前が漫画家やっているからそうなるんだ。
申の父に渋い顔されて、不満げな申。
申の父 私はお前に農家を継いでほしくて一生懸命野菜育てて、美味しい野菜を売っているのにお前は漫画なんかに情熱かけて。
漫画より農業の方が残って欲しい仕事なのに
申 うるせーな! 俺はネームコンテストにネーム出して、賞取ってまた漫画家として頑張るんだから、黙ってろよ!
父親に反発して、ズガズカと二階に上がっていった申。申の父と母は、はあ、と、ため息をつく。
〇 物で溢れている比呂の部屋。
一方、比呂は床がものに溢れて足の踏みどころがない部屋でパソコンゲームをしていた。
アニメっぽい声が流れているゲームにフガフガと鼻息荒くしてやり込んでいる比呂。
比呂 おい! マリオ! 何やってんだよ! もっと、速く走れよ!
比呂がテレビの前でグチグチ呟きながら、ゲームをやっている。ローテーブルの上のあるスナック菓子をボリボリと汚らしく食べている。
比呂はスナック菓子に満足しないのか、スナック菓子の袋をガッと掴んだ。
比呂 この菓子、もう飽きたよ。ったく、あの馬鹿母、もっと美味い菓子買えよ! コノヤロー!
母親への不満をガーッとぶつけて、スナック菓子の袋を壁に向かって投げつけた。
比呂 私をイジメたクズ共は、仕事して金持ってて、良い男と結婚して子供までいるのに何で私だけ、こんな目に遭わなきゃいけねえんだよ! さっさと恵まれた人間なんか、死んでしまえよ!
鬼みたいな形相で比呂は恵まれた人間なんか死んでしまえと、狂気的に叫ぶ。
近所中に聞こえるくらいまで叫び続ける比呂。
〇 申の部屋
申は作業机でプロットとネーム作業していた。
申 最近、異世界転生が流行っているから、日本の実業家をモデルに異世界転生させようかな
申はボールペンで漫画原作のプロットを作っていた。コピー用紙にキャラクターを作ってから、プロットとネーム作業に取り掛かる。
申 そうだなー。日本マクドナルドの創業者の藤田田を異世界転生させて、つぶれそうな店を再建させる話にしようかな?
申はウキウキした顔で実業家の藤田田を三等身のキャラクター化していた。
申 子供でも分かりやすくするには等身低くするのが一番だな。
三等身キャラのキャラクター票を作って、プロット作業に取り掛かる申。
申 異世界に転生した藤田田は、さびれたカフェに辿り着いた。そのカフェは美味しいけど、売り方が下手だから売り上げが伸びず苦しんでいる。カフェに入った藤田田は……
チラシの裏にプロットを書いている申の表情は生き生きしていた。
プロットを書き終えて、ネーム作業に取り掛かる申。パソコンを立ち上げて、漫画用ソフトでネームに取り掛かる申。
申 このコマは流れが悪くなるから、消そう。後、理不尽な戦争に反対する藤田田は、王様に戦争をやめる様にと、かっこいいセリフを言わせよう
ペンタブレットでネームを作る申。コマ割りを何度も消したり、足したりした。
印象に残るセリフを作るために何度も書き直したり、コピー&ペーストで移動させたりしていた。
申はネームコンテストの締め切りに間に合わせるために、毎日朝から深夜までネーム作業に取り込んでいた。
締め切り三日前、ネームコンテストに出す作品が完成した。滑り止めのためにもう一作品も完成させた。
申 ハァアア。完成した。後はWEB投稿すればOKだ。
最後のネームチェックして、神山書店のネームコンテストの募集要項に書かれてある応募フォームに作品を送った。
申 ふ、ふ。神山彩未さん。俺、君の為なら何でもするよ。だから、僕の作品を受賞させてね!
申はスマートフォンに入っている神山彩未の待ち受け写真を見つめながら、ネームコンテストに受賞させてと神頼みした。
ネーム投稿してから、三か月後。
〇 七月十日 指扇の実家の申の部屋
申はステマ広告漫画の原稿を描いていた。
パソコンで原稿を描いていた申は、暑くて仕方がない。
申 なんで俺の部屋だけエアコンがねえんだよ。暑いじゃねえか。
暑くてイライラしている申。
申 何で比呂の部屋にはエアコンがあって、俺の部屋にはねえんだよ。俺の方が税金払ってんだ!
比呂ばかりいい思いして嫉妬を吐き出す申。
申 谷井も小野も連載で忙しいし、ネームコンテストの連絡はまだかな?
申はスマートフォンを取り出し、ネームコンテストの結果の連絡を待っていた。
ウダウダしている申。その時、一階からゼーゼーとした音が聞こえてきた。
申 何だよ。あいつ今、起きたのかよ。
比呂が昼過ぎに起きたようでイラつく申。
比呂が太り過ぎの体で二階へと上がっていく響く様な足音が聞こえてきた。
比呂に自分の部屋に入って欲しくない申は、比呂を追い出そうと部屋から出る。
ズーズーと鼻息を荒く階段を上がってきた比呂を申は汚物を見るような目で睨む。
申 おい、二階に上がるんじゃねえよ。
比呂 (ズーズーと鼻声を鳴らしながら)何だよ。私はあんたに頼みごとがあって来たんだよ。
申 断る。お前みたいな丸タンクなんかの頼みなんか聞きたくねえ。
申に頼みごとを聞きたくないと、きつく言われて比呂はブスッとした顔をした。
比呂 少しくらいお金貸して欲しいだけよ。あんた、前に出した単行本の印税はまだ入っているでしょ? 少しくらい私に分けてもらいたいよ。
申 何でお前に貴重な印税を分けてやんなきゃなんねえんだよ!
印税を比呂に分けたくないと、申は怒鳴った。印税を分けてくれない申に比呂は申の右腕をガブッと嚙みついてきた。
申 痛って! うう、何しやがるんだよ!
俺の大事な腕を!
右腕を噛まれた申は、怒って比呂の顔をパンと平手打ちした。
申に平手打ちをやられた比呂は怒りで申の顔を引っぱたいた。
比呂 あんたが恵まれまくっているから妬ましいんだよ!
比呂に憎まれ口を叩かれ、怒り心頭の申は間髪入れずに口でやり返した。
申 恵まれてるだと? 言っとくけど俺は恵まれてねぇ。それは比呂が原因なんだよ。疫病神の比呂のせいで結婚できねえんだよ!
比呂 バーカ。お前が結婚できないのはお前が漫画家だからだよ。普通の女なんて金持ちのイケメンが好きなんだよ。お前みたいなキモいオタクなんか結婚できるかってんだよ。
申 うるせぇえー! もういい! さっさとあっちへ行け!
比呂にキモいオタクとバカにされて、ブチ切れした申は、比呂にもう下に降りろと叫んだ。
比呂 何だよ。男だからって何でも許されると思うな
比呂はチッと申に舌打ちして、豚みたいに四つ足にしてからズルズルと音を立てながら階段を降りて行った。
〇 申の部屋
気晴らしに漫画を読んでいた申。呪術廻戦の漫画を読んでいた申。しばらく読んでいた時、スマートフォンの着信音が鳴っていた。
申 何だ? え? え?
スマートフォンを手にした申はある電話番号に釘付けとなった。
申 はい! 佐上申です。ご用件は何でしょうか!?
申は即座にその電話の相手と通話をした。
盛山 こんにちは! 佐上申さんですね。初めまして。私は神山書店のラッテコミック編集者の森山と申します。
実は佐上さんにこの前応募した。ネームコンテストの結果をお伝えに電話しました。
申 か、神山書店の編集者ですか? は、はい。僕は漫画家の佐上申と申します! ね、ネームコンテストの結果ですか!?
神山書店の編集者の盛山と電話していた申は、ネームコンテストという言葉にドキドキしていた。
盛山 はい。佐上さんの今回のネームコンテストの作品はすごく面白くて、藤田田が異世界転生してつぶれそうなカフェを再建するって面白かったです。
キャラクターの真摯な想いがとてもよく伝わりましたよ。うちの編集のみんなもすごく面白くて、これ受賞させた方が良いって!
申 ほ、本当ですか!?
盛山 そうです! 佐上さんの作品が最優秀賞に選ばれました! おめでとうございます!
申は盛山から自分の作品が最優秀賞に選ばれたと、聞いて申の目から涙が溢れてきた。
申 ほ、本当ですか? ぼ、僕みたいなやつ、が、最優秀賞に、え、選ばれるなんて、う、嬉しいです~~~~!
最優秀賞に選ばれてうれし泣きしながら、ガッツポーズを取る申。
盛山 佐上さんの作品は賞金五千万円のほかに連載枠獲得を得る事が出来ました! もう、本当に私達が待ちわびていたダイヤモンドの原石を見つける事が出来て、嬉しいのです!
うう、ううあ~!
電話越しに盛山がダイヤモンドの原石を申と例えて、うれし泣きしている。
申 ダイヤモンドの原石、僕も小さい頃から憧れていた出版社からお褒めのお言葉をいただけるなんて……! ボクを見出してくださってありがとうございます!
盛山 もう佐上さんにはすぐにでも連載について打ち合わせしたいなと思っております。弊社の漫画家の担当者って二人体制で行っているんですよ。
僕ともう一人担当がいるのですが、神山さんって女性の編集者と二人で佐上さんの活動を支えていきます。
申 か、神山さん!?
盛山から神山という女性の編集者と共に申の担当を務めると聞いた申は、ま、まさかというような顔をした。
申はドキドキしながら、盛山にこう聞いてみた。
申 あ、あの、その、か、神山さんって、神山彩未って名前でしょうか?
もしかしたらと、心をときめかせる申に盛山は明るい声でこういった。
盛山 はい。神山彩未さんって方が佐上さんの担当です。
申 ほ、本当ですか!?
申は思わず大きな声で叫んでしまった。
盛山 お、おおう。そんなにビックリされているとは思いませんでした。
申は目をキラキラと輝かせながら、盛山の話を聞いていた。
神山さんは神山書店の社長の一人娘です。神山書店の跡取りとして漫画編集の仕事一生懸命やっている方なんです。
漫画やアニメだけでなく、ドキュメンタリー映画とかチャリティー精神に篤い方なんですよ。
佐上さんの事を前に連載した漫画で知っているそうでしたよ。キャラクターが生き生きして面白いって。
ぜひとも佐上さんのお会いしたいって、神山さんが仰ってましたよ。
盛山から神山彩未が申の作品を元々注目していたと、聞いた申は本当に! と目を丸くしていた。
申 か、神山さんって編集の仕事を誠実にこなしているなんて、な、涙が出てしまいます!
もう一人の担当が神山彩未だと聞いて、感動して思わず昇天しそうになった申。
申 是非とも神山書店へ打ち合わせに伺います。連載開始時期はいつ頃からですか?
出来れば、綿密な打ち合わせを行ってからが良いのですが。
申は電話で盛山と打ち合わせを続けていた。
盛山 WEB漫画の新レーベルラッテコミックでの作品公開予定は今年の十一月に予定しています。他の受賞作の作品も読み切りでWEB掲載する予定です。
申 十一月からですか。四か月後ですね。
早く連載の仕事をしたくてうずうずととしている申。
盛山 早めに打ち合わせで細かい所を決めた方が良いですね。なら、今週の木曜の一時から弊社へ打ち合わせにお越しいただきます
申 (即決で)ハイ! 予定空いています! 神山書店でお会いしましょう!
盛山 フフフ。佐上さんは返事が早くて立派ですよ。これは期待できる漫画家先生ですね!
申 ありがとうございます! 神山書店に力の限り尽くします! これからもよろしくお願いします!
盛山 では、アクセス先の地図の画像をメールで送りますね。新宿区なので佐上さんは埼京線一本で来れますね。楽しみにお待ちしております。お電話いただきありがとうございました。失礼しました!
申 はい! お電話いただきありがとうございました! 失礼します!
電話を終えた申は最優秀賞を取って、連載枠を獲得できて思わず不敵な笑みを浮かべる。
申 ク、ククク。ハハハハ! やった! やったぞ! 俺に上級国民になれるチャンスが!
大手出版社の社長令嬢である神山彩未に近づけるチャンスが巡ってきた事でギラついている申。
申は部屋にある姿見にオタクっぽいルックスの申が映っていた。
申 神山彩未、大手出版社の社長令嬢を絶対に心と体を掴んで金と権力を手に入れてやる! その為に稼げるイケメン漫画家になってやるぜ!
姿見に映る申の顔は金も権力と彩未を手に入れて上級国民になるという野心をさらけ出していた。
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