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【 18 】
しおりを挟む「 …… 髪結いさん? 」
「はい」
「私が今している、この髪型なのですが …… これが髪型だと言えるならですが。あの。
…… これはもしかすると、てぬ「手抜きではございません」」
「でも犬もちょっと唸っていますし、全然結髪がされていませんから、見る人が見たら世間的にはどう考えてもてぬ「手抜きではございません」」
今、嶺鹿の髪はひとつの房分けもなされていない。 編み込み、結い上げられていた遼俄族の伝統的な髪型は鄭欣によって解きほぐされ、黒褐色の長い髪が豊かに波うつ、彼女本来の自然な姿になっている。
「これこそが、嶺鹿様のお望みになった髪型なのでございます。 しばられず、自由で、ふらふらと取りとめがない、そんな理想が体現されたお姿です」
「ふらふらと、取りとめがない …… 」
「その代わり全ての責任からも解放されます」
「……」
「風が吹けば流れて絡まり、ゴミだのチリだのが入り込んで汚れます。 傷みやすくなってツヤも失われ、気がつけば毛先が口、目、耳へと入ってきて、鬱陶しく感じる事も一度や二度ではありません。 焚き火に近付いて火の粉が飛んで来れば、何筋かが焦げ縮れてしまう事もあるでしょう。 いろいろと、大変です」
「自由とはそういうものだとおっしゃりたいの?」
自分の夢を揶揄されたと感じたのか、嶺鹿のまなじりに抑えた怒りが浮かんだ。
「私が世間知らずだと」
「いえ滅相もない、私は髪型のお話をしているだけで」
嘘だ。 両人ともに、そう思った。
「この髪、もっ、元に戻して下さい。 格好などいくら変えてみたところで、中身が変わらなければ意味がありません。 中身が変わらないまま、ただ姿だけが自由になっても …… そんなの、そんなのは、気休めです」
「気休めも時には大切かと」
「私は嫌いです」
「物は試しに自由の化身として、このお姿で幕舎の外にお出でになってみてはいかがでしょう」
「い …… 嫌です、そんなだらしない事」
「そこが良いのです」
「嫌です …… 」
「まあそうおっしゃらず」
「嫌です」
「おう、なんと頑迷な。 絶対に? 」
「ええ、絶対に」
「確かですか? 」
「絶対に嫌です! 」
「そうです! 」
「ですから何度も嫌ですと …… はぇ? 」
「そうです、その意気です! 」
「あの」
「嫌な時は嫌だと、嫌な事は嫌だと、断固としておっしゃれば良い。 嫌です! 素晴らしい言葉だ。 自由であるとは、きっとそういう事でしょう」
「 …… 」
言葉の尽きた自分を追い詰めきらず、足元に目を転じた髪結いが話し相手を俄に変えるのを嶺鹿は黙って見守った。
「お目覚めならば、さあ英璉さまもご一緒に。 犬、君も参加したまえ。 嫌です! 」
「いやですー! 」
「がう! 」
なんだか道化手品の演し物相手として、知らないうちに演台の上に引き出されていたみたいだ、とも思えて来る。
「 …… 言葉遊び。 髪結いさん、こんな話は、子供だましの言葉遊びです」
「受け取り方や解釈によっては。 はい、そのようにも申しますようで」
気がつくと、嶺鹿の肩は力が抜けて軽くなっていた。
消えた重みの正体は姫としての立場がため込んだ、何年分にも及ぶ力みなのかもしれないが ——— ちょっと癪だから ——— 大袈裟な、こんな雑談ひとつで何かが変わるわけがない、と笑い飛ばすため、嶺鹿は仕方なく笑顔になる。
「でもさすがにこのままでは人前に出られませんから、やっぱりこの髪は何か形にしてくださいな」
承りました、 と無言で一礼して、表情を消した鄭欣が針穴像の仕掛け木箱へと歩み寄る。
「では御髪を整えさせていただく間のほんのしばらく、あまりお顔を動かされませんように。 お動きになられますと引かれた髪の根が傷みますし、型が崩れやすくなってしまいますので」
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