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早起きなんてしなくていい

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 最後のお客様が帰ったのは閉店時間を5分過ぎてからだった。まあ5分程度なら許容範囲だ。手早くテーブルか片付けると締め作業に移る。改めて全てのテーブルをふき、椅子と椅子を重ねて端っこに寄せる。ゴミが落ちてないか一通り確認をし、カウンターに戻ると社員さんがお金を数えていた。厨房の締め作業は他のスタッフが行なっておりほぼ終盤、手伝えることはなさそうだ。一応社員さんにすることがないか尋ねるが特になかった。今日はいつもより早く上がれそうだ。簡単な雑談をするとタイムカードを押す。ロッカーに向かう最中厨房をみるともうスタッフはいなくなっていた。ちょうど入れ違いでタイムカードを押しに行ったのだろう。

 エプロンをたたみ鞄に入れると薄手のコートを羽織った。このコートもこれから厚いものにしなければと考えながらロッカーに忘れ物がないか確認する。特に見当たらない。帰る準備は万端、改めてカウンターの社員さんに一声かけて店を後にした。急がなければ、彼女が待っている。

 時刻は22時をとっくに過ぎていた。昼間は賑やかな地下鉄と直結のショッピングモールも今はぽつぽつとしか人がいない。今ここにいる人たちはおそらく大半が私と同じようにショッピングモール内のどこかのお店に勤めていて帰る途中の人なのだろう。

 地下鉄へと向かう途中にある広い空間には名も知らぬ外国のデザイナーが製作した色合いと角度がなんとも言えないベンチがある。こんな時間にベンチに座る人間などほとんどおらずほぼ毎回貸切状態になっている。私を待ってくれている彼女の貸切状態だ。

 いつからだろうか。彼女の大学と私のバイトがお休みの火曜日、その前日である月曜日の夜にいつも待ち合わせしている。いつも待たせて申し訳ないと彼女に言ったことがあるが彼女はあまり気にしていないようだった。やや小走りで向かう。待ち合わせ場所には最適な広い空間へとたどり着きベンチの方を向くと彼女は文庫本を読んでいた。どうやら私には気がついていないらしい。

 いつもより早い私に油断したのだろうか。いたずら心が急に芽生える。歩みをゆっくりにし大きく迂回するように彼女の後ろへと回り込む。周りに誰もいないことは確認済み、両手で彼女の目を塞ぎ耳元で囁く。
「お待たせ」
 驚いた彼女は勢いよく文庫本を閉じてしまった。彼女の不可思議な行動に思わず笑ってしまった私だが、よく考えればきっかけを作ったのは私だ。彼女に向かって謝ると赤くむくれていた彼女の顔が徐々にいつもの顔に戻っていく。そして笑顔になった。

 さてこれから忙しいぞ、まずは彼女の話を聞いて、私の話を聞いてもらって、晩御飯はどうしようか、家に冷凍のご飯はあったはずだがおかずはあっただろうか。コンビニに寄るならビールを買おう。どうせ明日は休みだ。でも飲み過ぎたら怒られるかもな。晩御飯を食べたらシャワーを浴びて寝巻きに着替えて、そして、二人で触りっこをしよう。
「今日はどこ触って欲しい?」
思わず耳元で囁く。どうやら今日の私はかなり機嫌が良いらしい。私の質問に顔を真っ赤にした彼女の手を取って歩き出す。さあ一刻も早く家へと帰ろう。明日は休みだ。早起きなんてしなくて良いから。彼女とずっといられるのだから。

 
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