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しおりを挟む「さあさあ皆さん寄っといで! こちとら、はるばる王都洛陽から旅して来た髪結い名人だよ!
洛 陽 の 髪 結 い だ !! 」
果てしない大平原に、鄭欣の客寄せ口上が遮る物もなく拡がっていく。
「大嘘じゃないか」
呆れ声で入って来る合いの手の主は寛承君だ。
「来たのは宋からだし俺たちのどっちとも髪結いじゃない」
羊の群れと、その流れをまとめる騎馬の人々が遠くから物珍しそうに、派手に彩色し直した寛承君の馬車と鄭欣を見やり、無言で駆け去っていく。
外塞 ─── 遼俄族だけでなく多くの異民族が跋扈する長城の外の世界は、荒々しくも懐深く彼らを迎えた。 中原との戦いが一段落して、交易の機運が高まろうとしていた時期だったのも幸いしたようである。
「母大后さまから周王のお妃様、諸侯の姫から傾国の美女まで、何でもお望み通りの髪型に結い上げるよ! ご婦人方にお嬢さん方は一層お美しく変われるってもんだ! 」
偽の髪結い屋はなかなかの繁盛ぶりだった。
「適当に髪をまとめて縛ってるだけじゃないか。そのうち嘘がばれて俺たち二人とも酷い目に遭うぞ」
悲観的な寛承君の予想とは裏腹に、中原の風俗を望んだ遊牧民の女たちが馬を駆って、日に何人も鄭欣を訪れた。 徐々に評判が広がりつつあるようだ。
多少の試行錯誤もあったが、写像実験の方も順調である。
「これを使う」
ある夜、鄭欣が寛承君に布袋から取り出して見せたのは、ずんぐりした葉型を持つ白っぽい一株の植物だった。
「以前コウモリ相手に研究していた時に、洞窟の中で見つけた特殊な月光蘭の一種だ。 普通の草花では育つ事のできない暗闇に自生して、月明かりのような非常に弱い光にだけ反応する」
打ち捨てられた涸れ井戸の窪みを木組みと獣皮で覆い作業場に定めると、鄭欣は写像を発明品として完成させるべく精力的に動き始めた。
針穴像の板に磨き上げた水晶を嵌め込み、像の結ばれる距離を任意に調節できるよう改良して、全体の仕組みを小さな箱に納めきる。そして、箱の暗闇の内部でちょうど光の結ぶ一点に、月光蘭の葉を配置するのである。
「光が当たると、ランは活動を始める。
ここから先は普通の植物と同じだ。 光の当たった部分の葉は、緑色に変わる。 一方で、光の当たらなかった所は白いまま残る」
「像の明暗をそのまま葉の表面に写しとるわけか」
「うん、仮の呼び方として、この現象を『 着光 』、同様に工程を『 捉影 』と名付けてみた。 ただし、光に対して植物組織が反応を始めるまで少しだけ時間が必要だ。 その間、箱内部の像が揺れたりズレたりしないように、相手をじっとさせて、動かさないようにしておかねばならない」
「ああ、だから髪結いなんだな」
しかし最後に、もう一つだけ乗り越えるべき課題が残されていた。
明暗の逆転である。
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