強く儚い者達へ…

鏡由良

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強く儚い者達へ…

強く儚い者達へ… 第16話

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 見慣れない天井と、嗅ぎ慣れない空気の匂い。
 リムが再び目覚めたとき見たのは、心配そうに自分の横たわるベッドにもたれかかって眠る弟の姿と窓の外を遠く見つめる男の姿。
「…こ、と…さん…」
 口がいやに乾いているのはどうしてだろう?
 体中に感じる倦怠感と節々の痛みにリムは疑問を感じざるを得なかった。
「…起きたか…。いろいろ聞きたいかもしれないが、もう少し待て。じきに戯皇が戻ってくるはずだ」
 リムが口を開く前に幸斗が先にそう言った。
 彼女が小さく頷くのを確認すると幸斗は再び窓の外に目をやる。
 体を起こし、まだはっきりしない意識で周りを見回せば自分の居る部屋の状態に目を丸くした。
 埃っぽく、とても人が住んでいるとはいえない状態だったはずの館。
 それなのに、この一室は綺麗に掃除されていて普段から自分はここで生活していたのではという錯覚さえ覚えてしまう。
 自分はどれほどの間あの空間に居たのだろう?
 館の状態からして一室だけがこんなに綺麗だったとは考えにくい。
 考えられるのは、戯皇達が生活の為に掃除をしたという事。
 …戯皇が掃除なんて想像出来ないが。
「ん……!姉貴!気がついたの!?」
 呆然としていた自分の耳に届く弟の声。
 デュカは目を大きく見開いて姉の姿を確認すると、今度は本当によかったと安心そうな笑顔を見せた。
 その目尻にはうっすらと透明な液体が滲んでいるのは気のせいではないのだろう。
 彼は眠るリムの傍をずっと離れなかったのだから。
「あぁ、心配かけてごめんね…」
 微笑んで見せると、いいよ。と言う代わりにデュカも同じように微笑み返してくれた。
「何処か痛いとか、何か違和感感じるとかない?」
「はは…全身痛いよ。体も、自分の体じゃ無いみたいだ…」
 視線を落とせば、細く白い腕が目に入る。
 日焼けをして小麦色に焼かれたはずの肌は、綺麗な白い肌へと変化していた。
 俯いた反動で肩から零れてくるのは鮮血の赤。
 頭髪は手術の為に剃られたはずなのに、腰に感じるのは髪の毛の感触。
 真っ黒だったはずのそれは真紅に色を変えており、肌の白が余計に赤を引き立たせた。
 そして、容姿より何より感じた変化は…力だった。
 覚醒前の自分の腕よりはるかに細い腕なのに、以前よりも力が溢れていると感じるのは気のせいではない。
 これが、人間とは違う他種族の証。眠っていた悪魔の血が目覚めた証拠だから。
 ゆっくりとドアの開く音が耳に入ってくる。
 視線をめぐらせば、微笑む戯皇の姿があった。
「おめでとう。これでお前も"COFFIN"の住民だ。…目覚めた感想は?」
 歩み寄ってくる彼の姿はやはり本当に綺麗で、リムは改めて戯皇の美しさに目を奪われた。
 あの不思議な夢で見た自分の姿も、本当にこれが自分の姿となるのかと疑いたくなるほど色香のある姿だったが、戯皇はそれを遥かに上回る妖艶な美貌の持ち主だったから。
 ジッと自分を見つめて返答の無いリムに、彼はどうした?と首を傾げてみせる。
「!な、なんでもないです!…力が、すごく溢れてきて…自分の体じゃないみたいです…」
「容姿についての感想は何もなしか?」
「いえ、…その、…眠っているときに、見たんです。覚醒後の自分の姿を…」
 自分の言葉にデュカが眠ってるときに?と聞き返してきてリムは自分の発言の突拍子の無さに恥ずかしくなった。
 いきなり、夢の中で今の自分の姿を見たから驚きませんと言われたら、誰だって変な奴だと思うに決まってる。
 慌てて弁解をしようとするリムに戯皇は笑った。
「分かってる。精神の世界にお前は入ったんだよ。」
 覚醒薬を飲んだ者が見る世界。
 それが目覚める血を色濃く引いた自分と出会う精神の世界だと教えてくれる。
 融合することで、消えてしまう人間の血を色濃く継いだ自分という人格を手放せなかったとき、精神の世界は崩壊し、服用者は死に逝くのだと紡がれる言葉に、終わったこととはいえ恐怖が湧き上がってくる。
 もしかしたら、自分はあの時死んでいたかも知れないから…。
「…私はどれぐらい眠っていたんですか?」
「え?あぁ、そうだな…一日弱かな」
「たった一日、なんですか?」
 もっと長い間、あの空間にいた気がしたのに、たった一日だったとは…。
 窓の外は暗く、夜だということは分かった。
 それなのに明かりも点けずにいるのは少しの月明かりで周りが十分見渡せるからか?
「長く感じたか?ま、仕方ないだろう。激痛からくる身体的疲労と精神世界での疲労を考えたら時が経つのは十分遅いだろうよ」
 笑いながら戯皇は部屋の明かりを点ける。
 それにはリムは何故点けるのかと尋ねてしまった。こんなにはっきり見えているのに…。
「あぁ、そりゃお前が悪魔の血を引いてるから見えるんだよ。幸斗もお前の弟もどうやら全員闇系の生物の血が入ってるみたいで闇夜のほうが視力が良いらしいけど…あいにく俺は光系の生物の血しか混じってないから暗がりでの視力は人間並みなわけ。明かりが無いと姿形をしっかりと確認できないんだ」
 悪魔、ヴァンパイア等の闇に生きる生物の血を色濃く受け継いだリムだからこそ見える夜の世界。
 天使、精霊のように光に包まれた生物の血を色濃く引いた場合、闇に対してそれほど遠くを見渡せる視力は持ち合わせない。
 そうなんだ…と納得するリムを尻目に戯皇はデュカの前に立ち、銀色に輝く金属板を目の前に突きつけた。
「知っていたんだろ?」
 彼はニッコリと笑っているのだが、威圧感を感じてしまうデュカ。
「戯皇さん、それは?」
「お前のネームプレートだ」
 デュカから視線を外さずに答えが返ってくる。
 デュカも戯皇のその視線を受け止め、「知ってたよ」と答える。
 戯皇の手にはリムの血に浸され、彼女の情報が刻まれる銀色のネームプレート。
 まだそれにどんなことが刻まれているのか知らないリムは戯皇とデュカを交互に見て説明を求めるが、彼等は何も言わない。
 それでも彼女は何が刻まれたのか知りたくて引き下がらないので、戯皇は説明よりも先に持っていたネームプレートをリムに渡してやった。
「これが、私の情報…」
 血液から取り出され、磨かれたばかりなのだろう。
 板は綺麗な輝きを放っていた。
 刻まれている文字にリムは嬉しそうに目を落とす。
 これは自分がどれほどの強さか知ることの出来るモノだから。



  Name:リム・フェルリア
  Age:25
  sex:女
  Height :167
  Weight :48
  BLOOD:悪魔・妖精・人間
  TYPE:ノーマル
  CLASS:
  TITLE:使者



 まだ覚醒したばかりで戦闘能力は上がったといっても、やはり"TYPE"はノーマルかと残念だったのは確かだが、リムの顔が真顔に戻ったのは最後の一項目を見たから。
 この"TITLE"と刻まれたモノは一体…?
「何…この、"TITLE"って言うの…」
「説明してなかったから知らなくて当然だ。"TITLE"てのは一部の生物にしか与えられない称号だ。"TITLE"を持っている生物の価値はとてつもなく高いから気をつけろ。金目当ての輩やコレクターに狙われやすくなる」
 お前のように戦闘力の低い生物は特に。と続けられる言葉。
 称号を持つ者にのみ刻まれる"TITLE"。
 リムのネームプレートにはしっかりと『使者』と浮き上がっている。
「昔、この星ができて間もない頃、三人の優秀な生物が生まれた。セスト・ミセル、フェリア、デリア・ケン・シュート。今現在ですら三賢者と呼ばれ名の知られた者達だ」
 戯皇の言葉に、リムの顔に緊張が走った。
 『セスト・ミセル』…姉が攫われた原因だと母の手紙に書いてあった名前。
 この星の全生物の生命を奪えるほど強力にして強大な能力を持った人物の名前…。
「それが私に何の関係があるんですか…?」
「セスト・ミセルは"封印を解く者"、フェリアは"使者"、デリア・ケン・シュートは"封印する者"と言った"TITLE"を得ていた。お前はフェリアの意志を継ぐ者だ。そして、お前の姉はセスト・ミセルの意志を継ぐ者…」
「セスト・ミセルの能力って?母さんの手紙には姉さんが攫われたのはその能力が原因だって…」 
「世界には"伝説の石"と呼ばれているとてつもなく高い魔力を内に秘めた魔石が13個ある。この魔石を手にすることで得られる力は半端じゃない。だが、手にすることのできる者は殆どいなかったと聞く。魔力の高さに、触れた瞬間に肉体が消滅してしまう者もいたらしいしな。ただ、この三人だけがすべての石に触れることができたと文献には書いてあった。…今からずっと昔、それこそ気が遠くなるほど昔の事だが、この魔石をすべて集めたセスト・ミセルはその特殊な能力によって魔石に蓄積されている魔力を共鳴させ、"COFFIN"上の生物殆どを死滅させたらしい…。生き残った者達は再びこのような惨事が起きないように石を各地に隠した。デリア・ケン・シュートによって石の力を簡単に引き出せないように封印して、な。セスト・ミセルも死に、彼女の意志を継ぐ者もずっと誕生していなかったから二度と石は発動しないだろうと安心していたが…まさか、生まれていたとは俺も思わなかった」
 ため息交じりの言葉にそれが本心だと分かる。
 "伝説の石"と呼ばれるそれらは、日の光が発動の引き金になると言う。
 封印が解かれ、13個の魔石が発する光の柱と太陽の光が交わった時、すべての魔石が魔力を放出し地上に息づく生物は跡形も無く消えてしまう。
 姉のデュミヌカ・ミゼールはセスト・ミセルの意志を継ぐ者として生を受け、それが世間に知れ渡り過去の惨劇が再び現実にならないようにリムの父と母は内の世界に身を隠したのだろう…。
「…奴等は…まさか…」
 リムは理解した。
 過去二度リム達を襲ったスタンとフレアは、伝説の石を再び発動させようとしているのだ!
 そして、初めて彼等が彼女を襲ったあの日…父が殺されたあの日、奴等は姉を探していたのだと。
 父は頑ななまでに口を割らなかったのは石の発動を恐れて…。
「そのまさかだ…。そしてお前が意志を継いだフェリア。彼はセスト・ミセルに仕え、デリア・ケン・シュートを導いた者。恐ろしく強かったらしいぞ。そんな男の意志を継いだんだ、お前は十分強くなれる可能性があるよ」
 嬉しいはずの戯皇の言葉。
 なのに、喜べないのはどうしてだろう?
「……姉貴、ずっと隠しておくことはできないから話しておくよ」
 戯皇とリムの重苦しい雰囲気に割って入ってくるのはデュカ。
 彼は、伝えなければならないことがあるという。
「僕が姉貴を待っていたのは覚醒薬を渡すためだけじゃない。戦いを教えに来たって言うのと、真実を話す為にに来たって言うのが本当の目的……本当は僕は姉貴よりずっと年上なんだ…。姉さんよりも…。あ、兄弟って言うのは本当だよ。異母兄弟だけど。父さんが真実を姉貴に語れなかった時の為に、僕が来た。…姉貴が生まれた時、すぐ分かったんだ…三賢者の血を引いてるって…だから、幼い姉さんと生まれて間もない姉貴を連れて隔離保護地域に身を隠した…姉さんと姉貴に覚醒抑制剤を打って…」
「…だから、リムもリムの姉貴も三賢者の意志を継ぎながらあの弱さだったのか…」
 覚醒抑制剤とは覚醒薬とは正反対に、人間の血を濃くする為のモノ。
 リムとデュミヌカの身を隔離保護地域に隠し続ける為の手段だったとデュカは話す。
 リムはただ、弟の話を静かに聴いていた。
「姉貴も覚えてるでしょ?僕が町を出た事。…あれは、力が抑えられなくなって追い出されたんだ…いや…ばれる前に自分から出てったんだけどね。…父さんもカグナ母さんも外の住人…これが真実。ごめんね。色々隠してて…」
 俯く弟にリムはため息を零した。
 謝る必要などどこにも無いのに…と。
 自分を、姉を守る為に父も母もデュカもこんなにも必死になってくれていたのに、何故怒ることができる?
「ありがとう…デュカ…」
「…姉貴…」
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