最後の大陸

斎藤直

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第2章 王の帰還

義の兵団

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 リリアが目覚めたのは、翌日の朝であった。
 テントの布の継ぎ目からこぼれる陽の光がまぶしい。
 ゆっくりと上半身を起こし、周囲を見渡すと、セシリアが居て本を読んでいる。
 「おはよう。ようやくお目覚めのようね」
 眼鏡を外し、ニコリと笑った。
 たしか、前にもこういう光景を見たような気がする。
「おはよう…」
 気分は悪くはない、が、頭がぼうっとしている。
 セシリアは、
「みんなに知らせてくるわね。お茶をれてくるから、そのままゆっくりしていて」
 と言い、テントから出ていった。
 その後、外ですぐに歓声が上がった。
 皆、自分の回復を喜んでくれている。その気持ちが素直にうれしかった。
 昨日の夜から何があったのかは分からない。
 しかし、覚えのない擦り傷や、体の痛みがあることから、自分が危険な目に遭ったのだと察しはついた。
 
 セシリアは、オットーとライアル伍長と一緒に戻ってきた。
 伍長は真っ先にリリアの許に駆け寄り、
「私が不甲斐ないばかりに、危険な目に合わせてしまいました。本当に申し訳ない」
 と、深々と頭を下げた。
「やめてください。気が緩んでいた私が悪いのだから」
 続いてオットーが傍で片膝を着き、リリアの手を取った。
「昨夜は一睡もできなかったんだ。再び君の笑顔が見れたことを、神に感謝したい気持ちだ」
 他にも、テントの中の様子を覗おうとしている者が外にいる。
 いつまでも寝ているわけにはゆかないと思った。
「私はもう大丈夫だから。ところで、レイは無事なのよね?」
「ああ、なんたって不死身の男だからね」
 とオットーが得意げに言った。
 いつの間にかオットーがレイのことを賞賛するようになっているとは意外である。
「早朝からシュトゥークとクランジ軍曹たちを連れて偵察に行ってるよ。まったくタフだね」
「そう、無事ならよかった」
 もう一人、無事を確認せねばならない者がいる。
 しかし、その名を口にするには少し勇気を必要とした。
「伍長、シャリルは、どうなったのでしょうか?」
 伍長の顔が曇った。
「カヅラキ殿が奇跡的に取り返してきたんですが…」
「よかった! 戻ってこれたのね!」
 だが、皆の反応が微妙である。
 リリアが、変わり果てたシャリルに対面したのは、その日の夕方のことであった。
 
 オットーと伍長が去り、再びセシリアと二人だけになると、彼女が妙なことを言った。
「オットーが急に変わっちゃって、驚いてたわね」
 セシリアが言うには、オットーはリリア救出に一役買ったのだが、その対応をレイが褒め讃えたらしい。
 そして、今朝、斥候に出る間際にも、
「もうね、誰が守る立場、誰が守られる立場、などと言ってられない状況なんです。是非、王子の力を貸してほしい。僕は前線で戦う。貴殿には後衛でリリアのサポートを頼みたい」
 というようなことを言ったらしい。
 オットーはこの申し出を快諾し、二人は固い握手を交わしたのだという。
「あの子、それからはりきっちゃって。でも、姉としては、そんな弟を誇らしく思うわ」
 これでリリアの両脇に、オットー王子とライアル伍長が控える布陣が完成した。
 なんだか、レイの思惑により、いつの間にか自分が一番守られている気がする。
 とにかく、シャリルが使い物にならなくなった以上、自分がしっかりしなければならない。
 リリアは立ち上がった。
「あなたたちの故郷まであともう少しです。みんなで力を合わせて、頑張りましょう!」

 自由都市サキアスの評議会は、既定の方針どおり、評議会議長を責任者とする臨時行政府の設置案を可決した。
 その三日後、行政府の移譲が行われた。
 カール・クラウジニウスは副市長代理の職を解かれ、晴れて無職となった。
 務めを終えて庁舎の正門から外へ出て、サキアスの国旗に、静かに一礼した。
 感慨がないわけではない。一方、やれることは最大限やったという満足感もある。
 広場の隅の方にソフィアとロイスデール夫人、ノラらを見つけた。
 急ぎ足で近づき、合流するとき、ソフィアが手を振って迎えてくれた。
「では。行きましょう」
 四人は広場を横切り、目抜き通りへ向かう。
 母子は帰国して十日あまりになるが、すっかり元気を取り戻している。
 「さて、これで晴れて無職にもなりましたし、私はそろそろ故郷にでも戻ろうかと考えているんです」
 とカールが話すと、ソフィアは、
「へえー、そうなんだ」
 と他人事のような反応を示した。
 この、つれなさにも慣れた。
 ソフィアはカールに対し男性的な魅力をあまり感じていない、と思わざるを得ない。
 そもそも年齢が九つも違う上、自分のような軍人上がりの行政官志望の堅物よりも、教養深く、表現が豊かな男の方が好みなのかもしれない。たとえるなら、そう、レイのような。
 レイの話をするとき、ソフィアの目が最も輝くのは事実である。
 一方、夫人はいつもやさしくフォローしてくれる。
「残念だわ。あなたがいなくなると主人がとても悲しがることでしょう」
 市長は相変わらず、囚われの身である。
「何も急いで決めることはなくてよ。主人が無事に帰るときまで、私たちと一緒に待って頂けないかしらね」
 するとソフィアが振り向いた。
「私もお母さまに賛成よ! あなたは生真面目すぎよ。物事をもっと気楽に考えるようになさった方がいいと思うわ」
 
 やがて目的地の仮設ギャラリーへ到着した。
 来場者の数は意外に多く、半数以上は観光目的の旅行者風であった。
 四人ともここを訪れるのは初めてではない。この日は見納めのために寄ったのである。
 目的の画の前に来た。
 タイトルが『未定』とあるのは以前と同じであったが、その下に「入賞」と記されている。
 サキアスの都市を背景に、内海の港で積荷の上げ下ろしをする男者たちが、臨場感に満ちた精密なタッチで描かれている。新興国家の躍動感が遺憾なく表現された良作である。
「この画をみるたびに、主人と出会った頃を思い出すわ。土手に並んで座って、行き交う船を眺めながら、何でもないことを話して時間をつぶしていたものよ」
 ソフィアは、
「今のお父様からは想像もできないわ。だって今は仕事中毒にしか見えないんだもの」
 と不在の父をからかった。
 夫人は微笑んだ。
「ああ見えて本質的にはおだやかな人なのよ。歌もよく歌ってくれたし、画だって描いてたわ。早く政治家なんて引退して、穏やかに暮らせるといいのだけれどね」
 不意に、ソフィアがカールの前に立った。
「ねえ、明日、私たちも土手へ行ってみましょうよ。せっかくお仕事がないんだから。もちろん二人きりでね」
 カールは気が動転して、何をなせばよいか分からない。
 彼女を前にすると常に道化役を演じてしまう自分が何とも情けない。
「是非」
「ウフフ。変な返事!」

 それから四人で食事を取った後、カールは知人に会いに行く、と言って別れた。
 馬車に乗り込み郊外へ向かう。
 やがて、馬車は広大な敷地の門の中へ入っていった。
 その後、古い屋敷の広間で、とある老人と対面した。
「今日が返答の期限であったと思うが、決心はついたかな?」
「はい」
「それは何よりだ。では、君の決心を聞かせてもらうとしよう」
「はい。実は、今朝までは、お断りするつもりでおりました。どうしても私には荷が重すぎると考えたからです」
「そうか。その気持ちはわからぬでもない。だが、今朝までは、ということは、気が変わったということかな?」
「はい。私でよければ、やらせて頂きたいと思います」
「うむ、それは大儀。わしもうれしく思うぞ」
「おそれいります」
 老人は、心から安堵したかのように、緊張を解いた。
「よかったら、決心に至った理由を聞かせてもらえまいか?」
「はい」
 カールは老人の顔をまっすぐに見つめた。
「私には大切な人がおりまして、その方たちをどうしてもお守りせねば、と思ったからです」
「なるほど。月並みの言葉であるが、よい返事だと思うぞ。では、別室へ行こう」
 老人はカールを先導して屋敷内を歩き、やがて庭へ出た。
 そこで執事に命じ、地面に据え付けてある扉を開かせ、そこから地下室へ入った。
 地下には思いのほか広い空間があり、何やら倉庫らしい雰囲気であったが、執事が灯をつけて廻るうちに次第に全貌が明らかになった。
 そこは武器庫であった。
「古いものから新しいものまで入り乱れておる」
 老人は、ついてこい、と手で合図をした。
「いちおうこれが最新式のエーゲル銃じゃ。馬が三十頭買える。フィッカーが売り込んできたから三丁だけ買ってやった。やつは、これがいずれ主流になると言っておった」
 老人は銃を差し出した。
 カールはそれを受け取ると、仮装填して構えてみた。
「これは軽くてよいですね」
「そういうものかね。裏山に射撃場があるから、そこでいくらでも撃つがいい」
 カールは銃を老人へ返した。
「これが義勇軍の主装備になると?」
「まだわからん。インダステリアから仕入れていては金がいくらあっても足らん。できればサキアスで製造したいのだが、あいにく原料も設備もなくてな」
「なるほど。製造についてもこちらで調べましょうか?」
「いや、君には組織造りに集中してもらいたい。実は製造委託先は心当たりがあってな。現在交渉中じゃ」
「ほう、インダステリア以外でこれを作れそうな国があるのですか?」
「まだ何とも言えんが、可能性はあると言っておったわ」
「差し支えなければどこの国か教えていただけませんか?」
「ヤシマじゃ」
「ほう」
 ヤシマが武器の製造をしているという話は聞いたことがない。
 だが、彼らが「可能性がある」というからには、きっとやれるに違いない、と思った。
 むしろ、より高性能なものを作り出してしまいそうな妙な期待感を抱いた。
 
 
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