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恋しい人
恋しい人 第135話
しおりを挟む「私の家を、つぶした……?」
「おっと、これは言っちゃいけないんだったな……。なんだ?その顔」
「どうして、アリウム侯爵家があなたに何をしたというの」
「ああ――?はは、おきれいな貴族様は、自分がどれだけ男の下半身を刺激するのかわかってないみてえだ」
「え……?」
「逆だよ、逆。お前を犯してえからアリウム侯爵家をつぶしたんだ。簡単だったたぜ?お前のおやじ、領民のため、とか言えば、簡単に投資の話に乗ってきやがった」
フレッドの顔が醜悪に歪む。小声でささやかれた声に、アンリエッタの頭は沸騰しそうな怒りを覚えた。
「今の話を、誰かに話せば……」
「は。無駄だよ無駄。誰も彼もお前を遠巻きにしてるじゃねえか。何のためにこんなに小声で話してると思ってるんだ。だあれも俺の言ったことなんか聞いてない。お前ひとりがごちゃごちゃしゃべったところでなんにもできねえよ。借金まみれの侯爵令嬢さんよ」
アンリエッタは、耐えようと思った。耐えようとして、けれどにじむ涙を止めることはできない。
「ああ、いいなあ、その顔……すました顔がゆがむところ、ぞくぞくする」
フレッドの顔が近づいてくる。
その生臭い息がアンリエッタの顔に吹きかけられ、唇がいよいよ重ねられようとするとき――、凛とした、鋭い声が、淀みきった空気を引き裂いた。
「フレッド・オーク。今すぐその手を離せ」
「……王太子殿下、どうしました?アンリエッタは俺の婚約者です。どう扱おうが、俺の勝手でしょう」
フレッドは、取り繕った口調で声の主――フェリクスに相対した。そこには、王太子への敬意もなにも感じられない。フェリクスが政策によって整えた、身分の垣根のない学園、というものが、フレッドを守っているからだ。ここで、フェリクスがどれほど憤ったとしても、表だってフレッドのことを罰せられない。
フェリクスが整えた平等の精神は、今の状況に、彼やアンリエッタの意図しない影響を及ぼしていた。
「……まだ、婚約者ではないはずだ。アリウム侯爵家ほどの家の婚約ならば、帝国の議会に申請せねばならない。その申請があったという報告はない」
「……あー……そうでしたっけ?」
フレッドが頭をがりがりとかく。しばし苛立ったようにフレッドはそうして、ややあって、アンリエッタをフェリクスのほうへと突飛ばした。
「きゃ……!」
「オーク!」
フェリクスの怒声が飛ぶ。
けれどフレッドは気にしたふうもなく、その顔を笑みの形に歪め、にちゃりと口を開いた。
「ああ、王太子殿下はアンリエッタのことが好きなんでしたっけ。どうぞ、夜まではこいつは誰のものでもありませんから」
フレッドは、まったくアンリエッタの意思を無視した言葉を吐いた。
フレッドのそれは、アンリエッタを所有している――アンリエッタがまるでただの装飾品であるかのような口ぶりだ。
フェリクスが駆け寄ってアンリエッタを抱きとめると、フレッドはつまらなそうに鼻をならした。
そうして、頭をぼりぼりとかきながら、フェリクスを一瞥し、形だけの礼をしてその場を離れていった。
後に残ったアンリエッタは、フェリクスの腕の中でぐっと奥歯をかみしめた。
だめ、泣いてはいけない。少なくとも、今、フェリクスにだけは、泣き顔を見られたくない。
もし、このやさしい腕のなかで泣き出してしまえば、フェリクスにみっともなくすがってしまうだろう。フェリクスに――君が努力すればすべて叶う、と言ってくれたフェリクスに、それだけはしたくなかった。
強がりだとわかっている。けれど、それがもはやどうにもできないほどがんじがらめになったアンリエッタの矜持だった。
「アンリエッタ……」
「フェリクス……」
アンリエッタの震えた声を聞いたのだろう。フェリクスは怒りを抑えるように何度か息を吸って、深く吐いた。
握りしめられていたこぶしが、アンリエッタの背を優しくなでるためにほどかれる。
「行こう、アンリエッタ」
「……ええ」
「おっと、これは言っちゃいけないんだったな……。なんだ?その顔」
「どうして、アリウム侯爵家があなたに何をしたというの」
「ああ――?はは、おきれいな貴族様は、自分がどれだけ男の下半身を刺激するのかわかってないみてえだ」
「え……?」
「逆だよ、逆。お前を犯してえからアリウム侯爵家をつぶしたんだ。簡単だったたぜ?お前のおやじ、領民のため、とか言えば、簡単に投資の話に乗ってきやがった」
フレッドの顔が醜悪に歪む。小声でささやかれた声に、アンリエッタの頭は沸騰しそうな怒りを覚えた。
「今の話を、誰かに話せば……」
「は。無駄だよ無駄。誰も彼もお前を遠巻きにしてるじゃねえか。何のためにこんなに小声で話してると思ってるんだ。だあれも俺の言ったことなんか聞いてない。お前ひとりがごちゃごちゃしゃべったところでなんにもできねえよ。借金まみれの侯爵令嬢さんよ」
アンリエッタは、耐えようと思った。耐えようとして、けれどにじむ涙を止めることはできない。
「ああ、いいなあ、その顔……すました顔がゆがむところ、ぞくぞくする」
フレッドの顔が近づいてくる。
その生臭い息がアンリエッタの顔に吹きかけられ、唇がいよいよ重ねられようとするとき――、凛とした、鋭い声が、淀みきった空気を引き裂いた。
「フレッド・オーク。今すぐその手を離せ」
「……王太子殿下、どうしました?アンリエッタは俺の婚約者です。どう扱おうが、俺の勝手でしょう」
フレッドは、取り繕った口調で声の主――フェリクスに相対した。そこには、王太子への敬意もなにも感じられない。フェリクスが政策によって整えた、身分の垣根のない学園、というものが、フレッドを守っているからだ。ここで、フェリクスがどれほど憤ったとしても、表だってフレッドのことを罰せられない。
フェリクスが整えた平等の精神は、今の状況に、彼やアンリエッタの意図しない影響を及ぼしていた。
「……まだ、婚約者ではないはずだ。アリウム侯爵家ほどの家の婚約ならば、帝国の議会に申請せねばならない。その申請があったという報告はない」
「……あー……そうでしたっけ?」
フレッドが頭をがりがりとかく。しばし苛立ったようにフレッドはそうして、ややあって、アンリエッタをフェリクスのほうへと突飛ばした。
「きゃ……!」
「オーク!」
フェリクスの怒声が飛ぶ。
けれどフレッドは気にしたふうもなく、その顔を笑みの形に歪め、にちゃりと口を開いた。
「ああ、王太子殿下はアンリエッタのことが好きなんでしたっけ。どうぞ、夜まではこいつは誰のものでもありませんから」
フレッドは、まったくアンリエッタの意思を無視した言葉を吐いた。
フレッドのそれは、アンリエッタを所有している――アンリエッタがまるでただの装飾品であるかのような口ぶりだ。
フェリクスが駆け寄ってアンリエッタを抱きとめると、フレッドはつまらなそうに鼻をならした。
そうして、頭をぼりぼりとかきながら、フェリクスを一瞥し、形だけの礼をしてその場を離れていった。
後に残ったアンリエッタは、フェリクスの腕の中でぐっと奥歯をかみしめた。
だめ、泣いてはいけない。少なくとも、今、フェリクスにだけは、泣き顔を見られたくない。
もし、このやさしい腕のなかで泣き出してしまえば、フェリクスにみっともなくすがってしまうだろう。フェリクスに――君が努力すればすべて叶う、と言ってくれたフェリクスに、それだけはしたくなかった。
強がりだとわかっている。けれど、それがもはやどうにもできないほどがんじがらめになったアンリエッタの矜持だった。
「アンリエッタ……」
「フェリクス……」
アンリエッタの震えた声を聞いたのだろう。フェリクスは怒りを抑えるように何度か息を吸って、深く吐いた。
握りしめられていたこぶしが、アンリエッタの背を優しくなでるためにほどかれる。
「行こう、アンリエッタ」
「……ええ」
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